【連載】ボイトレの???(ハテナ)にこたえる 声と歌の小泉クリニック

小泉 誠司

ニューベリーサウンド

第34回:「歌に感情がこもっていない」は「心」ではなく「日本語」の問題!

2022.10.31

 良かれと思ってアドバイスしてくれても、抽象的すぎたり、「どんな練習をしたら良いのかわからない」など、困ってしまうことが多いですよね。

 音程などの問題は、録音して聴いてみたりして「自覚」できることもあり、またキーボードを使って正しい音程を聴くことにより改善できる可能性はありますが、「歌が平坦」、「感情がこもっていない」などニュアンスや表現に関するアドバイスに至っては、主観によるものであったり、それこそ感情によるものであったり、なかなか改善していくのが難しいのが現実だと思います。
 自分ではどんなに感情を込めたつもりでも、聴き手にはそう聴こえないとしたら、どうしようもないですよね。

「普段通りの日本語」を使って歌う重要性

 そもそも、なぜ「歌が平坦」、「感情がこもっていない」などと思われてしまうのでしょうか?

 それは「日本語」の問題によるところが大きいのです。
 私は普段行なっているレッスンでは、「感情」という目に見えないものではなく、我々が使っている「日本語」にフォーカスしてこの問題の解決を図っています。

 どういうことかと言えば……我々が日常において使っている「日本語」は、感情に満ち溢れたものです。感情を隠そうとしても隠しきれない、生身の人間なので当然と言えば当然です。
 なので、「普段通りの日本語」を使えば、人にとやかく言われる筋合いはないと、ということになります。

 では「普段通りの日本語」とは、どういう日本語なのでしょうか?

 バイきんぐの小峠英二さんの有名な持ちネタ「なんて日だ!」は、文字で書くと、「なんて日だ!」になると思います。でも実際には「なぁんて日だ!」と小峠さんは言われているはずです。
 本当に「なんて日だ!」と言われているとしたら、それこそ棒読みでインパクトに欠け、ここまで支持されることはなかったのではと思います。

 「なんて日だ!」の「な」は、実際の日本語としては「なあ」もしくは「なぁ」なのです。

 普通、文字にすると「あ い う え お」ですが、本当は「ああ いい うう ええ おお」と発音しているというわけです。

 「あ い う え お」のまま発音していると、音が切れ切れになってしまいロボットのような不自然な感じになってしまいます。

 日本語は「子音」+「母音」で成り立っていて、
「か き く け こ」も「母音」が入り、
「かあ きい くう けえ こお」と実際には発音しているのです。

 みなさんが実際に日常会話で使っている「普段通りの日本語」とは、

ああ いい うう ええ おお
かあ きい くう けえ こお
さあ しい すう せえ そお
たあ ちい つう てえ とお
なあ にい ぬう ねえ のお
はあ ひい ふう へえ ほお
まあ みい むう めえ もお
やあ    ゆう    よお
らあ りい るう れえ ろお
わあ
うん
(←実際にはこのように発音しています)

なのです。

「蛍の光」と「赤とんぼ」で実践!

 それに対して「歌詞カード」に書かれている日本語は「蛍の光」を例にとると……。

「蛍の光」(作詞:稲垣 千穎 作曲:不詳/スコットランド民謡)

<通常の歌詞カード>
ほたるのひかり
まどのゆき
ふみよむつきひ
かさねつつ
いつしかとしも
すぎのとを
あけてぞけさは
わかれゆく

 「子音」のあとの「母音」は書かれていません。……なので、このまま歌ってしまうと、それこそ、ロボットのような不自然な印象を与えてしまい「歌が平坦」、「感情がこもっていない」……になってしまうのです。

 いわば<通常の歌詞カード>とは「簡略化された歌詞カード」もしくは「圧縮された歌詞カード」と言えます。
 コンピュータ上のデータの「圧縮」、「解凍」という作業に似ています。

 ではどうしたら、「普段通りの日本語」に「解凍」できるかというと、「子音」のあと「母音」を書き加えるという作業を行なえば良いということです。

<「普段通りの日本語」の歌詞カード>
ほおたあるうのおひいかありい
まあどおのおゆうきい
ふうみいよおむうつうきいひい
かあさあねえつうつう
いいつうしいかあとおしいもお
すうぎいのおとおをお
ああけえてえぞおけえさあはあ
わあかあれえゆうくう

