【連載】「うたってなんだっけ」

関取花

第20回『きまりってなんだっけ』

2023.06.1

みなさんは、「これをする前には必ずこれをやる」みたいな決まり事って何かありますか？いわゆるルーティンってやつです。私は数年前までは結構あったのですが、最近はどんどん減っていって、ほとんどなくなりました。

ミュージシャンは、ライブ前のマイルーティンを持っている人が結構います。「ステージ袖でジャンプを10回する」とか、「エナジードリンクを必ず飲む」とか、「10分間の瞑想をする」とか。ライブって生物（なまもの）で、毎回場所も違えばお客さんも違うので、どれだけ回数を重ねても緊張や不安は付き物です。それでも安定したパフォーマンスを発揮するには、こういうルーティンみたいなものがあると、「よしこれで今日も大丈夫だ！」という気になるし、どんな状況でも心が安定したりするんですよね。

私も以前までは結構いろんなルーティンがありました。毎回エナジードリンクを飲んでいた時期もあったし、決まったストレッチをやっていた時期もありました。20代半ばくらいまでは、「ライブ開始の８時間前までにその日の食事を終える」という、今の私では到底考えられないルールを設けている時期もありました。最近は本番の15分前まで何かしら食べているというのに。

唯一残ったルーティンは、「ライブ前に必ず歯を磨く」ということくらいです。でもまあこれは自分のためというより、お客さんに失礼のないようにという気持ちの方が大きいです。だってほら、最前列に座ってくれている人に、歯におにぎりの海苔が張りついちゃってるのが見えたりしたら、恥ずかしいというか、もはや失礼じゃないですか。お客さんにとってのその２時間のライブの記憶が、その海苔の一点に集中してしまったなんてことになったら、申し訳ない。だから歯は必ず磨くようにしています。

もちろん、私のルーティンが減っていたのには理由があります。それは至極単純な理由で、「すごく忘れっぽいから」です。私がもし毎回のルーティンをきちんと忘れずにこなせる人間だったら、いまだになんらかの決まりは設けていたように思います。でも、幸か不幸かとんでもなく忘れっぽく、ライブ直前にはどんなに余裕を持って準備をしていたとしても信じられないほどバタバタしてしまう私みたいな人間には、単純にどれも続けるのが難しかった。幾多のルーティンたちが、私のこの生来の性質によってどんどん淘汰されていった結果、「歯を磨く」という最低限のマナーを守る行為のみが残されたという。

今でも、やるに越したことはないものはそりゃあたくさんあります。エナジードリンクもあれば飲むだろうし（シンプルに美味しいから）、お気に入りの香水があればサッとふりかけるでしょう（前まであったけど肌がかぶれるようになり使えなくなった）。でも、「なくてもべつにいけるじゃん」という経験を一度でもすると、まあ案外それ以降は大丈夫だったりします。少なくとも私はそうでした。おかげさまでツアーに行くたびに荷物が減っていきます。リュックも心も軽くなって、一石二鳥でなんだか得した気分です。

身軽っていいな、って最近つくづく思います。その方があらゆる意味でのサバイバル能力が身に付くと思うんです。必要なものが全部揃わなければ物事を心から楽しめない人よりも、今目の前にあるものだけできちんと楽しめる人の方が、豊かな時間を多く過ごせるような気がします。必要なものが全部あることの有り難みを噛み締められるいい機会にもなりますしね。ツアーから家に帰るといつも思います。「家、マジでなんでもあるな！」って。トリートメントもあるし、パックもあるし、本もあるし、服もある。別に持っていかなくてもいいけどあると便利、みたいなものが全部揃っていて、「家、ありがてえ！」ってなります。

話が少しそれましたが、私はルーティンを減らすようになってから、より肩の力を抜いて歌が歌えるようになりました。「あれもやった、これもやった、今日は100点満点の自分だ、完璧なライブができるはず」と思い込みすぎない方が、私にはよかったみたいです。「その日の自分を楽しもう」という気持ちでいる方が、よりナチュラルに、自分自身に飽きることなく歌を歌い続けられる。これからもそういうマインドは、大切にしていきたいなと思います。

本コラムの執筆者

関取花

関取花（せきとり・はな）
1990年生まれ神奈川県横浜市出身愛嬌たっぷりの人柄と伸びやかな声、そして心に響く楽曲を武器に歌い続けるソロアーティスト。2019年ユニバーサルシグマよりメジャーデビュー。2023年9月6日、久々の新曲「メモリーちゃん」を配信リリース。2023年11月からは盟友、谷口雄と二人で巡る「関取花 2023 ツアー“関取二人三脚”」を東京、京都、名古屋にて開催。