【連載】ボイトレの???(ハテナ)にこたえる 声と歌の小泉クリニック

小泉 誠司

ニューベリーサウンド

第47回:高い声を出したきゃ「自分のキー」を知るべし!

「楽しんで歌う」ことは、完全なる「長所」です

 新しい生徒さんのレッスンを開始するにあたり、生徒さんに「歌や声に関して具体的な問題点や疑問はありますか?」と聞くのですが、「自分に合ったキーが見つかるまでうまく歌えないので、時間がかかる」と答えられた生徒さんがいらっしゃいました。

 その人は、それを「欠点」だと思われたようですが、私から言わせれば「長所」です。

 自分には合っていないキー、特に高音域で歌われている方をよく見かけます。
 挑戦するのは結構ですが、金切り声のように聞き苦しい声を出してまで歌うことが、本当に歌を楽しむことには私には思えません。

 カラオケでも、皆さん高いキーで歌いたくなるのはわかりますが、そのキーはオリジナルである「プロ」の人がプロの技と身体で歌えているキーなので、プロでない人にとっては「高すぎる」のが当たり前と言えば当たり前です。

 先ほどの生徒さんは「気持ち良く歌いたい」という気持ちが強い人です。高いキーを無理に歌ってカッコつけるより、自分に無理なく気持ち良く声が出せるキーを、まずは丁寧に探してから「楽しんで歌う」ことを優先されているということです。

 「楽しんで歌う」こと……これは完全なる「長所」なのです。

 ところで、プロの歌手やアーティストは皆、高い音域を歌う人ばかりでしょうか?

 例えば、福山雅治さんやGACKTさん、竹内まりやさんや中森明菜さん……。どちらかと言えば低い音域に特徴のある方で、高域を歌うイメージはあまりないはずです。
 でも、声や歌唱力において多くの支持を受けている方々でもあると思います。
 そして実は高い音域も歌われているのですが、声質がキンキンしていないため、高い音域を歌われているとは思われていないのです。

 高い音域で歌える人……それは素晴らしい能力ですが、世の中の人全員が、同じ能力や特徴を持つ必要はありません。
 自分の「ベストの声」を知り、それを武器にできる人、私はそれが素晴らしいアーティストに必要な価値観のひとつだと思います。

 どんなに簡単に思えるテストでも100点を取ることは難しいものです。「高い音域を歌えるようになる」には、 まずは自分が気持ち良く歌えるキーで「100点」を取ってから、半音ずつキーを上げて「点数を上げていく」ことが必要。このことを私は中学生のときに気づきました。

ゲーム感覚で楽しみながら高い音に挑戦していった中学時代

 私は中学生の頃、井上陽水さんが好きで、陽水さんの曲をギターの弾き語りで歌っていました。
 先ほどの話ではありませんが……陽水さんの声を、そんなに高い印象を持つ方は多くないと思います。でも、実は「高い」のです。

 声に低音の響きがあり、なめらかに歌われているので「高い」とは思われにくいのですが、実際に歌ってみると、陽水さんと同じ高さ、同じキーでは歌えなかったのです。
 そこで私が取った作戦は、低いキーから歌ってみて徐々に上げていくという作戦でした。

 そして相棒は「カポタスト」。

カポタスト

 ギターを弾く人はご存知だと思いますが、ギターのネックに取り付けることでキーを変えてくれるという優れもの、それがカポタストです。私はこのカポタストを最大限利用しました。ほとんどの陽水さんの曲は高い音域が多く、私は高くて歌えなかったので、最初はかなり低いキーで歌うようにしました。
 低いキーで気持ちよく歌えるようになったら、カポタストをギターのフレットひとつ分上げて、半音上がったそのキーで歌うようにしていました(ギターの指板にはフレットというものがあり、ブリッジのほうに向かって半音ずつ音は上がっていきます)。

2フレットにカポタストを装着したところ

 日によって気持ちよく歌えるキーは変わり、そのつどカポタストの位置を変え、「今日一番気持ちよく歌えるキー」を探り、そのキーで歌うようにしました。
 まるで「ゲーム」ですね。「明日は、カポタストを付けるフレットの位置をひとつ上げて歌えるようにしよう!」と、挑戦しました。

 「今日はコンディションがいい」というコンディションの問題だけでなく、「どうやったら気持ちよく歌えるのか?」と、頭や感覚を駆使して、ひとつずつキーを上げていきました。ちょうどゲームの一面をクリアする感覚です。

 私にとって「高いところを歌う」ことは、「恐怖や緊張」ではなく、「挑戦、そして楽しみ」でした。

 この「カポタストを使ったゲーム」のおかげで、私は日本人男性ヴォーカリストの大体の高さは歌えるようになりました。
 のちに私は作曲家になり、『機動戦士ガンダムV2』主題歌を始めアニメの楽曲も数多く作ってきたのですが、私の曲が採用される要因として、私が「ハイトーンで歌えること」があったと思います。

 作曲家は自分の曲を曲選考のコンペに出す際、「仮歌」を入れて提出するのですが、その「仮歌」のイメージが曲のイメージを決定すると言っても過言ではないのです。アニメの楽曲ではロック系、ハイトーン系が好まれることも多いので、私の「高い声を出せる」という能力が、作曲家としての私を助けてくれていたのです。

 「高い声を出せる」という能力を育ててくれた「カポタストを使ったゲーム」。カラオケ好きな人には「カラオケのキーチェンジャー」が代わりの役を果たしてくれるはずです。ぜひゲーム感覚で楽しみながら取り組んでいただきたいと思います。

 「無理なく気持ちよく歌える高さから歌い始める」ことを忘れずに。


撮影:ヨシダホヅミ

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本コラムの執筆者

小泉 誠司

ニューベリーサウンド

小泉 誠司(コイズミ セイジ)

ボイストレーナー/作編曲家。米バークリー音楽大学卒。帰国後数々のアーティストの作編曲&プロデュースする一方、ボイストレーニング等新人育成にも力を注ぎ、数多くのアーティストをデビューさせた実績を持つ。

伝説のTVオーディション『ASAYAN』はじめ、数々のオーディションでレッスンや審査を行なうほか、機動戦士ガンダムの主題歌作曲も手がけるなど、多様なメディアで活躍。医療機関でのセミナーも多数、医学的見地に基づいた指導には著名アーティストや人気俳優&声優はじめ、セミナー講師、医師、弁護士など各方面からの信頼も厚い。テレビ東京『〇〇式って効くの?歌下手が3時間で…激変!?』など、TV出演や監修も多数。

著書に『ボイトレの“当たり前”は間違いだらけ!? すぐに歌がうまくなる「新常識」』(リットーミュージック)、『人生を変える「勝ち声」「負け声」 あなたを救う「声の法則」教えます ! 』(リットーミュージック)、『1分でいい声になる! 』(自由国民社 )などがある。

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