【連載】ボイトレの???(ハテナ)にこたえる 声と歌の小泉クリニック

小泉 誠司

ニューベリーサウンド

第46回:コレをやめたら高い声が楽に出せる!

声の原動力は「息」
息がなければ声は出ない

 この「当たり前」と思えることが意外に理解できていないこと。つい「目先」の「声」にばかり気が行ってしまう……。長年ボイストレーニングの指導を行なう中で生徒さんから感じていることです。

高い声、低い声
強い声、弱い声

 ……声のことは気にしていても、息のことを気にする人は少ないのです。実は、この「当たり前」に気づくことが、今回のテーマである「高い声を楽々出せるようにする」ことの近道なのです。

なぜなら、息と声は「運命共同体」。

息が強い = 声が強い
息が弱い = 声が弱い
息が小さい = 声が小さい
息が大きい = 声が大きい

 ……同じ結果になるからです。

高いところを歌うときには「多くの息が必要」

 声のことになると、身近すぎてわかりにくいこともあるかもしれない。では、同じように息を吹き込んで音を鳴らす管楽器ではどうでしょうか? 

 管楽器で音を出す際、一番初めにやることは「息を吸い、息を管楽器に吹き込む」こと。そして、その「息」によって管楽器から出る音は変化します。
 管楽器で高い音を出すとき、「多くの息」を管楽器に吹き込む必要があるように、高いところを歌うときには、「多くの息」が必要になります

 高いところを歌うときは「パワー」が必要という価値観は正しく、「パワー」= 「多くの息」という「正解」が成立できていれば、高いところは気持ちよく楽に歌えるはずです。

 しかしながら、今あなたが「高いところが気持ちよく歌えない」という意識を持っているのであれば「パワー」= 「多くの息」という「正解」になっておらず、「パワー」= 「力み」という「不正解」になってしまっていると言えます。力を入れれば入れるほど「力んで」しまい、「多くの息」を生み出すことができなくなっているのです。

 ところで、高いところに限らず発声時、具体的に「どこ」に力を入れようとしているのでしょうか?  それは「お腹」、具体的には「腹直筋」いわゆる「腹筋」なはずです。
 「お腹に力を入れろ!」という「誤った常識」から多くの方がやってしまっている「誤った行為」と言えます。

 「お腹に力を入れる」と「多くの息」は生み出せず、逆効果になってしまうから、「お腹に力を入れる」と、肺に空気が入りにくく、また自然な息を出しにくくなるからです。それを実証するためには、呼吸システムを理解する必要があります。

 人は呼吸するとき、発声するとき、

①息を吸う
②息を吐く(声を出す)

 といった2つの行為を行なっています。それぞれの行為において説明していきましょう。

①息を吸う

 このときにお腹に力を入れてしまうと、肺が圧迫されて肺に息が入りにくくなります。
 通常、正常な人でも肺の最大容量の90%しか使えていないと言われています。つまり肺の残りの10%は、大抵の人にとってはデッドスペース、つまり使えていないスペースが存在しているということになります。

 「使えていない」……つまり「肺に息を入れられていない」ということです。

 肺は人の身体の右と左、両側にひとつずつあります。右側の肺には3つの袋が、左側の肺には2つの袋がある構造になっています。人は左側に心臓があるため、右側に比べて左側の肺が小さくなっているというのが、その構造の違いの理由のようです。

 さて、その肺の袋ですが、通常はほとんどの人が、肺の上側の袋にしか息を入れられておらず、肺の一番下の袋までは息を入れられていないようです。
 では、息を吸うときに腹筋に力が入ったらどうなるかを考えてみましょう。

 お腹から肺を持ち上げて圧迫する状態になりますね。そうなってしまうと、肺の一番下の袋には息が入れにくくなります。それが「息を吸うとき」にお腹を力を入れてはいけない理由なのです。

②息を吐く(声を出す)

 息を吐くときにお腹を引っ込めてしまうと必要以上に肺が圧迫されてしまい、息の自然な排出の妨げになります。さらに声帯の開閉とのタイミングもズレてしまいますから、それがいわゆる「力み」に繋がる危険性があります。

 例えば風船を膨らませる状況を想像してみてください。風船をパンパンに膨らませたのち、風船の口を開いたら、風船の中の空気は一気に外に出てしまうはずです。
 そのとき、空気を出すためにわざわざ風船を押したりする必要はありませんよね。風船のゴムが自然に縮む力だけで中の空気は外に出ていきます。

 肺から息が出るときもこの風船と同じ状態なのです。わざわざお腹に力を入れて無理に息を出そうとしなくても、肺がしぼむ自然な力だけで肺の中の息を排出することができるのです。

 どうでしょうか。正しい呼吸システムがわかると発声時に、「お腹に力を入れろ!」が「誤った常識」、そして「誤った行為」だということも理解していただけたことと思います。

「お腹に力を入れない」ことで高いところを楽々歌えるようになる

 つまり、「お腹に力を入れる」ことは、「多くの息」を生み出すことには繋がらず、高いところを歌うことはますます難しくなるのです。

 「お腹に力を入れない」ことで、自然な呼吸システムが稼働し「多くの息」を排出、高いところを楽に歌える「パワー」を生み出してくれるのです。

 呼吸はとても大事です。我々が生きていられるのはこの呼吸のおかげです。呼吸の重要さ、腹式呼吸の大切さは、どの分野でも語られていますが、本当のところ、その機能の源である「肺」に関して、また肺を正しく活動させるための知識を持っている方は医師以外には多くありません。

 私はボイストレーニングの指導を医師にも行なっており、病院でボイトレセミナーを開催したり勉強会を行なう中、正しい知識や情報を得ることができました。
 今回、「お腹に力を入れろ!」が「誤った常識」、そして「誤った行為」だと説明しているのは、上記の経験の上での医学的見地に基づいた考えです。

 「お腹に力を入れない」ことで、高いところを楽々歌えるようになるだけでなく、「力まない人」、「緊張に勝てる人」に近づけます。ぜひ実践してみてください。


撮影:ヨシダホヅミ

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本コラムの執筆者

小泉 誠司

ニューベリーサウンド

小泉 誠司(コイズミ セイジ)

ボイストレーナー/作編曲家。米バークリー音楽大学卒。帰国後数々のアーティストの作編曲&プロデュースする一方、ボイストレーニング等新人育成にも力を注ぎ、数多くのアーティストをデビューさせた実績を持つ。

伝説のTVオーディション『ASAYAN』はじめ、数々のオーディションでレッスンや審査を行なうほか、機動戦士ガンダムの主題歌作曲も手がけるなど、多様なメディアで活躍。医療機関でのセミナーも多数、医学的見地に基づいた指導には著名アーティストや人気俳優&声優はじめ、セミナー講師、医師、弁護士など各方面からの信頼も厚い。テレビ東京『〇〇式って効くの?歌下手が3時間で…激変!?』など、TV出演や監修も多数。

著書に『ボイトレの“当たり前”は間違いだらけ!? すぐに歌がうまくなる「新常識」』(リットーミュージック)、『人生を変える「勝ち声」「負け声」 あなたを救う「声の法則」教えます ! 』(リットーミュージック)、『1分でいい声になる! 』(自由国民社 )などがある。

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