【連載】「うたってなんだっけ」

関取 花

第8回『こえってなんだっけ』

2022.06.1

前回は、ある時から歌い方が変わったという話をさせていただきました。今回はその続きで、具体的にどう変わったのかをお話していこうと思います。

思うように声を出せなくなってしまった時、私は常に喉を締めつけられているような感覚がありました。もはや歌うというよりも絞り出すという感覚に近く、とても楽しい気分になんてなれませんでした。それに無自覚にいろんな場所に変な力が入っていたせいか、少し歌っただけで顎のあたりが筋肉痛みたいになってしまったり、ということが続きました。息をうまく吸ったり吐いたりができなくて、なんだかずっと苦しかったです。

どうやって、どこを使って、どんな風に声を出していたのか、歌い方を忘れてしまった私は、過去の自分の音源を聴き漁っては真似してということを繰り返しました。でも、もちろん同じように歌えるわけがありません。むしろ惨めな気持ちになる一方で、再生中の音源を一時停止しては泣いてばかり。今考えれば、そうなるのは当たり前のことです。過去の自分になろうとするなんて、そもそもその時点で心が前を向いていないわけですから。前を向いて何も考えずに楽しく歌っていた時の自分になんて、なれるはずがないんです。

ああもうこれはダメだと思った私は、それから少しの間活動をセーブして、バイトに明け暮れました。その合間で、当時のマネージャーさんに紹介してもらってボイトレに行ってみたりしました。とはいえ実際にお世話になったのはほんの数回。なぜならシンプルにお金がなかったからです。定期的に、かつ継続して通える経済的余裕が当時の私にはありませんでした。ですから技術的なところを学ぶ前に通うのを辞めてしまったので、ボイトレをしていたかと言われると本当に体験レベルといったところですが、先生からはとても大切なことを教えていただきました。

初めてスタジオに入った日、過去の自分の音源を持参し、「昔はこういう風に歌えていたのに今は歌えなくなってしまった」と話した私。それに対して先生は、「一度、いま楽に歌える歌い方がもしあるなら、それで歌ってみてくれる?」と言いました。そこで、「これなら歌えるけどこれは絶対に違う気がする」と自分では思っていたやり方で歌ってみました。そしたら先生が言いました。「あら、綺麗なミックスボイスじゃない」と。

ミックスボイスとは、簡単に言うと地声と裏声の中間みたいな声です。ちなみに私は知りすぎると頭でっかちになるタイプなので、なんとなくそれくらいのイメージだけにあえて留めています。なので詳しい解説を知りたい方は、いろんなボイトレの先生や専門家の方がご自身のサイトやブログ、YouTubeなんかで発信されていると思いますので、ぜひそちらをご覧ください。

それまでの自分はというと、完全に地声と裏声の2パターンで歌っていました。ここまでは地声、ここからは裏声、使う喉のスイッチもそこで完全に切り替わる感じで、白黒はっきり世界が分かれている感覚でした。でも、ミックスボイスだとその境界線がありません。一本の線で自然と繋がっています。そして鼻腔共鳴というのか、地声と裏声で歌っている時よりも、体全体に声が響いているような感覚があるのが大きな違いだと自分では感じています。

もちろん、響きが変わるということは歌声も変わります。それにその頃の私は特に自分の声に敏感になっていましたから、「これで歌えてもこれは私の歌声じゃない」と思ってしまっていました。でも、そのあとに「君の住む街」という楽曲でプロデューサーの野村陽一郎さんとはじめてご一緒させていただいた時に、そのミックスボイスの私の声を聴いて、「花ちゃんの声は木管楽器みたいな響きなんだよ」と言われた時、ものすごくハッとしました。私は木管楽器の響きが大好きです。楽器の大小や種類によってもちろん違いはありますが、エアー感があるその音色は柔らかく、深みがあります。

その時私は思いました。「そうか、新しい楽器を手に入れたと思えばいいのか」と。そう考えたらまだ自分で聴き慣れないのも当たり前だし、裏を返せば新しく生まれ変わったぶん、歌える曲の幅が増えたということにもなる。なんだ、可能性しか広がっていないじゃないか! あんなにしょぼくれて過去にしがみついていた私ですが、その何気ない言葉でなんだかすごく救われた気分になりました。

そしてレコーディングやライブなどを経るうちに、さらにいろんな気づきがありました。以前よりも息をたくさん使うようになったミックスボイスでの歌い方は、格段に喉が疲れにくい。これは長く歌を歌う上で本当に大切なことです。そして、音源では伝わりにくいのかもしれませんが、圧倒的に声量が大きくなりました。レコーディングをした歌の波形を地声とミックスボイスで見比べると、かなりの差があります。ミックスボイスは尖り成分が少ないぶん悪く言えば芯がない声なので、音源ではむしろ地声の方が力強く聴こえるかもしれないのですが、私の場合実際はその逆。面白いですよね。

もちろん、まだ完全に使いこなせていない部分もあるのでデメリットもあります。私の場合は地声の時の感覚で音を当てると思ったよりも♯(シャープ)になってしまうことが多く、音が外れて聴こえたりします。もちろん単純に音自体を外していることもありますが、これも波形を見ながらレコーディングエンジニアさんと話していたら、「音は合っているけどビブラートの音の位置が少し高い」という、ある種感覚的なところの話だったり。だから聴く人によってはそれが気持ち悪く感じることもあるし、逆に気にならない人もいる。どこが自分にとっても聴く人にとってもバランスよく心地いいと感じられるポイントなのか、ここはまだ勉強段階であります。でも、これに関しては経年変化もあるだろうし、都度反省し学びながらコツコツ考えていきたいと思います。焦って考えすぎてもよくないということは、過去の自分から学びましたから。

そして今の私はというと、基本的にはミックスボイスを使いつつ、ここは芯のある声で突き刺すように歌いたいという箇所は、以前のような地声で歌ったりもしています。ミックスボイスと地声を曲の中で使い分けるということですね。不思議なもので、自分の新しい声であるミックスボイスを愛せるようになった頃、ふと地声で歌ってみたら、少しずつこっちも出せるようになっていることに気がついたんです。今を愛せたら過去も愛せるようになる。なんだか歌って本当に人生そのものだなあと思います。

宣伝みたいになっちゃいますが、7月6日に出る久しぶりのフルアルバムでは、そういういろんな声の使い方も、大いに楽しんでいただけると思います。過去のピンと張り詰めた空気の私も、喉を振り絞って歌う私も、息をたくさん吸って吐いて少し柔らかくなった私も、どの私もそこにちゃんといます。アルバムのタイトルは、「また会いましたね」。そう、まさにこのタイトルは、自分の声に対してのメッセージでもあるのです。

本コラムの執筆者

関取 花

関取 花(せきとり・はな)
1990年生まれ 神奈川県横浜市出身 愛嬌たっぷりの人柄と伸びやかな声、そして心に響く楽曲を武器に歌い続けるソロアーティスト。NHK「みんなのうた」への楽曲書き下ろしやフジロック等の多くの夏フェスへの出演、ホールワンマンライブの成功を経て、2019年ユニバーサルシグマよりメジャーデビュー。2020年初の書籍「どすこいな日々」発売。2021年3月にはメジャー初のフル・アルバム「新しい花」を発売。

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