【連載】スージー鈴木 きゅんメロの秘密

スージー鈴木

第23回:中森明菜をブレイクさせた「大きゅんメロ進行」とは?

尾ひれの付いたゴージャス版「大きゅんメロ進行」

 さて、この連載、これまで22回、つまり22曲も取り上げてきました。邦楽における名作「きゅんメロ進行」を一通り見てきたと言えるでしょう。

 そこで今回は「きゅんメロ進行」の発展形=「大きゅんメロ進行」を見てみたいと思います。普通の「きゅんメロ進行」よりも尾ひれの付いたゴージャス版。尾ひれが付いてくるぶんだけ、エモさも高まります。

 まず、普通の「きゅんメロ進行」がこれ。

・【F】-【G】-【Em】-【Am】

 代理和音を使ったおしゃれ版がこれ。

・【Dm】-【G】-【Cmaj7】-【Am】

 さらにセブンスを付けて、かつ尾ひれも付けた「大きゅんメロ進行」がこれ。

・【Dm7】-【G7】-【Cmaj7】-【Am】-【Dm7】-【Bm7-5】-【E7】

 長いですねぇ。ゴージャスですねぇ。あと、ちょっと見慣れないコード名もありますが、それはとりあえず無視しまして。

 ではまず、この「大きゅんメロ進行」を使った曲をご紹介します。中森明菜の3曲目のシングル「セカンド・ラブ」(1983年)の歌い出し。作曲は来生たかお。

──── ♪ 恋も二度目なら 少しは上手に 愛のメッセージ 伝えたい

「セカンド・ラブ」中森明菜 作詞:来生えつこ 作曲:来生たかお

「セカンド・ラブ」中森明菜

 ス式楽譜も、尾ひれが付いているぶん巨大になります。上段が、普通の「きゅんメロ進行」、そして下段がその尾ひれ。

 ですが、ゴージャス版で巨大というわりには、とてもキャッチーで、人懐っこいメロディだと思いませんか? それは、同じ音形を何回も繰り返しているから。つまり……。

 この上がって下がっての音形が3回繰り返されます。ちょっとしつこいのですが、そのぶん頭に刷り込まれ、覚えやすくキャッチーな歌い出しとなるのです。

【Bm7-5】の仕組み

 さて、ここで、さっきの見慣れないコード=【Bm7-5】をご紹介します。読みは「ビー・マイナー・セブン・フラット・ファイブ」。ちょっと取っつきにくい名前ですね。

 でも意味さえ理解すれば簡単。つまり「Bm7(シ・レ・ファ#・ラ)の5度の音=F#(ファ#)を半音下げてね」ということです。具体的に鍵盤図で示せば、こんな感じ。

 Bm7ですから、根音(ルート)はB。そこから5度の音はF#(ファ#)ですね(上図の赤のところ)。その音を半音下げた下図のコード、これが【Bm7-5】なのです。では弾いてみましょうか(他のコードは、もう紹介済です)。

・【Dm7】-【G7】-【Cmaj7】-【Am】-【Dm7】-【Bm7-5】-【E7】

 はい。【Bm7-5】のところでジワッと来ませんか? 正直、そんなにきれいな響きのコードではないのですが、ここでジワッと来ることによって、その次の【E7】での快感が高まる。ちょっと表現が下品かもですが、【Bm7-5】で溜まった「ジワッ」が【E7】で排出される感じがしませんか? そこがエモい!

 話をまとめると、「大きゅんメロ進行」とは、「『きゅんメロ進行』に『【Dm7】-【Bm7-5】-【E7】』の尾ひれを付けることで、尾ひれの中の【Bm7-5】による『ジワッ』が、あとの【E7】で排出される快感が醸し出されるコード進行」ということです(長くてすいません)。

「スローモーション」でも展開されていた「大きゅんメロ進行」

 さて、「中森明菜 × 来生たかお ×大きゅんメロ進行」が、実はもう1曲あるのです。デビュー曲「スローモーション」のサビ。

──── ♪ 出逢いはスローモーション 軽いめまい 誘うほどに

「スローモーション」中森明菜 作詞:来生えつこ 作曲:来生たかお

「スローモーション」中森明菜

 はい、こちらも、同じ音形を繰り返すことで、人懐っこくキャッチーなメロディになっていますね。

 80年代の音楽シーンを席巻した中森明菜ですが、デビュー直後の「大きゅんメロ進行」の中の「ジワッ」が、それこそジワジワッと広がったことが、のちの大ブレイクに影響したのではないでしょうか。

 そう考えると、この「大きゅんメロ進行」、もう「明菜進行」と言っちゃってもいいような気さえするのです。

本コラムの執筆者

スージー鈴木

1966年、大阪府東大阪市生まれ。ラジオDJ、音楽評論家、野球文化評論家、小説家。

<著書>
2023年
『幸福な退職 「その日」に向けた気持ちいい仕事術』(新潮新書)
2022年
『桑田佳祐論』(新潮新書)
2021年
『EPICソニーとその時代』(集英社新書)
『平成Jポップと令和歌謡』(彩流社)
2020年
『恋するラジオ』(ブックマン社)
『ザ・カセットテープ・ミュージックの本 〜つい誰かにしゃべりたくなる80年代名曲のコードとかメロディの話〜』(マキタスポーツとの共著、リットーミュージック)
2019年
『チェッカーズの音楽とその時代』(ブックマン社)
『80年代音楽解体新書』(彩流社)
『いとしのベースボール・ミュージック 野球×音楽の素晴らしき世界』(リットーミュージック)
2018年
『イントロの法則 80’s 沢田研二から大滝詠一まで』(文藝春秋)
『カセットテープ少年時代 80年代歌謡曲解放区』(マキタスポーツ×スージー鈴木、KADOKAWA)
2017年
『サザンオールスターズ 1978-1985 新潮新書』(新潮社)
『1984年の歌謡曲 イースト新書』(イースト・プレス)
2015年
『1979年の歌謡曲 フィギュール彩』(彩流社)
2014年
『【F】を3本の弦で弾く ギター超カンタン奏法 シンプルなコードフォームから始めるスージーメソッド』(彩流社)

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