【連載】ボイトレの???(ハテナ)にこたえる 声と歌の小泉クリニック

小泉 誠司

ニューベリーサウンド

第48回:「高いところを歌える」ことが手品だとしたら……

 プロはなぜあんなに楽そうに高い音域を歌えるのか?

 自分では出ない音域を楽々と歌っているプロを見ると、少なからずそう思いますよね。私も中学生の頃、井上陽水さんの曲を歌おうとしても、最初は陽水さんと同じキーでは歌えず困りました。

 「陽水さんと同じ高さで歌いたい!」という願望を強く持ったのですが、そのために私が頼りにしたのは「カポタスト」。

 最終的には、陽水さんと同じ高さ、同じキーで歌えるようになったのですが、カポタスト以外に私が頼りにしたことがあります。

 それは「よく聴く」でした。

 陽水さんを何度も何度も聴きました。もともと好きだったので、よく聴いていた曲をさらに「よく聴き」ました。そして、「陽水さんになりきる」ことを心がけました。

 当時は今のようにYouTubeもなければ、音楽番組があるわけでもなく、まして「井上陽水はテレビに出ない人」だったので、レコードジャケット写真からでしか、井上陽水という人をイメージすることはできなかったのです。

 でも今から考えれば、

「陽水さんはどのように歌っているのか?」
「陽水さんはどんな口の形をして歌っているのか?」
「陽水さんはどんなことを考えて歌っているのか?」

 ……いろいろ想像できたことで、自分の中のイマジネーションは広がったと思います。

同じ人間ができているなら自分でもできるはず

 話は少し逸れますが……東原力也さんという素晴らしいドラマーの方がいらっしゃいます。海外のドラマーがバスドラムを「両足」でキックして音を出す、いわゆる「ツーバス」を駆使した演奏が聴かれるようになった頃、東原力也さんは「片足」で同じことができるように練習されたようです。

 なぜなら、それまでは「バスドラムは片足でキックする」のが常識だったので、まさか「両足でキックしている」という発想ができなかったからなのです。
 つまり「ツーバス」を知らなかったのです。おかげで、怪我の功名と言いますか、「両足でやっていることを片足でやれるように練習した」東原力也さんは「めちゃくちゃ速くキックできるドラマー」になったという話です。

 のちに海外のドラマーがツーバスで演奏している動画を観て「えっ両足!」と、東原さんは愕然とされたらしいです。いわゆる「勘違い」がプラスに繋がったという成功例なのですが、今のように動画を観ることができなかったことが、素晴らしいテクニックを産んだのだと思います。

 話を元に戻しますが……私にとっての「井上陽水」も同じ、どうやって歌っているのかがわかる動画もなかったので「想像しまくる」しかなく、それがプラスに働いたことが多々あると思っています。

 井上陽水さんが「なぜあんなに高いところを楽々歌えるんだろう?」という疑問も浮かびましたが、「東原力也さんのツーバスの逸話」と比べると「ありえない話」ではなく、「同じ人間ができていることなら自分でもできるはず」と強く思ったことを覚えています。

 なので、皆さんが「プロはなぜあんなに楽々歌えるのだろう?」と思われる「高い音域を歌う」ことも、「同じ人間ができていることなら自分でもできるはず」と考えていただきたいと思います。

動画を観る前に「見どころ」を絞ろう

 今の時代、YouTubeなどの動画サービスが充実していて、歌手に関しても下記のような有益な情報を得ることができます。

・歌手の顔、口
・歌手の動き
・歌手のリズムの取り方

 しかしながら、情報が多すぎるのも、情報がないのと同じ。それどころか、今の時代では情報の選択をしなければならないので、かえって大変なような気がします。

 なので、「私や東原力也さんのやり方」もお薦めします。

「この曲を歌いたい!」
「この人みたいになりたい!」

 ……と思ったら、まずはその曲、その人の歌を「よく聴いて」ください。

そして

・どんな口や顔で歌ってるのだろう?
・どんな動きをして歌ってるのだろう?
・足はどんなステップをしているのだろう?

