【連載】スージー鈴木 きゅんメロの秘密
スージー鈴木
「きゅんメロ9th」の源流とも言える1曲
前回はEXILE「Lovers Again」(2007年)で「きゅんメロ進行」の相棒とも言える「きゅんメロ9th(ナインス)」について考察しました。ちょっと思い出してみましょう。
耳に残る冒頭の「♪ ひ(とり)では」の部分が「きゅんメロ9th」でした。では今回は、この「きゅんメロ9th」の源流とも言える1曲をご紹介します。
リリースは1986年ですから、かなり前でして、当時とすれば、かなり過激な作品でした。しかし、作曲家の名前を聴くと、「さもありなん」と思うでしょう(「さもありなん」って死語か? 若者は検索のこと)。
──小室哲哉!
あの「TK」=小室哲哉の、作曲家としての実質的初ヒット。それはそれは、まったく新しい感性を感じたものです。この曲の10年後あたりに時代を席巻するのも「さもありなん」と思いましたよ。
その曲とは、渡辺美里「My Revolution」。今回は何と、サビではなく歌い出しなのです。これまで見てきたように「きゅんメロ進行」は、普通サビで使われるものなのですが、この曲は、あったまから何度も何度も繰り返す。まずここが新しい。
歌い出しの「ス式楽譜」です。
のんびりとした前半と後半のせわしなさの違いにご注目ください。後半の【Em7】からは、まるで階段を転げ落ちるようにせわしない。
特に「♪ ほう(づえ)」、「♪ よる(はきのうで)」の16分音符の使い方は、小室哲哉と渡辺美里にとって、当時同じくEPICソニー所属だった先輩=佐野元春発祥の符割りです。これも新しかった。
そして、今回最も注目するのは歌い出しの「きゅんメロ9th」です。「さよなら」の「よ」が9thなんです「よ」。
──── ♪ さよなら sweet pain 頬づえついていた夜は昨日で
「My Revolution」渡辺美里 作詞:川村真澄 作曲:小室哲哉
歌ってみてください。どこか空中に浮いているような、不思議に気持ちいい感じがあるはずです。でもカラオケなどでは歌いにくい部分でもあります。音程をしっかりとって空中に浮いてください。
「空中に浮いているような、不思議に気持ちいい感じ」──ここが、もしかしたら、「My Revolution」の最大の革命(Revolution)ポイントだったかもしれません。大げさに言えば、日本人がこれまで感じたことのない気持ちよさだった。
【Fmaj7】→【G / F】という前半の鍵盤図です。もう説明不要と思いますが、【G / F】を使っているということは、例の「後ろ髪コード進行」ですね。赤い星が「きゅんメロ9th」の音。「♪ さよなら」の「よ」と「な」が、9th「な」んです「よ」。
「きゅんメロ9th」+「後ろ髪コード進行」+「16分音符の多用」=「Jポップの起源」
「きゅんメロ9th」も使いつつ、冒頭から「後ろ髪コード進行」を惜しげもなく繰り返す。さらに佐野元春発祥の16分音符も多用──私はこの曲、「Jポップの起源」という感じがします。1986年リリースですが、もう90年代、バブル崩壊後のサウンドという気さえするのです。
私の革命(My Revolution)は「日本音楽シーンの革命」だったのです。だからこの曲が、現在に至るまで愛され続けるのも──「さもありなん」。
本コラムの執筆者
スージー鈴木
1966年、大阪府東大阪市生まれ。ラジオDJ、音楽評論家、野球文化評論家、小説家。
<著書>
2023年
『幸福な退職 「その日」に向けた気持ちいい仕事術』(新潮新書)
2022年
『桑田佳祐論』(新潮新書)
2021年
『EPICソニーとその時代』(集英社新書)
『平成Jポップと令和歌謡』(彩流社)
2020年
『恋するラジオ』(ブックマン社)
『ザ・カセットテープ・ミュージックの本 〜つい誰かにしゃべりたくなる80年代名曲のコードとかメロディの話〜』(マキタスポーツとの共著、リットーミュージック)
2019年
『チェッカーズの音楽とその時代』(ブックマン社)
『80年代音楽解体新書』(彩流社)
