【連載】ボイトレの???(ハテナ)にこたえる 声と歌の小泉クリニック

小泉 誠司

ニューベリーサウンド

第30回:あなたの腹式呼吸は「ピンポン球」 or 「ゴルフボール」?

腹式呼吸と「ピンポン球」or「ゴルフボール」

 なんのこっちゃ?と思われると思いますが……。今回はまず「ピンポン球」と「ゴルフボール」、ふたつのボールを使って下記の実験をしてみたいと思います。

[距離]どちらのボールが遠いところまで投げることができるでしょうか?
・ピンポン球:距離は短い
・ゴルフボール:距離は長い

[球速]どちらのボールの球速のほうが速いでしょうか?
・ピンポン球:遅い
・ゴルフボール:速い

[疲労]力いっぱい投げた場合、どちらのボールのほうが肘や肩に負担がかかるでしょうか?
・ピンポン球:負担が大きい
・ゴルフボール:負担が小さい

「ピンポン球」と「ゴルフボール」、同じくらいの大きさですが、重量に大きな違いがあります。
・ピンポン球:軽い
・ゴルフボール:重い

 軽いボールのほうがラクに投げることができそうだと考えがちですが、上記の実験では、重量の重い「ゴルフボール」のほうが、「良い結果」を生んでくれます。

 それはなぜかと言うと、「力の伝達」がうまくいくからです。
 ピンポン球を力いっぱい投げようとしても、「肩すかし」のような「力がうまく球に伝わらないような違和感」が生じるはずです。一方、ゴルフボールは、重量感があるので、肩や肘からの力が「等身大」に伝わる感覚が生まれるはずです。
 もちろん、投げ方を間違えば、ゴルフボールでも肩や肘の負担は大きくなると思いますが、ピンポン球を力いっぱい投げようとするほうが、肩や肘の負担は大きくなるはずです。

ボールを投げることも声を出すことも「物理的動作」

 「ピンポン球とゴルフボールの違いはわかった。でも、それと声や歌、そして腹式呼吸とどんな関係が?」と思われるでしょう。
 実は大きな関係があるのです。それは「ボールを投げること」も「声を出すこと」も、どちらも「物理的動作」と言えるからなのです。

 「えっ、声を出すことが、物理的動作?」ピンと来ない方が多いと思います。それはそうでしょう。なぜなら……
・声帯を震わすための「息」も
・肺からの息で震える「声帯」も
・声帯が震えて生じる「声」も
「見えない」からです。

 人は「見えない」をリアルに感じることは難しいものです。
 「声を出す」ためのシステムが「見えない」ことが、実は「腹式呼吸」や「発声」を難しいものに思わせてしまっている要因のひとつになっているのです。
 「声を出す」ためのシステムと「似ている」ものとして、「ガスコンロで火を着ける」を下記の回でご紹介しました。
第26回:「腹式呼吸」でもっと得できるのに、もったいないことをしていませんか?

 改めて説明すると……。

[ガスコンロ]
①ノブを回してガスを放出
②ノブを回し切り「カチッ」と種火を着火
③種火にガスが着火して「ボッ」と「炎になる」

[発声]
①肺から息を放出
②肺からの息が声帯を震わす
③声帯と口腔内の構造を変化させて「声になる」

 どちらも、ガスや息という「動力源」に「着火」する「物理的動作」なのですが、ここで決定的に違うのは「炎は見える」のに「声は見えない」という点です。
 ガスコンロでは、たまに種火がうまく着かずにガスだけが「シュー」と漏れてしまうことがありますが、「炎が付いていない」ので、ある意味「失敗」だと認識、もう一度種火が着くまでやり直すはずです。

 でも、発声の場合は「失敗」していても「見えない」ので、失敗だと認識できず、そのまま失敗を繰り返す……ということが起きてしまっているのです。
 つまり、せっかく「腹式呼吸」で豊かな肺活量を得たとしても、その「エネルギーの伝達」がうまくできなければ「宝の持ち腐れ」になってしまう、ということです。

ピンポン球とゴルフボールの違い=発声における「成功か失敗か」の判断

 「エネルギーの伝達」の成功、失敗の判断のためには、「見える」ことが助けになります。
 「ピンポン球」と「ゴルフボール」を使った「距離」と「速度」の実験は、その結果が「見える」ので、「成功か失敗か」が認識しやすいということなのです。
 発声においては残念ながら「声を見ることはできない」のですが、その代わりに「ピンポン球」と「ゴルフボール」の違いを理解していただくことにより、発声における「成功か失敗か」を判断しやすくなるのです。
 第25回:早口言葉を攻略したけりゃ「濁音まみれメソッド」やるしかない!でご説明しました 「はひふへほ」と「ばびぶべぼ」の比較を思い出していただけると、わかりやすくなります。

「はひふへほ」
●唇の運動なし
●声は出にくい → 声は小さい

「ばびぶべぼ」
●唇の運動あり
●声は出やすい → 声は大きい

「はひふへほ」=ピンポン球 → すっぽ抜けるような不快な感覚 → 効率の悪い腹式呼吸
「ばびぶべぼ」=ゴルフボール → 力が等身大に伝わる感覚 → 効率の良い腹式呼吸

 ただし、「ばびぶべぼ」では、うまく言えないときは、唇がもつれるような具体的な問題点を感じることができると思いますが、それこそ「見えている」ことと同じ問題定義となるのです。
 「はひふへほ」や「ピンポン球」では、問題点自体を感じることが難しい、すなわち「見えていない」と言えます。

 ちなみに「声の極意」のひとつに「遠くの人に声を届ける」があります。あなたの腹式呼吸が「ゴルフボール」のシステムだと「遠くの人に声を届ける」ことが可能です。

歌う前に、
①「はひふへほ」と「ばびぶべぼ」と言ってみる
②「ピンポン球 」、「ゴルフボール」をイメージする

……やってみてください。きっと、あなたの腹式呼吸はさらにレベルアップするはずです。

本コラムの執筆者

小泉 誠司

ニューベリーサウンド

小泉 誠司(コイズミ セイジ)

ボイストレーナー/作編曲家。米バークリー音楽大学卒。帰国後数々のアーティストの作編曲&プロデュースする一方、ボイストレーニング等新人育成にも力を注ぎ、数多くのアーティストをデビューさせた実績を持つ。

伝説のTVオーディション『ASAYAN』はじめ、数々のオーディションでレッスンや審査を行なうほか、機動戦士ガンダムの主題歌作曲も手がけるなど、多様なメディアで活躍。医療機関でのセミナーも多数、医学的見地に基づいた指導には著名アーティストや人気俳優&声優はじめ、セミナー講師、医師、弁護士など各方面からの信頼も厚い。テレビ東京『〇〇式って効くの?歌下手が3時間で…激変!?』など、TV出演や監修も多数。

著書に『ボイトレの“当たり前”は間違いだらけ!? すぐに歌がうまくなる「新常識」』(リットーミュージック)、『人生を変える「勝ち声」「負け声」 あなたを救う「声の法則」教えます ! 』(リットーミュージック)、『1分でいい声になる! 』(自由国民社 )などがある。

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