 ……と想像してみてください。

 イメージができるまで、何度も何度も聴いてください。その後、「答え合わせ」として、その人がその曲を歌っている動画を観てください。
 果たして想像通りだったか?

 自分の中でイメージができていないまま、動画を観てはもったいないです。せっかく自身のイメージを育てることができるチャンスを逃してしまいます。

 普段のレッスンで生徒さんによく言うのが「反省点は先に見つけろ」です。歌い終わったあとで「反省点」を見つけるのでは「遅い」のです。
 歌う前に、「歌い終わったらここをチェックしたい」を持つべきなのです。それがないまま歌ったとして、そこにはもともと「答えがない」ことになってしまいます。
 このことと同じで、「自分の中に答えがないまま」の状態で動画を観ても、明確な答えは見出せないです。

 つまり「見どころ」を定められていないからです。

 今回のテーマ「プロは何故あんなに楽そうに高い音域を歌えるのか?」を思っているだけではダメなのです。

 サビのあの高いところを、この人は

・どんな口や顔で歌ってるのだろう?
・どんな動きをして歌ってるのだろう?
・足はどんなステップをしているのだろう?

 「プロはなぜあんなに楽しそうに高い音域を歌えるのか?」の「謎を解く」ために、最初から「見どころ」を絞るべきなのです。

 うまくできないとき、生徒さんがよく言われる言葉に「難しい」があります。
 私とは「難しい」の概念が違うように思っています。

 私にとっては、

やってみてできないことが「難しいこと」なのではなく、
何が正解なのかがわからないことが「難しいこと」なのです。

 つまり正解がわかっていることは「できるまでやれば良い」ということで、難しいことではなく、そもそも「正解がわからない」、「何をやっていいかわからない」ことが難しいのです。

動画を観ることは「種探し」

 例えば手品。「手品をやってみて」と言われても、その手品の「種」がわからないとやりようがなく「難しい」はずです。それと同じように「高いところを歌う」ことも一流の歌手が行なっている「手品」だと思えば良いのです。
 高いところを歌うための「種」を見つけられない間は「難しく」、「種」が見つかったら、それは「できるまでやれば良い」ということなのです。

 動画を観ることは「種探し」です。動画を一回しか観られないとしたら、動画を観る前に「見どころ」を絞って集中して観るはず。

 動画を観る前に、サビのあの高いところを、この人は

・どんな口や顔で歌ってるのだろう?
・どんな動きをして歌ってるのだろう?
・足はどんなステップをしているのだろう?

 ことを絞るべきなのです。ぜひ、自身のイマジネーションを増幅するとともに、「種探し」を楽しんでいただければと思います。


撮影:ヨシダホヅミ

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本コラムの執筆者

小泉 誠司

ニューベリーサウンド

小泉 誠司(コイズミ セイジ)

ボイストレーナー/作編曲家。米バークリー音楽大学卒。帰国後数々のアーティストの作編曲&プロデュースする一方、ボイストレーニング等新人育成にも力を注ぎ、数多くのアーティストをデビューさせた実績を持つ。

伝説のTVオーディション『ASAYAN』はじめ、数々のオーディションでレッスンや審査を行なうほか、機動戦士ガンダムの主題歌作曲も手がけるなど、多様なメディアで活躍。医療機関でのセミナーも多数、医学的見地に基づいた指導には著名アーティストや人気俳優&声優はじめ、セミナー講師、医師、弁護士など各方面からの信頼も厚い。テレビ東京『〇〇式って効くの?歌下手が3時間で…激変!?』など、TV出演や監修も多数。

著書に『ボイトレの“当たり前”は間違いだらけ!? すぐに歌がうまくなる「新常識」』(リットーミュージック)、『人生を変える「勝ち声」「負け声」 あなたを救う「声の法則」教えます ! 』(リットーミュージック)、『1分でいい声になる! 』(自由国民社 )などがある。

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