 次は「赤とんぼ」で比較してみましょう。

「赤とんぼ」(作詞:三木露風 作曲:山田耕筰)

<通常の歌詞カード>
ゆうやけ こやけの あかとんぼ
おわれて みたのは いつのひか

<「普段通りの日本語」の歌詞カード>
ゆうやあけえ こおやあけえのお ああかあとおうんぼお
おおわあれえてえ みいたあのおわあ いいつうのおひいかあ

 私は歌のニュアンスや表現力をアップするために、よくこの「赤とんぼ」をお勧めしています。なぜなら、<通常の歌詞カード>のままでは、「歌えない」からです。
 いわゆる「字足らず」の歌詞なので、たりない箇所は「母音」で必然的に埋めなければならないからです。

 普通に歌ってみると、<通常の歌詞カード>より、<「普段通りの日本語」の歌詞カード>に近い感じで歌っているのに気づくはずです。

 そう、実は<「普段通りの日本語」の歌詞カード>は無理やりなものではなく、むしろ<通常の歌詞カード>のまま歌うことのほうが無理があるのです。

 今まで皆さんが歌っている曲でも、無意識のうちに「赤とんぼ」のように、「母音」を入れて歌っている曲もあると思います。
 でも、一方<通常の歌詞カード>のまま、「母音」を入れずに歌っている曲もあるはずです。もし、「歌が平坦」、「感情がこもっていない」……などと言われたら、その曲の歌詞カードと自分の歌とを照らし合わせてみてください。おそらく、そのようなアドバイスをされる場合、<通常の歌詞カード>のまま歌っているはずです。

 「母音を意識して歌って」とアドバイスされることもあるかと思いますが、「意識する」だけでは弱いです。それだけでは、「やっているつもり、できているつもり」になってしまい、自身の「クセ」には勝てません。まずは<「普段通りの日本語」の歌詞カード>を作成して、その通りに歌うようにチャレンジしてみてください。

うまくできないときは、ひと呼吸して視野を広げてみよう!

 「普段通りの日本語」の日本語を使って、それでも「歌が平坦」、「感情がこもっていない」と言われたら……もうそれは相手の方との主観の違いだと思うしかありません。

 ただ、今回の問題にかかわらず、「歌における問題」は歌や音楽の問題ではないことが多いです。
 人はうまくいかないことがあるとき、視野が狭くなりがちです。

 歌や音楽においても、うまくできないのは「音楽の問題」だと決めつけがちですが、実はもっと基本の部分が問題点であることが多いのです。
 「歌が平坦」、「感情がこもっていない」という問題においても、「音楽の問題」以前の「日本語の問題」だということです。
 うまくできないことがあったら、「ひと呼吸」して、ゆったりとした気持ちで「視野を広げて」問題解決に取り組んでいただければと思います。

小泉誠司も参加!

オンライン・ヴォーカル・レッスン
『歌スク』無料体験レッスン受付中!

https://uta-school.jp/

本コラムの執筆者

小泉 誠司

ニューベリーサウンド

小泉 誠司(コイズミ セイジ)

ボイストレーナー/作編曲家。米バークリー音楽大学卒。帰国後数々のアーティストの作編曲&プロデュースする一方、ボイストレーニング等新人育成にも力を注ぎ、数多くのアーティストをデビューさせた実績を持つ。

伝説のTVオーディション『ASAYAN』はじめ、数々のオーディションでレッスンや審査を行なうほか、機動戦士ガンダムの主題歌作曲も手がけるなど、多様なメディアで活躍。医療機関でのセミナーも多数、医学的見地に基づいた指導には著名アーティストや人気俳優&声優はじめ、セミナー講師、医師、弁護士など各方面からの信頼も厚い。テレビ東京『〇〇式って効くの?歌下手が3時間で…激変!?』など、TV出演や監修も多数。

著書に『ボイトレの“当たり前”は間違いだらけ!? すぐに歌がうまくなる「新常識」』(リットーミュージック)、『人生を変える「勝ち声」「負け声」 あなたを救う「声の法則」教えます ! 』(リットーミュージック)、『1分でいい声になる! 』(自由国民社 )などがある。

本コラムの記事一覧

その他のコラム

最新情報

ヴォーカルや機材、ライブに関する最新情報をほぼ毎日更新!