【連載】ボイトレの???(ハテナ)にこたえる 声と歌の小泉クリニック

小泉 誠司

ニューベリーサウンド

第31回:「声の質量アップ」が腹式呼吸マスターへの近道

 前回の処方箋は「ピンポン球」と「ゴルフボール」。
 ふたつのボールを使って実験(シミュレーション)することにより、発声のメカニズムを理解をしよう、でした。

「ボールを投げること」も「声を出すこと」も、どちらも「物理的動作」。
「声の極意」は「遠くの人に声を届ける」。

 すなわち、ボールを遠く投げる条件を理解できれば、声も同様に遠くに届けることができるようになるということです。
 そこで、私が行なっているレッスンでも、下記の実験(シミュレーション)を生徒さんに考えてもらいましたが……。

実験 1: 距離
どちらのボールが遠いところまで投げることができるでしょうか?

実験2:球速
どちらのボールの球速のほうが速いでしょうか?

実験3:疲労度
力いっぱい投げた場合、どちらのボールのほうが肘や肩に負担がかかるでしょうか?

 ところが……「うーん」と答えに悩む人は少なくなかったのです。
 そもそも実際に「ピンポン球」と「ゴルフボール」を手に取ったことある人は少ないということ。イメージだけで「正解」を導き出すのは難しいものだということを実感しました。

 なので、今回は前回のおさらいとして、「ピンポン球」と「ゴルフボール」の実際の違いを理解していただくことから始めたいと思います。

「ピンポン球」と「ゴルフボール」の実際の違い

<大きさ>
どちらも同じくらいの大きさをしています。
左側のオレンジ色が「ピンポン球」、右側の白色で表面が凸凹しているのが「ゴルフボール」です。

<重量>
ピンポン球:3g
ゴルフボール:46g

 ふたつのボール、一番大きな違いは、重量が大きく違う。

・ピンポン球:軽い
・ゴルフボール:重い

 ゴルフボールのほうが15倍ほどピンポン球より重いのです。レッスンで、生徒さんに実際に2つのボールを持っていただいてから実験を行なうと、多くの方が下記のように「正解」を答えることができるようになりました。

[ 距離 ]どちらのボールが遠いところまで投げることができるでしょうか?
・ピンポン球:距離は短い
・ゴルフボール:距離は長い

[ 球速 ] どちらのボールの球速のほうが速いでしょうか?
・ピンポン球:遅い
・ゴルフボール:速い

[ 疲労 ]力いっぱい投げた場合、どちらのボールのほうが肘や肩に負担がかかるでしょうか?
・ピンポン球:負担が大きい
・ゴルフボール:負担が小さい

 それでも、生徒さんの中には、まだイメージできにくい方も若干名いらっしゃいましたが……、「向かい風の中で、ふたつのボールを投げるとどうですか?」と聞くと、皆さん「正解」を答えられるようになりました。「向かい風」という不利な条件がイメージを固めやすかったのだと思います。

・向かい風の中でボールを投げる
・向かい風の中で遠くの人に声をかける

 どちらも現実的にある行為です。

 声の極意は「遠くに声を届ける」。向かい風という不利な条件の中に「遠くに声を届ける」には、どうしたらよいか? その疑問こそが、正しい発声、正しい腹式呼吸のヒントになるのです。
 不利な条件では「精度が求められる」からです。

 それでは、向かい風の中、遠く人に下記の言葉を言ったとします。

①はひふへほ
②ばびぶべぼ

 どちらのほうが、遠くの人に声が聞こえる可能性が高いと思いますか?

