【連載】「うたってなんだっけ」

関取 花

第6回『かわらないってなんだっけ』

2022.04.1

桜の花も咲き、まだまだ肌寒い日はあるもののパーカー1枚くらいで歩ける日も増えてきましたね。3月も風の匂いが変わったなあとか日が長くなったなあとは感じていましたが、やっぱり4月に突入して色づいた街並やどこか浮足立った少年少女たちを見かけると、あらためて「春だなあ」と思います。みなさんの中にも、今月から新しい環境に飛び込むという方がきっといらっしゃることでしょう。

私はというと、相変わらずスタジオに篭って次の作品に向けてのいろんな作業を進めています。リハーサルスタジオやレコーディングスタジオというのは基本的にどこも窓はありませんし、ドアも重いし二重ロックだったりと、青く澄んだ空に薄紅色の花びらが揺れる外の空気とは大違い、大きな箱の中に閉じ込められるような感じです。もう10年以上こういう場所にお世話になっているのですっかり慣れましたが、初めてスタジオに行った時は少し驚きました。こんなところでどうやって歌詞の景色を想像しろと言うのだろう。

はじめの頃は、この箱の中では絶対に収まるはずのない溢れる思いや自分が思い浮かべている絵を、とにかく「わかってくれ、届いてくれ!」という気持ちでマイクにぶつけるように歌っていました。自分の声が、この天井も壁もドアも全部ぶち破って行くのを想像しながら。それも決して間違いではなかったと思うし、その時の作品は今でも自分にとって大切な宝物のひとつです。今でもあの頃の強い歌い方が好きだったと言ってくださる方もいらっしゃるし、本当に嬉しい限りです。でもそれを継続するのって、とても難しい。少なくとも私にとっては困難なことでした。

初期衝動という言葉を、みなさんも聞いたことがあると思います。「ギター弾きてえ!」とか「なんか叫びてえ!」とか、何かを始める時のもうどうしたって抑えられないあの胸の高鳴り。すべてがグルグル回り出して、ひょっとしたら世界だって変えられそうな気がしたあの時の気持ち。ちょっとダサくてものすごく美しい、一瞬の光。

でもそれって、いろんなことを知るうちにどうしてもぼやけていってしまうものです。そしてある時私は、初期衝動を演じる自分になっていることに気がつきました。自分以外の人が見たら変わらない私なのかもしれないし、変わらないことを望んでくれているのかもしれない。でも、そこでその期待に応え続けられる自信が私にはなかった。変わらないふりをするって、それはもう変わっちゃってるじゃん、と。それでも葛藤しながら闘い続ける方法はきっとあったんだとは思いますが、自分がそれをやってしまうと、きっと長くは続けられない気がしました。だから私は一度音楽を辞めました。デビューミニアルバムを出したのが19歳の夏、それ以降はただただ楽しく学生生活を送り、就職活動もしました。

そのあと結局やっぱり音楽がやりたいと思うきっかけがあってこの場所に帰ってくるわけですが、その時に思ったんですね。はじめの初期衝動を維持するという方向ではなく、新たな初期衝動を次から次へと自分の中に生み出し続けるやり方ならできるんじゃないか、と。なんならそれってめちゃくちゃ面白いじゃん、と。

じゃあそのためにはどうするか。変わり続けるんです。手探りで、何かを理解したらまた次の未知なる場所に一歩踏み出して、たくさん間違ってたくさん迷って、落ちているものは一旦全部拾って、体に合うかどうかもわからないものも一回は味見して。違うなと思ったら捨てて、やっぱりアリかもと思えば時には引き返してもう一度そっとポケットにしまって、それがピンチの時にふいに役に立って助けられたりもして。「私はこうじゃなきゃいけない」とか、「これはこうあるべき」みたいに決めつけるのをやめにしたんです。そうすると、いくつになっても新しい自分でいられる。

知りすぎるなんてことないな、と気がつきました。知りすぎたと思うのは、同じ場所に留まろうとするからだと。新しいことに出会い続ければ、知りすぎるなんてことないんですよね。変わり続けることで、変わらない気持ちを維持する。私が私らしくいられる一番の方法は、きっとこれだったんだと思います。

そうやって外に飛び出してたくさんの経験をして、またスタジオに帰ってきて、歌を歌う時。大きく深呼吸をしてそっとまぶたを閉じると、たくさんの景色や顔が浮かびます。そうして体から溢れ出た声は、天井や壁やドアをぶち破るのではなく、すべてを透明にして気ままに旅をするように広がっていきます。根本の気持ちは同じでも、「わかってくれ、届いてくれ!」という思いをわざわざ力づくでマイクにぶつけなくても、きっともう大丈夫。

数ヵ月に渡って少しずつ進めてきたバンドメンバーとのプリプロも、今週で最後です。そのあとはいよいよレコーディング期間に入ります。今回の作品、なんだか今まで以上にいい歌が録れる予感がしています。

本コラムの執筆者

関取 花

関取 花(せきとり・はな)
1990年生まれ 神奈川県横浜市出身 愛嬌たっぷりの人柄と伸びやかな声、そして心に響く楽曲を武器に歌い続けるソロアーティスト。NHK「みんなのうた」への楽曲書き下ろしやフジロック等の多くの夏フェスへの出演、ホールワンマンライブの成功を経て、2019年ユニバーサルシグマよりメジャーデビュー。2020年初の書籍「どすこいな日々」発売。2021年3月にはメジャー初のフル・アルバム「新しい花」を発売。

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