【連載】スージー鈴木 きゅんメロの秘密
スージー鈴木
1974年リリースにもかかわらず、超モダンなコード進行
日本のコード進行のイノベーションを推進したのは「水戸黄門と助さん格さん」ならぬ「ユーミン黄門様と和さん・和さん」だという話を、前回しました。和さんとは、小田和正と財津和夫。前回は小田和(正)さんのオフコースだったので、今回は財津和(夫)さん率いるチューリップの曲を取り上げます。
曲は「青春の影」。日本ポップス史に残る大名曲だと思います。そのポイントは、1974年のリリースにもかかわらず、コード進行が超モダンなこと。
「青春の影」(ビクターエンタテインメント)
https://www.jvcmusic.co.jp/-/Discography/A010054/VEATP-40948.html
荘厳で品格ある響きの進行=カノン進行
もちろん、そのモダンさには「きゅんメロ進行」も寄与しているのですが、それよりも曲の顔となっているのは「カノン進行」です。私の造語「きゅんメロ進行」は、世間的に全然流行っていませんが(くそっ)、「カノン進行」は、音楽ファンの間で、かなり知られるようになりました。
「パッヘルベルのカノン」という17世紀に作られたバロック音楽で使われたコード進行です──という触れ込みに恥じない、いかにも荘厳で品格のある響きの進行。ユーミン黄門様であれば「守ってあげたい」(1981年)や、オフコースなら「生まれ来る子供たちのために」(1980年)がこの進行を使っています。が、日本で「カノン進行」と言えば、山下達郎「クリスマス・イブ」(1983年)にとどめを刺すでしょう。
じゃあ、どんなコード進行なのかというと、これがひとことでは言えない。世間が「カノン進行」とする可能性のあるコード進行を、あえてすべて並べるとこんな感じになります(これは保存版「スージー鈴木特製カノン進行一覧表」!)。
この一覧表、左から右に流れます。複数のコードが縦に並んでいるのですが、どの経路を使っても、荘厳で品格ある感じは原則変わりません。
なので、細かな話はともかく、まずは一番上の【C-Em-Am-Em-F-C-Dm-G】を弾いてみてください。ほらほら、聴いたことあるでしょう? そうなんです。ユーミン黄門様と和さん・和さんや、山下の達さんを超えて、実は平成Jポップで、やたらと使われたコード進行なのでした。
で、チューリップに話を戻すと、そんな平成Jポップなコード進行を、この日本でいち早く多用したのが、彼らだったのです。70年代前半のシングル「魔法の黄色い靴」(1972年)、「心の旅」、「夏色のおもいで」(ともに1973年)、そして、今回の「青春の影」と、すべてに「カノン進行」が使われています。
ちなみに「青春の影」の歌い出しの「カノン進行」を、さっきの「特製カノン進行一覧表」で追うとこうなります(赤枠。原曲キーのGをCに移調)。
「青春の影」は、ドラマティックな要素の揃い踏み!
で、「カノン進行」の荘厳で品格のある盛り上がりのあと、サビで「きゅんメロ進行」が炸裂します。ただ、このサビ、私に言わせれば「きゅんメロ進行」を超えて「きゅーーーんメロ進行」。つまり、やたらとドラマティックなのです。
──── ♪ 君を幸せにするそれこそが
「青春の影」チューリップ 作詞・作曲:財津和夫
ス式楽譜ではこんな感じ。いわゆる「後ろ髪コード進行」に乗って、若き財津和夫(26歳)の地声と裏声との中間の声で、ソからレへ、5度跳躍するところがたまりません。
ただ、さらなるダメ押しがありまして、コード名のところをご覧ください。後半が忙しくって、ノーマルな「きゅんメロ進行」だと【Em7】→【Am7】となるところが【Em7】→【E7】→【Am】→【Am/G#】→【Am/G】とせわしなくなっています。
まず【Em7】→【E7】は鍵盤図でこうです。実際に弾いてみると、赤丸のG→G#(ソ→ソ#)の動きで、ぐっとエモくなるのがわかるかと思います(【E7】の赤丸は、第13回:YOASOBI「群青」の回で説明した「ソ#」ですね)。
続いて【Am】→【Am/G#】→【Am/G】と書かれています。これは何かと言うと、「コードは【Am】のままだけどべースはA→G#→G(ラ→ソ#→ソ)と半音ずつ下げてね」ということなのです。ベースの動きも加えた「大・ス式楽譜」だとこんな感じ。
続いて、この半音ずつ下がるところの鍵盤図。ベースが①→②→③=ラ→ソ#→ソと下がっていくごとに、緊張感というか哀しさ感が、逆に高まっていくように思いませんか?
この半音(下降)進行は、俗に「クリシェ」と言われるのですが、まとめると、この曲は「カノン進行」→「きゅんメロ進行」→「クリシェ」の豪華揃い踏み。その結果、全体が「きゅーーーんメロ進行」という感じで盛り上がるのです。
ここまで「きゅーーーん」な進行は、そうはありません。1974年の段階で、平成Jポップ、ひいてはYOASOBIに通じる音楽性を確立していたチューリップは本当にすごい。約半世紀も前に咲いたチューリップが、未だに枯れずに咲き誇っているのは、「きゅーーーん」な進行の力に他ならないのです。
本コラムの執筆者
スージー鈴木
1966年、大阪府東大阪市生まれ。ラジオDJ、音楽評論家、野球文化評論家、小説家。
<著書>
2023年
『幸福な退職 「その日」に向けた気持ちいい仕事術』(新潮新書)
2022年
『桑田佳祐論』(新潮新書)
2021年
『EPICソニーとその時代』(集英社新書)
『平成Jポップと令和歌謡』(彩流社)
2020年
『恋するラジオ』(ブックマン社)
『ザ・カセットテープ・ミュージックの本 〜つい誰かにしゃべりたくなる80年代名曲のコードとかメロディの話〜』(マキタスポーツとの共著、リットーミュージック)
2019年
『チェッカーズの音楽とその時代』(ブックマン社)
『80年代音楽解体新書』(彩流社)
『いとしのベースボール・ミュージック 野球×音楽の素晴らしき世界』(リットーミュージック)
2018年
『イントロの法則 80’s 沢田研二から大滝詠一まで』(文藝春秋)
『カセットテープ少年時代 80年代歌謡曲解放区』(マキタスポーツ×スージー鈴木、KADOKAWA)
2017年
『サザンオールスターズ 1978-1985 新潮新書』(新潮社)
『1984年の歌謡曲 イースト新書』(イースト・プレス)
2015年
『1979年の歌謡曲 フィギュール彩』(彩流社)
2014年
『【F】を3本の弦で弾く ギター超カンタン奏法 シンプルなコードフォームから始めるスージーメソッド』(彩流社)
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