【連載】スージー鈴木 きゅんメロの秘密

スージー鈴木

第8回:再度登場、荒井由実「卒業写真」が引っ張る《後ろ髪》とは?

 前回の第7回、“きゅんメロ界の奇跡”とも言える、中村あゆみ「翼の折れた天使」の最後を、こう締めくくりました。

 ──「ふたつ目の【G】が、実は【G/F】なのです。何だ、この分数は? 続きは次回を待て」

 謎の分数が出てきました。《G/F》……。“じーぶんのえふ、ちゃうわ、えふぶんのじー”って何や?

 これは俗に「分数コード」と言われるもので、言わんとしていることは「コードは【G】だけど、ベースはF(ファ)の音を弾いてね」ということなのです。なので「G on F」と表記したりもします。
 前提として、あるコードを鳴らすとき、ベースは、そのコードの根音(こんおん。「ルート」とも言う)を弾くと、相場が決まっています。
 ピアノで言えば、ベースは左手。ベースだから音が低いほう、つまり鍵盤の左のほう。
 で、根音とは、簡単に言えば、コードネームに書かれたアルファベットと同じ音。普通は、【F】ならF(ファ)、【G】からG(ソ)という、図の赤い鍵盤で示した根音を、左手(鍵盤の左側)でも弾く。

 一番左にある赤丸を、左手で弾くイメージですね。
 ただ、「分数コード」は、そのルールを逸脱します。【G/F】が表わしているのは、先に書いたとおり「コードは【G】だけど、ベースはF(ファ)の音を弾いてね」ということ。つまりは、図で示すとこういうこと。

 実は、第4回で取り上げた、荒井由実「卒業写真」が、この分数コード【G/F】を使っていたのです。複雑過ぎるかと思い、第4回の中では触れなかったのですが、「♪ 人ごみに流されて」のコード進行は【F】→【G/F】→【Em】→【Am】

 では、分数コードを使わない【F】→【G】→【Em】→【Am】と分数コード付き【F】→【G/F】→【Em】→【Am】に、聴感上どんな違いがあるかを、私が実験した映像があります。

「後ろ髪コード進行」について

 「──♪人ごみに流されて」のところを二度弾いています。1回目が分数コードなし、2回目が分数コードあり。さぁ、耳を澄ませて、聴いてみてください。微妙、びみょーですが、2回目のほうがセンチメンタル度=「きゅん」度が高まる感じがしませんか?

 私は、この分数コードを使った「きゅんメロ進行」を【後ろ髪コード進行】と呼んでいます。コードが変わっているのに、ベースが前のコードの音を引きずっているさまが、昔の思い出に引きずられている=後ろ髪を引かれている感じに通じるからです。

 では、第4回に続いて再度「卒業写真」を「ス式楽譜」に載せてみましょう。今回の「ス式楽譜」は、ちょっとややこしい構造になっています。メロディだけではなく、ベースも記載してみたからです。

 ポイントは、上がって下がってと忙しく動くメロディに対して、ベースがF(ファ)の音で動かないという対比です。
 第4回でも触れたとおり、ここの歌詞は《♪ 人ごみに流されて 変わってゆく私を》──そうです。「私」(主人公)は流されていて、変わっていく。つまりは「動いている」
 しかし続く歌詞は《♪ あなたはときどき 遠くでしかって》と、「あなた」はじっとしてて動かず、定点で「私」を見つめている。

 もうわかりましたね。そうです。「私」の気持ちは激しく動くメロディ、そして「あなた」はじっと動かないベース。さらには、動かない「あなた/ベース」の存在に対して、「私」が「後ろ髪」を引かれる──。

 いつもの鍵盤図で、【後ろ髪コード進行】を表現すると、こうなります。

 【F】→【G/F】→【Em】→【Am】がもたらす“後ろ髪”な気分について、おわかりになりましたでしょうか? ちょっと複雑になってきましたね。次回は、原点に戻って、もう少しシンプルな「きゅんメロ」話をしたいと思います。ごきげんよう。

本コラムの執筆者

スージー鈴木

1966年、大阪府東大阪市生まれ。ラジオDJ、音楽評論家、野球文化評論家、小説家。

<著書>
2023年
『幸福な退職 「その日」に向けた気持ちいい仕事術』(新潮新書)
2022年
『桑田佳祐論』(新潮新書)
2021年
『EPICソニーとその時代』(集英社新書)
『平成Jポップと令和歌謡』(彩流社)
2020年
『恋するラジオ』(ブックマン社)
『ザ・カセットテープ・ミュージックの本 〜つい誰かにしゃべりたくなる80年代名曲のコードとかメロディの話〜』(マキタスポーツとの共著、リットーミュージック)
2019年
『チェッカーズの音楽とその時代』(ブックマン社)
『80年代音楽解体新書』(彩流社)
『いとしのベースボール・ミュージック 野球×音楽の素晴らしき世界』(リットーミュージック)
2018年
『イントロの法則 80’s 沢田研二から大滝詠一まで』(文藝春秋)
『カセットテープ少年時代 80年代歌謡曲解放区』(マキタスポーツ×スージー鈴木、KADOKAWA)
2017年
『サザンオールスターズ 1978-1985 新潮新書』(新潮社)
『1984年の歌謡曲 イースト新書』(イースト・プレス)
2015年
『1979年の歌謡曲 フィギュール彩』(彩流社)
2014年
『【F】を3本の弦で弾く ギター超カンタン奏法 シンプルなコードフォームから始めるスージーメソッド』(彩流社)

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