【連載】スージー鈴木 きゅんメロの秘密
スージー鈴木
さて前々回と前回、「日本きゅんメロ界の総決算」=「きゅんきゅんメロ」として、YOASOBIの「群青」(2020年)を取り上げました。今回は、その流れで「群青」の源流のような曲をご紹介します。
それは広瀬香美「ゲレンデがとけるほど恋したい」です。「群青」の四半世紀前=1995年の作品で、CMソングとして使われて大ヒットしました。
──── ♪ 絶好調 真冬の恋 スピードに乗って
「ゲレンデがとけるほど恋したい」作詞・作曲:広瀬香美
激しく動く音列が少し似ていますね。また音域が非常に高いところも、「群青」と共通します。ス式楽譜をご覧ください。かなり高い音域の中で、特に上段は、激しいV字がふたつ、エイっ・エイっと。歌うのが大変です。
そして後半はなだらかに下がっていく。前半が盛り盛りの緊張で、後半がなだらかな弛緩という構造は、多くの「きゅんメロ」と共通です。
さて、コード進行をご覧ください。
【F】→【Dm7 / G】→【E7】→【Am】
まずは前回同様、通常の「きゅんメロ進行」では「Em」だったところが「E7」になっていますね。これは「群青」と共通です。例のセンチメンタルでエモい「ソ#」がメロディに入っている点(《 ♪ スピードにのって》の《に》)も「群青」と同じ。
「ニューミュージック・コード」=【Dm7 / G】の活用
ですが、通常の「きゅんメロ進行」との大きな違いは、コード進行のふたつ目、従来なら【G】、「後ろ髪コード進行」であれば【G / F】となるべきところが、【Dm7 / G】という、見慣れないコードになっていることでしょう。
鍵盤図で言いますと、こんな感じ。ベース(左手)がソの音を弾いて、右手では「レ・ファ・ラ・ド」を押さえる。「レ・ファ・ラ」が【Dm】という和音で、それに「ド」が乗って【Dm7】、左手のベースはソ(G)の音ということで【Dm7 / G】となります。
これはユーミンやオフコースがよく使ったコードで、私は「ニューミュージック・コード」と呼んでいます。
・【F】→【G】→【C】
・【F】→【Dm7 / G】→【C】
上の響きを比べてみてください。直線的な響きの前者に対して、後者のほうが、何と言いましょうか、より淡く優しい感じがしませんか? そう、それが「ニューミュージック」なのです。
えっ? 「ニューミュージック」って何かって? そうでしたね。いつの間にか「死語の世界」に連れて行かれた言葉でした。「Jポップ」の前身みたいな言葉で……昭和50年代における自作自演音楽の総称的な言葉で……云々。若い方は検索を。
実演映像はこちら。微妙ですが、【Dm7 / G】の持つ淡く優しい感じが、わかっていただけるでしょうか。
そして、今回は取り上げませんが、このサビの続きは「後ろ髪コード進行」になって、《 ♪ とけるほーど こーいしたいー》という、殺人的高音のシャウトになります。
というわけで、ただただ派手で元気な曲と思いながらも、「ソ#」を使ったり、「ニューミュージック・コード」と「後ろ髪コード進行」を併用したりと、なかなかに凝っているのが、この「ゲレンデがとけるほど恋したい」なのでした。
というわけで、YOASOBIの源流にゲレンデ、つまり「YUKIASOBI」(ユキアソビ)というお話。うむ。
本コラムの執筆者
スージー鈴木
1966年、大阪府東大阪市生まれ。ラジオDJ、音楽評論家、野球文化評論家、小説家。
<著書>
2023年
『幸福な退職 「その日」に向けた気持ちいい仕事術』(新潮新書)
2022年
『桑田佳祐論』(新潮新書)
2021年
『EPICソニーとその時代』(集英社新書)
『平成Jポップと令和歌謡』(彩流社)
2020年
『恋するラジオ』(ブックマン社)
『ザ・カセットテープ・ミュージックの本 〜つい誰かにしゃべりたくなる80年代名曲のコードとかメロディの話〜』(マキタスポーツとの共著、リットーミュージック)
2019年
『チェッカーズの音楽とその時代』(ブックマン社)
『80年代音楽解体新書』(彩流社)
『いとしのベースボール・ミュージック 野球×音楽の素晴らしき世界』(リットーミュージック)
2018年
『イントロの法則 80’s 沢田研二から大滝詠一まで』(文藝春秋)
『カセットテープ少年時代 80年代歌謡曲解放区』(マキタスポーツ×スージー鈴木、KADOKAWA)
2017年
『サザンオールスターズ 1978-1985 新潮新書』(新潮社)
『1984年の歌謡曲 イースト新書』(イースト・プレス)
2015年
『1979年の歌謡曲 フィギュール彩』(彩流社)
2014年
『【F】を3本の弦で弾く ギター超カンタン奏法 シンプルなコードフォームから始めるスージーメソッド』(彩流社)
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