『いとしのベースボール・ミュージック 野球×音楽の素晴らしき世界』(リットーミュージック)
2018年
『イントロの法則 80’s 沢田研二から大滝詠一まで』(文藝春秋)
『カセットテープ少年時代 80年代歌謡曲解放区』(マキタスポーツ×スージー鈴木、KADOKAWA)
2017年
『サザンオールスターズ 1978-1985 新潮新書』(新潮社)
『1984年の歌謡曲 イースト新書』(イースト・プレス)
2015年
『1979年の歌謡曲 フィギュール彩』(彩流社)
2014年
『【F】を3本の弦で弾く ギター超カンタン奏法 シンプルなコードフォームから始めるスージーメソッド』(彩流社)
本コラムの記事一覧
-
第1回:あのメロディに胸がきゅんとする理由
2022.03.4
-
第2回:「きゅんメロ」のツンデレを体感する
2022.03.25
-
第3回:「きゅんメロ進行」を今度はギターで体感する
2022.04.11
-
第4回:きゅんメロ界の金字塔〜荒井由実「卒業写真」
2022.04.27
-
第5回:杏里「悲しみがとまらない」の圧縮→爆発メカニズム
2022.05.15
-
第6回:「夢で逢えたら」に聴く【きゅんメロ・セブン】の効果
2022.06.5
-
第7回:「翼の折れた天使」のジェットコースター・メロディについて
2022.07.6
-
第8回:再度登場、荒井由実「卒業写真」が引っ張る《後ろ髪》とは?
2022.08.15
-
第9回:アースシェイカー「RADIO MAGIC」に見るハードロックな《後ろ髪》
2022.09.3
-
第10回:少年隊「ABC」の「イケイケダンス進行」で踊れ踊れ!
2022.10.2
-
第11回:あの浜田省吾「J.BOY」の「イケイケダンス進行」?
2022.10.18
-
第12回:YOASOBI「群青」の「おくれ毛コード進行」って?
2022.11.4
-
第13回:YOASOBI「群青」は、きゅんメロ界の総決算=「きゅんきゅんメロ」!
2022.11.16
-
第14回:YOASOBI「群青」の源流! 広瀬香美「ゲレンデがとけるほど恋したい」
2022.12.5
-
第15回:TUBE「シーズン・イン・ザ・サン」はなぜ湘南の香りがするのか
2022.12.18
-
第16回:「エイリアンズ」はシティポップではなく「シティとポップ」だ
2023.01.3
-
第17回:「あの時君は若かった」かまやつひろしによる「日本最古のJポップ」
2023.01.16
-
第18回:EXILE「Lovers Again」のサビが不思議と印象に残る理由
2023.02.3
-
第19回:渡辺美里「My Revolution」の歌い出しが革命だった理由
2023.02.20
-
第20回:オフコース「Yes-No」の繊細でパステルカラーなきゅんメロ
2023.03.10
-
第21回:チューリップ「青春の影」は「きゅん」を超えた「きゅーーーんメロ進行」
2023.03.27
-
第22回:H2O「想い出がいっぱい」のサビで炸裂する「きゅんメロ+ミファミレド」
2023.04.16
-
第23回:中森明菜をブレイクさせた「大きゅんメロ進行」とは?
2023.05.3
-
第24回:「愛はかげろう」(雅夢)と「世情」(中島みゆき)~これぞサステナブルな【枯葉進行】
2023.05.18
-
第25回:浜田省吾「ラストショー」の歌い出しに「きゅん」とする最大の理由とは?
2023.06.5
-
第26回:「いとしのエリー」のサビが一番有名な「きゅんメロ」になった理由
2023.06.25
-
第27回:Official髭男dism「イエスタデイ」をJ-POPの真打ちにしたコードとは?
2023.07.11
-
第28回:「そして僕は途方に暮れる」(大沢誉志幸)を名曲にした「きゅんメロ解決」とは?
2023.08.1
-
第29回:モーニング娘。「LOVEマシーン」が世紀末の日本を盛り上げた理由
2023.08.19
-
第30回:これぞ日本最高峰の「きゅんメロ」~薬師丸ひろ子「Woman “Wの悲劇”より」
2023.09.6