 正解は②の「ばびぶべぼ」です。
 ①「 はひふへほ」の場合は、「遠くの人」以前に「近くの人」にも声は届きにくいはずです。

①はひふへほ = ピンポン球
②ばびぶべぼ = ゴルフボール

 ということになります。「はひふへほ」、「ばびぶべぼ」については、第25回:『早口言葉を攻略したけりゃ「濁音まみれメソッド」やるしかない!』を参照してください。

 前回でも説明しましたが、「ボールを投げること」も「声を出すこと」も、どちらも「物理的動作」です。しかしながら「ボールは見える」が「声は見えない」。
 人は「見えない」をリアルに感じることは難しいもの、すなわち「失敗か成功かを判断する」ことは難しい。このことが「腹式呼吸」や「発声」を難しいものに思わせてしまっている要因なのです。

 声は見えません……ですが、その声が「失敗なのか正解なのかを知りたい!」と思うことが成功への近道です。それには、今あなたが出している声は「ピンポン球の声」か「ゴルフボールの声」なのかを判断することがヒントになります。その理解をさらに深めるために「蛍の光」を歌っていただきます。

検証

「蛍の光」を次の2つのタイプの歌詞で歌ってみてください。

「蛍の光」(作詞:稲垣 千穎 作曲:不詳/スコットランド民謡)

[A]
ほたるのひかり まどのゆき
ふみよむつきひ かさねつつ
いつしかとしも すぎのとを
あけてぞけさは わかれゆく

[B]
ぼだるのびがり まどのゆぎ
ぶみよむづぎび がざねづづ
いづじがどじも ずぎのどを
あげでぞげざば わがれゆぐ

[A]:オリジナルの歌詞 → ピンポン球の声
[B]:濁音まみれメソッド →ゴルフボールの声

という結果になります。

 リアルタイムでわかりにくかったら、スマホなどで録音して確認してみてください。波形が表示されるアプリだったら[B]の方ほうが波形が大きい、すなわち声量も出ているはずです。

【濁音まみれメソッド】で声の質量がアップする!

 第25回:早口言葉を攻略したけりゃ「濁音まみれメソッド」やるしかない!でご紹介した【濁音まみれメソッド】では、「ばびぶべぼ」と同じように「濁音」が多くなるため「声の質量」がアップ、「ゴルフボールの声」となります。

濁音が少ない → 声の質量小 → ピンポン球の声
濁音が多い → 声の質量大 → ゴルフボールの声

という理解を深めてください。

 読者の方には、本気で歌がうまくなりたい! プロになりたい! と思っている方も多いと思います。一流の料理人を目指すには「舌」が大事。微妙な味の変化を感じ取れる舌の感覚が必要なように、歌を極めるためには「声の味見」が大切、そのためには、「たまたま良い声が出た」という根拠のない結果より、自身の声に関しての感覚を磨くことが大切です。

 そのために 「ピンポン球の声 」なのか「ゴルフボールの声」なのか、という感覚を身につけてください。
 必ず以前よりラクに歌えるようになります。そのとき、あなたの腹式呼吸もレベルアップしているはずです。

本コラムの執筆者

小泉 誠司

ニューベリーサウンド

小泉 誠司(コイズミ セイジ)

ボイストレーナー/作編曲家。米バークリー音楽大学卒。帰国後数々のアーティストの作編曲&プロデュースする一方、ボイストレーニング等新人育成にも力を注ぎ、数多くのアーティストをデビューさせた実績を持つ。

伝説のTVオーディション『ASAYAN』はじめ、数々のオーディションでレッスンや審査を行なうほか、機動戦士ガンダムの主題歌作曲も手がけるなど、多様なメディアで活躍。医療機関でのセミナーも多数、医学的見地に基づいた指導には著名アーティストや人気俳優&声優はじめ、セミナー講師、医師、弁護士など各方面からの信頼も厚い。テレビ東京『〇〇式って効くの?歌下手が3時間で…激変!?』など、TV出演や監修も多数。

著書に『ボイトレの“当たり前”は間違いだらけ!? すぐに歌がうまくなる「新常識」』(リットーミュージック)、『人生を変える「勝ち声」「負け声」 あなたを救う「声の法則」教えます ! 』(リットーミュージック)、『1分でいい声になる! 』(自由国民社 )などがある。

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