【連載】「うたってなんだっけ」

関取 花

第17回『しあわせってなんだっけ』

2023.03.1

最近、少し悩んでいることがあります。悩んでいるというか、あらためて考えていることというか。

私が音楽でご飯を食べていこうと決めたのは、「これをやり続けていたら、いつか自分のことを好きになれるかもしれない」と思ったからでした。何をするにも周りの顔色をうかがってばかりの自分が、そういうことを気にせず、誰になんと言われようと自分の美しいと思えるものだけを追い求めようと初めて思えたのが、音楽でした。それからもう十数年、ありがたいことに今は音楽だけで生活できています。

音楽を始める前、私は私のことが大嫌いでした。外では本音を言えず、でも愛されたくて、いい顔をすることばかりが上手になって、家に帰ると爆発して、家族にあたり散らかして。素直にごめんねも言えず、どうしたのと言われても何も答えず、抑え込んだ感情が自分の中だけでグツグツと煮詰まっていき、でもどこにも吐き出せず……そんなループの中で日々を過ごしていました。多感な時期のよくある話といえばそうなのかもしれませんが、当時の自分にとってはそれがすべてだったわけで、このまま人生は終わっていくのか、とさえ思いました。

そんな自分が変われるかもしれないと思えたのが、音楽でした。ここになら本当の自分を出すことができる。歌詞にはもちろん、メロディー、演奏をつければ、言葉だけでは言い表せないあらゆることを表現することができる。それに共感してくれる人が現れれば、それはやがて自信や安心に変わる。ライブをすれば、生でお客さんの表情も見ることができる。自分の音楽に、誰かが何かを感じてくれたその瞬間を、目の当たりにすることができる。やっと居場所を見つけたような、そんな気がしました。

もちろん音楽を続けていく中で、辞めたいと思うことは何度もありました。でも、それを乗り越えるたびに強くなれている自分がいました。そんな自分に出会うたび、私は私のことを肯定できるようになっていきました。そう、自分のことを好きになっていったんです。

普通に考えたら、自分を好きになれるって、こんなに素晴らしいことはありません。でも、私の場合はそこをある種の最終目標というか、ゴールとして見ながら音楽をやってきた部分もあったので、幸せを感じると同時に、今度はなんとも言えない消失感みたいなものが襲い掛かってきました。どうしよう、自分のことを好きになってしまった。これからどうしたらいいのだろう、と。

私は、満たされるのがとても怖いです。鬱屈とした何かを抱えていたあの頃のような、爆発的なエネルギーはもう自分の中にはないのだと思うと、これ以上続けて何になるのだろうと思ってしまいます。本気で壊れようとか、何者かになろうとしている人たちだけにしか出せない、あの圧倒的な熱量とか、鬼気迫る何かが、自分にはもうないのかもしれない。そう思うと、すごく絶望的な気持ちになります。

これはミュージシャンに限らず、0から1を作る人なら必ず抱える悩みだと思います。だからわざと危ない恋をしてみたり、酒に溺れてみたり、あるいはもっと違う何かに手を出してみたりする。自分を破壊し続けることで新たな限界点を作ろうとする、そういう感情、正直わからなくもないです。私は勇気がないし、誰かを悲しませたくはないので、やりませんが。でも結局そういう正論で生きている自分ってつまらない人間だなあ、とも思います。まあ、考えたところで正解なんてないんですけどね。

ということで、私はこの春、旅に出ることにしました。久しぶりの、全国弾き語りツアーです。ここ数年はバンド編成でのツアーが続いていて、それによって私はより一層自分を好きになることができました。こんなに素敵なメンバーが、私のことを、私の作る音楽を、いいと言ってついてきてくれているのだから、私もそこそこ素敵なやつなんじゃないか。本気でそう思えて、より前向きになりました。どうせ一人なのだとどこか空っぽだった心の中が、どんどん満たされていきました。でも、楽しすぎて、幸せすぎて、ちょっと怖くなってしまったんです。このまま完成形に向かっていく自分の姿がなんとなく見えたと同時に、ずっと未完成でありたいという思いがどんどん溢れてきてしまいました。

弾き語りのライブは、私の原点です。お金もない、知り合いもいない、だからバンドはつけられない。でも歌は歌いたい、ライブはやりたい。そういう時にギター一本、必死でいろんなところを走り回ったあの頃の気持ちを、もう一度取り戻したいんです。自分のまだまだダメなところ、足りないところ、そういうところともう一度向き合って、良いところも悪いところもどっちも含めて、新しい自分と出会いたい。自分のことは好きになれても、まだまだ未完成な部分はたくさんあるぞということを、身を持って確かめに行きたいんです。

ツアータイトルは、「関取独走」。“独奏”ではなく、“独走”です。自分の手足を動かして、汗をかいて、息を切らしながら、ゴールはまだだと言い聞かせて、とにかく走り続けます。その先に何があるかはわかりません。新しい自分と出会えたところで、何が生まれるのかもわかりません。でも今は、とにかく一人で走りたい。その呼吸に耳を澄ませて、そこから見える景色を目に焼きつけたい。みなさんもよかったらぜひ、その姿を見届けにきてください。あなたの街の会場で、お待ちしております。

本コラムの執筆者

関取 花

関取 花(せきとり・はな)
1990年生まれ 神奈川県横浜市出身 愛嬌たっぷりの人柄と伸びやかな声、そして心に響く楽曲を武器に歌い続けるソロアーティスト。2019年ユニバーサルシグマよりメジャーデビュー。2023年9月6日、久々の新曲「メモリーちゃん」を配信リリース。2023年11月からは盟友、谷口 雄と二人で巡る「関取 花 2023 ツアー“関取二人三脚”」を東京、京都、名古屋にて開催。

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