【連載】ボイトレの???(ハテナ)にこたえる 声と歌の小泉クリニック

小泉 誠司

ニューベリーサウンド

第26回:「腹式呼吸」でもっと得できるのに、もったいないことをしていませんか?

 ボイストレーニングといえば「腹式呼吸」。おそらくボイストレーニングにまつわる用語で一番有名な言葉だと思います。
 「腹式呼吸」の文字の中に「腹」という文字があることと、「腹から声を出せ」という典型的なアドバイスのおかげで、多くの方は、「お腹に空気が入っている」……と思ってしまっているように思えます。でも、お腹にある臓器は「胃」や「腸」、消化器系の臓器であって空気は入りません。もし「胃」や「腸」に空気がたくさん入ってしまったら大騒ぎです。すぐさま病院に行くべきです。

 「呼吸」の源である「肺」はお腹にはなく、胸にあります。「腹式呼吸」に対して「胸式呼吸」と呼ばれる呼吸があり、

腹式呼吸 ◯
胸式呼吸 X

 というように考えられていることもあり、

腹 ◯
胸 X

 という意識が生まれてしまい、本当は胸にある肺の存在を曖昧にしてしまっているようにも思います。

「腹式呼吸 OR 胸式呼吸」は「どのように呼吸するか」→「やり方」での価値観
「腹 OR 胸」は「息をどこに貯めるか」→「場所」での価値観

 これを混同してはいけません。
 また、呼吸を「丹田」という「気」「スピリチュアル」の視点で説明をされる方もいらっしゃいますが、実際には「丹田」という臓器はありませんので、「丹田に息を入れることはできません」のでご注意。
 メンタルや精神面でのトレーニングにおいては有効かもしれませんが、イメージと実際の臓器の働きを混同してしまうとますます混乱するのでご注意を。
 長年ボイストレーニングの指導をしていますが、いまだに多くの方が誤った情報で苦労されているのを見かけますので、改めて、ここに書かせていただきました。詳しくは下記を参照してください。

第7回:「お腹を膨らませて声を出して」は合ってるの?

 ところで、「胸式呼吸の目的って何?」という問いに答えられる人は少ないのではないでしょうか?
 「腹式呼吸が良いって聞いたので」、「腹式呼吸をやるように先生に言われたから」など、曖昧な答えを持つ人がほとんどだと思います。

「声量が増す」

 ……これは「胸式呼吸」の間違いのない恩恵にひとつだと思いますが、第7回:「お腹を膨らませて声を出して」は合ってるの?で、「声の原動力は、肺にある空気。その空気をいっぱい溜め込んだほうが、声帯をスムーズに震わせることができるので声も出やすくなる」と腹式呼吸の効果を説明しているように、「声帯をスムーズに震わせることができる」ので、結果的に「声量が増す」のです。

 「えっ、肺からいっぱい息が流れたら、それだけで声量は増すのでは?『声帯をスムーズに震わせることができる』ことは別に必要ないのでは……」と感じる方は多いと思いますが、腹式呼吸で肺活量が増えて声帯にたくさんの息が当たったとして、その「当たるタイミング」がズレていたら?

 せっかくの肺活量を生かすことができないばかりか、声帯を傷めてしまいます。

 豊かな肺活量を生かすには「タイミング」が重要になります。そして、そのタイミングを掴むためには「種火」という「着火剤」が必要になるのです。ちょうど、ガスコンロで火をつけるときに「種火」が必要なのと同じです。

 第21回:「着火剤メソッド」で声は力強く、そして心は熱くなる!から、前回の第25回:早口言葉を攻略したけりゃ「濁音まみれメソッド」やるしかない!まで、「種火」や「着火剤」に関して説明していますので参照してください。

●ガスコンロで種火が付かなかったら……?
●ガスライターで発火石がなくなってしまっていたら……?

 ガスは漏れるだけで、火はつかないように、最大限に「腹式呼吸」の恩恵を受けるためには「種火」による「着火」、そしてタイミングが不可欠です。
 前号までに「濁音」は「種火」としての効果が大きいということを説明してきましたが、実は「腹式呼吸」の恩恵を最大限に高めることも行なってくれているのです。

 また前号では「早口言葉」に取り組んできましたが、

早口言葉がスムーズに言える → 腹式呼吸の質が良い → 腹式呼吸の恩恵を受けられている
早口言葉がスムーズに言えない → 腹式呼吸の質が悪い → 腹式呼吸の恩恵を受けられていない

 すなわち、発声においての「腹式呼吸」の恩恵とは「ラクに声が出るか否か」だからです。それを判断できる「早口呼吸」はとても有効な手段だと言えます。ぜひ前号を振り返ってトライしてみてください。

本コラムの執筆者

小泉 誠司

ニューベリーサウンド

小泉 誠司(コイズミ セイジ)

ボイストレーナー/作編曲家。米バークリー音楽大学卒。帰国後数々のアーティストの作編曲&プロデュースする一方、ボイストレーニング等新人育成にも力を注ぎ、数多くのアーティストをデビューさせた実績を持つ。

伝説のTVオーディション『ASAYAN』はじめ、数々のオーディションでレッスンや審査を行なうほか、機動戦士ガンダムの主題歌作曲も手がけるなど、多様なメディアで活躍。医療機関でのセミナーも多数、医学的見地に基づいた指導には著名アーティストや人気俳優&声優はじめ、セミナー講師、医師、弁護士など各方面からの信頼も厚い。テレビ東京『〇〇式って効くの?歌下手が3時間で…激変!?』など、TV出演や監修も多数。

著書に『ボイトレの“当たり前”は間違いだらけ!? すぐに歌がうまくなる「新常識」』(リットーミュージック)、『人生を変える「勝ち声」「負け声」 あなたを救う「声の法則」教えます ! 』(リットーミュージック)、『1分でいい声になる! 』(自由国民社 )などがある。

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