【連載】ボイトレの???(ハテナ)にこたえる 声と歌の小泉クリニック

小泉 誠司

ニューベリーサウンド

【ボイトレ】緊張時の「息苦しさ」の正体、解明します!/連載「ボイトレの???(ハテナ)にこたえる声と歌の小泉クリニック:第95回」

「努力性呼吸」の原因とは?

 前号に引き続き、今号も「緊張」についてお話ししたいと思います。
 そもそも緊張すると、なぜ声が出にくくなったり、息苦しくなったりするのでしょう? その原因がわかると、根本的な緊張対策ができるはず、解明していきたいと思います。

 以前、私は「アンコール渋谷」というライブハウスを経営していました。開店していた10年間には、デビュー前のback numberの清水依与吏さん始め、プロやプロを目指す人に数多く出演していただいていました。

 私もレッスンでの指導を終えると「アンコール渋谷」に足を運び、出演者のライブを観ていたのですが、いつも疑問に思うことがありました。

 それは「息苦しそうに歌う人」が多いということです。
 でも、ある出会いにより、「息苦しそうに歌う人」ではなく「息苦しく歌う人」が適切な形容だということを理解するようになりました。

 「ほとんどの人は人生を損している」……ある呼吸器の専門医の言葉です。

 そしてその原因は「努力性呼吸」

 努力性呼吸? 初めて聞かれた方も多いと思います。
 私も20年ほど前に、私の生徒さんの医師の方が主催されたパーティーに招かれた時のこと、出席者はほとんどが医師の方だったのですが、私がボイストレーナーだと主催者から紹介されると、多くの医師の方から声に関することで質問攻めに遭いました。
 医療の専門家であっても、声についてはわからないことがあるようで、医師の皆さんの医学的見地と実際の声の現場で起こることとの擦り合わせをされたいようでした。

 この中のひとり、呼吸器系の専門医で大学病院で研究されている教授から「正しい発声とは何ですか?」という質問を受けました。
 私は「肺からの息が正しく声帯を震わせることだと思います」と答えると、「私も同感だ」と。でもその次にその方が吐かれた言葉が衝撃的で、「ほとんどの人は人生を損している」と。

 どういうことかと聞くと「普段家族や友人と話している時の呼吸と、人前で話したり歌ったりする時の呼吸が違う。後者のような時には「努力性呼吸」という呼吸を行なっており、その呼吸は健康を害する」と、その教授は言われました。

 なるほど。そう言えば「アンコール渋谷」で歌っている人も、苦しそうに歌ったりする人が多いなぁ、と思っていたけど、でも本当は「苦しそう」ではなく「苦しい」のだと、それまでの自分の中のモヤモヤがスッキリしました。

 努力性呼吸とは文字通り、努力しなければいけない呼吸で、緊張やその他の要因で「自然な呼吸ができなくなってしまっている呼吸」です。
 使用される筋肉も、自然呼吸では呼吸筋、努力性呼吸では補助呼吸筋になるのですが、補助呼吸筋を使った呼吸は効率が悪く自然呼吸のときと比べて疲労度も増し、呼吸自体も苦しくなってしまうのです。

 その教授が言われたことを付け加えると「努力性呼吸をしていても自覚がない。なので改善が難しい」とのことでした。
 努力性呼吸をしていても、その時間が短い場合は、その弊害もそんなにも感じないので、多くの人は自覚がないままですが、長時間のライブでの歌唱や、講演や授業で話す人は、努力性呼吸の弊害が顕著になり、呼吸が苦しくなって、最後には胸が痛くなるどの症状が出てしまいます。

 私が指導した方の中には、私のレッスンを受講される以前には、講演中に呼吸困難になり救急車で病院に運び込まれたことがあるセミナー講師の方もいらっしゃいました。病院で検査してもどこも悪いところは出なかったということです。

「引き笑い」の状態が「努力性呼吸」

 「努力性呼吸」とは具体的にはどんな呼吸なのでしょうか? 「笑う」という発声の基本とも言える例で説明しましょう。

 「引き笑い」という笑い方があります。「引き笑い」を検索して調べると、「笑う際に、息を吐きながら笑い声を上げるのではなく、息を吸う際に笑い声を上げる笑い方」と出てきます。

 ずばり、この「引き笑い」の状態が「努力性呼吸」なのです。

 つまり、「息を吐いて発声する」のではなく「息を吸いながら発声する」のほうが「努力性呼吸」と言えるのです。

 息を吐き出すことで、息が体内に入ってくる……これが正常な呼吸のシステムです。正しい発声も、この正常な息のシステムによって成り立っています。

 それが、「引き笑い」など「努力性呼吸」での発声においては、ずっと息を吸い込んでいる状態なので、息を吐き出すことができず呼吸困難に陥るのです。

 本当に苦しくなるのか「口笛」で試してみたいと思います。
 「口笛」は「吹く」ことで音が鳴りますが、「吸う」ことでも音を鳴らすことが可能です。下記、①と②で「口笛」を鳴らしてみてください。

①息を吐きながら「口笛」を鳴らす
②息を吸いながら「口笛」を鳴らす

 どうですか?

 ①に比べて、②で息を吸いながら「口笛」を鳴らす場合は、息苦しさを覚えたはずです。これと同じことが発声においても言えるのです。
 つまり「努力性呼吸」で発声すると「息苦しい」のです。

 今あなたが気持ちよく歌えていないとしたら、その原因は「努力性呼吸」の可能性が高いと言えます。次回以降、その克服法をご紹介していきたいと思います。


撮影:ヨシダホヅミ

小泉誠司のレッスンを受けてみよう!

 リットーミュージックが運営するオンライン・ヴォーカル・レッスン『歌スク』に小泉誠司が参加中。無料体験レッスン(1回のみ25分)も行なっていますので、まずは『歌スク』のサイトにアクセスしてください。

小泉誠司のプロフィールページ、レッスン詳細などはこちら!
https://uta-school.jp/teacher/detail/8

2024年1月12日(金)、16日(火)、23日(火)、26日(金)にレッスン空き枠あります!

本コラムの執筆者

小泉 誠司

ニューベリーサウンド

小泉 誠司(コイズミ セイジ)

ボイストレーナー/作編曲家。米バークリー音楽大学卒。帰国後数々のアーティストの作編曲&プロデュースする一方、ボイストレーニング等新人育成にも力を注ぎ、数多くのアーティストをデビューさせた実績を持つ。

伝説のTVオーディション『ASAYAN』はじめ、数々のオーディションでレッスンや審査を行なうほか、機動戦士ガンダムの主題歌作曲も手がけるなど、多様なメディアで活躍。医療機関でのセミナーも多数、医学的見地に基づいた指導には著名アーティストや人気俳優&声優はじめ、セミナー講師、医師、弁護士など各方面からの信頼も厚い。テレビ東京『〇〇式って効くの?歌下手が3時間で…激変!?』など、TV出演や監修も多数。

著書に『ボイトレの“当たり前”は間違いだらけ!? すぐに歌がうまくなる「新常識」』(リットーミュージック)、『人生を変える「勝ち声」「負け声」 あなたを救う「声の法則」教えます ! 』(リットーミュージック)、『1分でいい声になる! 』(自由国民社 )などがある。

本コラムの記事一覧

その他のコラム

最新情報

ヴォーカルや機材、ライブに関する最新情報をほぼ毎日更新!