【連載】「うたってなんだっけ」

関取 花

第19回『つよさってなんだっけ』

2023.05.1

現在私は、“関取独走”と題した弾き語りツアーの真っ最中です。4月1日から始まり7月1日まで、約3ヶ月に渡っての割と長めのツアーです。その間に季節も変われば気分も変わるし、当然行く場所によって歌いたいものも変わります。なので今回のツアーでは、その日に「歌いたい」と思ったものを歌うスタイルにしていて、全箇所セットリストが変わります。こういった試みは自分でも初めてのことなのですが、おかげで毎回新鮮な気持ちで、そして何よりナチュラルな気分で歌うことができています。

こうして弾き語りツアーをまわるのは、実はちょっと久しぶりです。コロナ禍というのもありましたが、何より自分自身が弾き語りでツアーをまわれる状況ではなかった、というのが本音です。私は、2015年にリリースした「黄金の海であの子に逢えたなら」というアルバムの制作中に、イップス(他にも正しい言い方はあるのかもしれませんが、ここでは伝わりやすいので分かりやすくこの言葉を使うことにします)になりました。明確な理由はわかりませんが、気が張りすぎていたというか、過度な負荷、ストレスをかけ過ぎていたのが主な原因だったのではないかと思います。ギターよりも前に歌の方の調子が悪くなり、新しい歌い方にもまだ納得できていない中で(こちらもおそらく精神的なものからくる症状でした)、せめてギターだけは誰よりも上手くなりたいと強く思い、とにかく練習をたくさんしました。

でも、その時は突然やってきました。今でも決して忘れることはない、レコーディングのあの日。「黄金の海であの子に逢えたなら」に収録する「流れ星」という曲を録音している時でした。急に指が動かなくなったんです。親指がものすごく大きい蟹の丸い爪みたいな感覚になり、思うように動かない。そしてそこに、人差し指が勝手にどんどん寄っていくんです。上手く言えないのですが、親指が人差し指を吸収しようとしている、そんな感じです。本当に脚色でもなんでもなく、強力な磁石のようでした。力や頭では追いつけないレベルで、弾いているうちにどんどんくっついていってしまうんです。親指と人差しが一つの個体として動くよう、頭から指示されているような感じでした。

それからは、親指と人差し指の間にものを挟んで弾くようにしたり、もちろん病院にも行ったし、分厚い本も読みました。あらゆることを試しましたが、どれも根本的な解決にはなりませんでした。それまでアルペジオの曲の方が多かった自分にとって、これはもう地獄です。だって、ライブでできる曲がほとんどなくなってしまったんですから。ストロークでアレンジし直してみたりもしたけれど、やっぱり何かが違いました。悔しくて悔しくて、とにかくたくさん泣きました。

でも、その間に私は素敵な仲間たちに出会いました。いつもサポートをしてくれているバンドメンバーです。私の弾けないところを他の楽器で担ってもらったり、バンドアレンジとして新たに蘇らせたりしてくれました。バンドアレンジを念頭に置いて曲を書くことも増え、ストロークの曲も増えました。以前よりいろんなタイプの曲が書けるようになりました。

何より、自分との付き合い方を覚えました。起きてしまったことは仕方がない、悲観し過ぎても何も変わらない。今目の前にあるできることをとにかく一生懸命やる。過去の自分に憧れない。そして何と言っても、無理をしない。誤解を恐れずに言うと、たくさん練習するのをやめました。それまでは、毎日○時間は弾かなきゃ、みたいな思いもありましたが、それもやめました。弾きたくないなら弾かなくていい。調子がいいぞ、と思ってもやり過ぎない。やり過ぎて、「やっぱりまだ治っていなかった、頑張ってもダメじゃないか」と落ち込むその一歩手前のところで練習をやめる。一番いい記憶だけを毎日少しずつ残して、成功体験を自分に与えてあげる。

花の咲く時期を、こちらが勝手に決めちゃいけないのだと気付きました。種はまく。しっかり水もあげる。でもいつ咲くのか、どんな色、どんな形で咲いてくれるのか、それはもう自然に任せるしかないということを学びました。花は一気に綺麗に咲きません。だから私たちに元気や勇気をくれるんです。そして、静かに耐え忍んできた者だからこその強さがある。満面の笑みで咲き誇る姿のその裏には、雨風に打たれ泥にまみれた時期が必ずあるんです。だから花は美しい。

「黄金の海であの子に逢えたなら」のリリースから、気づけば7年半が過ぎました。いいことばかりではなかったけれど、自分との付き合い方を知り、できない時は人にきちんと頼ることを覚え、小さな成功を大きな喜びとして受け入れることのできる、そんな強さを私は手に入れました。少しずつ、指が動くようになりました。今では以前のように、いや曲によってはそれ以上の豊かさを持って弾けるようになりました。たまに弾けなくなった時の記憶がフラッシュバックして心臓がバクバクしますが、それとも時間をかけて付き合っていけば、きっと大丈夫。ライブという私の一番好きな場所で少しずつ自信をつけていけば、その先に何かはあるでしょう。

ちなみに前回まわった弾き語りツアーは2019年、“60分一番勝負”と題したものでした。弾き語りでできる曲数が少なくなってしまっていた時期だったので、短い時間のライブにしました。今回の“関取独走”は、2時間越えです。やれる曲が増えました。やりたいと思えるようになりました。楽しいです。毎場所で学びがあります。私はたぶん、このツアーを経て、またさらに強くなると思います。もっと若い頃は、「抗う」ということだけが強さだと思っていました。でも今ならわかります。「受け入れる」ことも強さだと。(もちろん、「抗う」気持ちが消えたわけではありませんよ)

長くなりましたが、何が言いたいかって、弾き語りツアー、最高です。自分の現在地がわかる、とても大切な時間です。もうすでに、毎年やりたい。ここまでの公演に来てくださった皆様、本当にありがとうございました。これからいらっしゃる皆様、お楽しみに。今回はギターの話をしたので、次回は弾き語りツアーをしながらの歌い方の変化や、そこで感じたことなどを書けたらと思います。ではでは。

本コラムの執筆者

関取 花

関取 花(せきとり・はな)
1990年生まれ 神奈川県横浜市出身 愛嬌たっぷりの人柄と伸びやかな声、そして心に響く楽曲を武器に歌い続けるソロアーティスト。2019年ユニバーサルシグマよりメジャーデビュー。2023年9月6日、久々の新曲「メモリーちゃん」を配信リリース。2023年11月からは盟友、谷口 雄と二人で巡る「関取 花 2023 ツアー“関取二人三脚”」を東京、京都、名古屋にて開催。

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