【連載】ボイトレの???(ハテナ)にこたえる 声と歌の小泉クリニック

小泉 誠司

ニューベリーサウンド

第2回:「腹筋を鍛えよう!」は合ってるの?

2022.03.21

今までに指導した生徒さんからの質問でも多かったのが、「以前の先生には“腹筋を鍛えなさい。腹筋を使って発声しなさい”と言われたのですが、これって正しいのでしょうか?」でした。

今回は、多くの人を悩ませているかもしれないこの質問にお答えしていきたいと思います。

【どういうこと?】

「腹式呼吸をスムーズに行なうために必要な筋肉を鍛えよう」ということ。

しかしっ! 問題はその筋肉。

果たして腹筋は本当に腹式呼吸をスムーズに行なってくれる筋肉なのでしょうか? それがはっきりしていないと筋トレしても意味がないですよね。

ところが! 腹式呼吸をスムーズに行なってくれる筋肉は腹筋ではないのです。なので、腹筋を鍛えても意味はなく、それどころか逆効果になります。

優れた声楽家やオペラ歌手はどんな体型をされているでしょうか? ものすごい声量を誇る彼らは間違いなく正しい腹式呼吸を行なって歌唱しているはずです。

また、自らの身体を共鳴体としてフルに使うために、大きな体型をされている方が多いと思います。では、彼らの腹筋はバキバキに割れるくらい鍛えられていると思いますか?

そうは思いませんよね。
「きっと別の筋肉を使っているのでは?」と思いますよね。

腹式呼吸をスムーズに行なうために必要な筋肉は横隔膜(おうかくまく)です。呼吸の源である横隔膜は運命共同体、横隔膜が動けば肺も動いてくれます。

「そうか、横隔膜がスムーズに動いてくれるように鍛えればいいんだ!」と。

しかし、ここで問題が!
横隔膜は随意筋(ずいいきん)ではない、すなわち自分の意思では動かせない筋肉なのです。ちなみに、呼吸の源であるも同じく随意筋ではないと言われています。肺も横隔膜も意識的には動かせないということです。

ではどうすれば良いのか?
ご安心ください。

横隔膜と運命共同体である筋肉は存在し、その筋肉が動けば横隔膜も動いてくれます。
それは大腰筋(だいようきん)

大腰筋横隔膜と直接引っ付いている筋肉、大腰筋が動くと横隔膜も動いてくれるのです。

横隔膜 大腰筋

という関係になるのです。

ちなみに腹筋(=腹直筋・ふくちょくきん)は横隔膜とは引っ付いていません。なので、腹筋を鍛えても、横隔膜や肺の動きをスムーズにはしてくれないのです。それどころか、腹筋はスムーズな呼吸の邪魔をすることもあります。

どういうことか? 簡単な実験してみましょう。

①腹筋に力を入れずに鼻から息を吸ってみてください。
②腹筋に力を入れて鼻から息を吸ってみてください。

どうですか?
①のほうが息が吸いやすかったはずです。実は、腹筋に力を入れてしまうと、大腰筋や横隔膜が動きにくくなってしまうのです。

なので、これからは
「腹式呼吸をスムーズに行なうためには腹筋を鍛えよう」は、
「腹式呼吸をスムーズに行なうためには大腰筋を鍛えよう」に変換して覚えてください。

【できると何がいいの?】

【どういうこと?】で説明したように、呼吸の源である横隔膜は自らは動いてくれないので、代わりに動いてくれる筋肉である大腰筋の動きを活性化することで肺や横隔膜の動きも活性化され、腹式呼吸もスムーズに行なえるようになります。

【なぜ難しく思えたのか?】

肺や横隔膜の動きを助けてくれるのは大腰筋なのに、横隔膜の動きを助けてはくれない腹筋を意識した発声には、本能的に違和感を感じたのではないでしょうか。

【どういうこと?】で説明したように、腹筋に力を入れると逆効果になってしまいます。今まで指導した生徒さんの中には「腹筋に力を入れると、かえって力んでしまう感覚があったり、息苦しくなって歌えにくくなることが多いので、なんかおかしいなと思っていました」と言われた方も少なくないです。

【その先生が伝えたかったこと】

豊かな声量、安定した音程……など声のコントロールをスムーズに行なうためには、呼吸の質を高めることが必要。

「そのためには腹式呼吸をマスターすれば良い」。
「そのために必要な筋肉を鍛えよう!」ということだと思います。

ただ残念ながら、その筋肉は腹筋ではなく大腰筋だということです。

【人に説明するにはこう伝えよう】

気持ちよく歌えるようになるためには、腹式呼吸が大切。
でも、そのために必要なのは腹筋ではなく大腰筋。呼吸の源である肺、その肺の動きを助ける横隔膜と大腰筋は引っ付いていて、いわば運命共同体
それに対し腹筋は無関係、それどころか肺や横隔膜の動きを邪魔してしまう。

【どういうこと?】 で行なった実験、腹筋に力を入れる入れないでの呼吸の違いを実感してもらう。
これからは腹式呼吸のためには、腹筋を鍛える必要はない。その代わりに大腰筋を意識、活性化させていきましょう。

【どんな練習をすればいいの?】

練習の大きな主旨は腹筋の動きを封じ、大腰筋の動きを活性化させることです。
次回はその具体的な練習法やメソッドをご説明したいと思いますので、お楽しみに。

本コラムの執筆者

小泉 誠司

ニューベリーサウンド

小泉 誠司(コイズミ セイジ)

ボイストレーナー/作編曲家。米バークリー音楽大学卒。帰国後数々のアーティストの作編曲&プロデュースする一方、ボイストレーニング等新人育成にも力を注ぎ、数多くのアーティストをデビューさせた実績を持つ。

伝説のTVオーディション『ASAYAN』はじめ、数々のオーディションでレッスンや審査を行なうほか、機動戦士ガンダムの主題歌作曲も手がけるなど、多様なメディアで活躍。医療機関でのセミナーも多数、医学的見地に基づいた指導には著名アーティストや人気俳優&声優はじめ、セミナー講師、医師、弁護士など各方面からの信頼も厚い。テレビ東京『〇〇式って効くの?歌下手が3時間で…激変!?』など、TV出演や監修も多数。

著書に『ボイトレの“当たり前”は間違いだらけ!? すぐに歌がうまくなる「新常識」』(リットーミュージック)、『人生を変える「勝ち声」「負け声」 あなたを救う「声の法則」教えます ! 』(リットーミュージック)、『1分でいい声になる! 』(自由国民社 )などがある。

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