【連載】「うたってなんだっけ」

関取 花

第24回『おもいきりってなんだっけ』

2023.10.1

ああ、めちゃくちゃカラオケに行きたい。気を遣わない友達と、誰が知っているわけじゃない歌でも遠慮せずどんどん入れて、空気なんて読まず、その時歌いたいと思った歌を、ただただ思い切り歌いたい。一年に数回、そんな気持ちに駆られることがあります。

職業がミュージシャンになってから、カラオケに行く機会というのはめっきり減りました。(単純に、それ以前は学生だったからよく行っていたというだけなのかもしれないですけど)でもやっぱり今カラオケに行くとなると、どうせだったらカッコよく決めたいという感覚が出てきてしまいます。「カラオケだってある種のライブだろ」と、どこかで思っている自分がいるんですね。「ミュージシャンなのに意外と下手だな」、「自分の歌以外は案外こんなもんなのね」、そう思われたくないというのがあるんです。それだけ、この仕事に誇りを持っているのでしょう。

だけど、そんなことをもうすべて忘れてしまいたい時がある。学生時代、週に何回もカラオケに行っていたあの頃を思い出すと、もっと手放しで楽しめていた気がするんですよね。決まった友達と、ただただ「今日なんか歌いたいよね?」という気分だけでカラオケに足を運んでいたあの頃。私の通っていた学校のあたりはカラオケもとても安かったので、カフェとかに入るよりもコスパが良くて、飽きたら個室でおしゃべりもできるし、とにかく最高の空間でした。

上手く歌えなくても、曲をうろ覚えでも、なんでもよかった。こう聴かせたいとか、こう思われたいとか、そんなの何もなかった。話の流れの中で何かの曲の話題になって、「どうせなら歌っとく?」くらいにライトな感じで、カラオケに行っていたように思います。いい意味で、歌なんて会話の一部でしかなかったんです。友達との会話って、下手くそでもなんでもいいじゃないですか。上手く伝わらなくたって楽しい時は楽しいし、よく知らない話題だって聴いていればなんかわかってきたりするし。その延長線上に歌があった。だから何も気にせず、臆せず、思い切り歌えた。

もちろん、上手く歌える曲というのも何曲かレパートリーがあって、それはそれで全力で歌っていました。でも、上手いと思われたいというよりも、上手く歌うというのが、シンプルにストレス発散になっていました。返却されたテストが70点でも、その後のカラオケで93点が出せたら、結構気分良く帰ることができました(笑)。

ミュージシャンになってからは、良くも悪くも歌というものについてよく考えるようになりました。もう少し詳しく言うと、表現としてどう歌うのが一番自分を伝えられるか、について考えるようになりました。だからこそ見えてきたものもたくさんあるし、実際今の自分はそうした積み重ねの上にいるとも思います。

でも、表現なんて何もなかった、むしろ自己流に表現するというのがカッコ悪くさえあった、ただただ思い切り歌うというのが最も素晴らしく感じられたあの頃というのは、それはそれで、本当の意味で歌を楽しめていたなあと思います。

いい意味で、責任感なんて何もなかったというのが大きかったのかもしれません。チケット代をいただいているわけでもないし、上手く歌えなくても誰かの記録や記憶にそんなに残るものでもない。関取花に求められている歌というのはどういうものかとか、そんなことを考える必要もなかった。すごく気楽でした。ただただ、楽しかった。

人前に立って歌うのでは満たされない何かが、そこにはあったんですよね。言い方が悪いかもしれないけれど、ちゃんと馬鹿でいられた。野暮でいられた。ただ今を楽しむということだけに、思い切り集中できていた。

たまにカラオケに行きたくなる時って、そういうのを忘れかけているな、と感じた時なのかもしれません。今週あたり、友達を誘ってちょっくら行ってこようかな。

本コラムの執筆者

関取 花

関取 花(せきとり・はな)
1990年生まれ 神奈川県横浜市出身 愛嬌たっぷりの人柄と伸びやかな声、そして心に響く楽曲を武器に歌い続けるソロアーティスト。2019年ユニバーサルシグマよりメジャーデビュー。2023年9月6日、久々の新曲「メモリーちゃん」を配信リリース。2023年11月からは盟友、谷口 雄と二人で巡る「関取 花 2023 ツアー“関取二人三脚”」を東京、京都、名古屋にて開催。

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