【連載】「うたってなんだっけ」

関取 花

第3回『なつかしいってなんだっけ』

2022.01.10

いやあ、年が明けましたね。日々忙しくされているみなさんも、年末年始少しはゆっくりできたでしょうか。昼過ぎまで寝たり、早くから家でビール飲んだり、いつもは見ないテレビ番組を見てみたり。そういうなんてことないことに時間を費やしていると、普段はどうしようもない罪悪感に襲われてしまったりしますが、年末年始はそうすることを許されているような気持ちになるからいいですよね。

私はというと、お正月から3日間実家に帰っていました。元旦の夕方頃に帰ったのですが、すでに母の作った食べきれないほどの料理がキッチンにずらりと並んでいて、冷蔵庫の中にもタッパーがたくさん。かぼちゃの煮物やひじきといった、大好きな母の味を作り置きしてくれていました。夜ご飯までは少し時間があったのですが、手洗いうがいを済ませたあと待ちきれなくなってしまった私は、いくつかの料理を少しずつ皿に取り、早速つまみ食いをしてしまいました。べつに特別な出汁や調味料を使っているわけでもないのに、どうしてこんなに身体の芯までしみ渡るんだろう。一口、また一口と噛み締めながら、その正体はなんなのか、ぼんやり考えていました。

普段知らず知らずのうちに張っている虚勢とか、必要以上に振り撒いてしまう愛想とか、思わずついてしまったくだらない嘘とか、そういうものがじっくり溶かされていって、忘れかけていた素直さや、なくしかけていた優しさが、形や言葉ではなく感覚として思い出されて、子供の頃の手放しの心を取り戻していくようなこの感じ。しばらくしてから、ああそうか、これが「懐かしい」か、と思いました。

それで言うと、実家に帰っていてもうひとつ懐かしいなあと思う瞬間がありました。2日は母と近所をゆっくり散歩していたのですが、その途中で小さなお子さん連れのご家族とすれ違いました。その時、男の子が一人で歌を歌っていたんです。小さな声で、誰に聴かせるというよりはひとりごとでも呟くように。時間にして恐らく数秒、本当に一瞬のことだったんですが、「ああ、なんか懐かしい」と思いました。歌っている曲さえわからなかったのですが、たしかにそう思いました。

私はミュージシャンとしてご飯を食べていくと決めてから、見えない誰かにも聴いてもらうこと前提で歌を歌ったり曲作りをするようになりました。それによって、自分の価値観や経験だけでは表現できなかったであろう何かを表現できるようになったと思います。でも一方で、時々その「誰か」のことを意識しすぎて、自分のために歌うことを忘れてしまいそうになる時があります。

私が楽しいから、私が苦しいから、私が聴きたいから、私のために曲を作る、歌う。もちろんそれだけをやっていたらいろいろ仕事として難しいこともありますが、たまにはそういうのもいいんだよなあ、というか必要なことだよなあと、その少年の歌を聴いて思ったのでした。子供の頃、あるいは将来や生活のことなど何も考えずに音楽と触れ合っていたあの頃、3つのコードで誰に聴かせるわけでもない曲を作って、実家の2階の部屋で自分だけのために歌っていた、今は懐かしくなってしまったあの頃の自分を思い出しました。

懐かしさの魅力ってなんなんでしょう。単純に思い出が喚起されてわあっといろんな感情が広がるというのはもちろん、私はそこに宿る「無自覚さ」に惹かれているのかもしれません。見えない誰かや描いたビジョンに向かっての打算的な何かでは決して生み出せない、ただありのままに過ごしてきた日々や時間に宿る、手の届く範囲の幸せが、手のひらの上のたしかなぬくもりが、そこにはある気がします。

何年後、何十年後かの自分が、今の私の曲を聴いて、「懐かしいなあ」と思えるような、そこにきちんと無自覚な私が透けているような楽曲を、歌を、今年もたくさん届けていきたいです。2022年もよろしくお願いいたします!

本コラムの執筆者

関取 花

関取 花(せきとり・はな)
1990年生まれ 神奈川県横浜市出身 愛嬌たっぷりの人柄と伸びやかな声、そして心に響く楽曲を武器に歌い続けるソロアーティスト。NHK「みんなのうた」への楽曲書き下ろしやフジロック等の多くの夏フェスへの出演、ホールワンマンライブの成功を経て、2019年ユニバーサルシグマよりメジャーデビュー。2020年初の書籍「どすこいな日々」発売。2021年3月にはメジャー初のフル・アルバム「新しい花」を発売。

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