【連載】スージー鈴木 きゅんメロの秘密

スージー鈴木

第5回:杏里「悲しみがとまらない」の圧縮→爆発メカニズム

「きゅんメロ進行を作った女」が荒井由実だとすると、「きゅんメロ進行に愛された女」とでも言えるのが杏里です。

彼女の代表作と言えば、デビュー曲の「オリビアを聴きながら』(1978年)と「悲しみがとまらない」(1983年)になると思うのですが、この2曲、作曲家は違えど(尾崎亜美と林 哲司)、両方とも「きゅんメロ進行界」を代表する名曲なのです。

今回は「悲しみがとまらない」のメロディを分析します。

── ♪ I Can’t Stop The Loneliness こらえ切れず

「悲しみがとまらない」杏里(作詞:尾崎亜美/作曲:林 哲司)

もう皆さん慣れましたかね? スージー鈴木が発案し、エクセルでシコシコ作ったお手製楽譜=「ス式楽譜」に。実に印象的な歌い出し、かつサビと言える《♪ I Can’t Stop The Loneliness こらえ切れず》のところを「ス式楽譜」で書いてみました。

コードはまた簡易版にしていますが、原曲に忠実な本気版(簡易版コードの下に書いたもの)についても、あとで少しだけ触れてみます。

見れば見るほど、よくできていると思うのです。理由は「圧縮」「爆発」。何かエンジンのメカニズムみたいですが、今回はメロディをエンジンに見立てて、説明したいと思います。

前半ご覧ください。《♪ I Can’t Stop》と《♪ The Loneliness》。ドとシだけでできている、とても狭い音域のメロディの合間に2拍の休符があります。ここが「圧縮」。何か空気をギュッと圧縮するというか、跳躍の前に地ベタに一瞬かがんで、エネルギーを充填するような感じがしませんか? そして《♪ こらえ切れず》の直前にも、ダメ押し的な休符で、ちょっとだけ圧縮します。

次に、その《♪ こらえ切れず》のところは、《こ》から《ら》へ跳躍します。専門的に言えば音幅「5度」の跳躍。前半がとても狭い音域のメロディだったのに対して、こちらは広くて高くて、ワイルド。

ここが言わば「爆発」です。「圧縮」でパンパンに詰まった空気が、どーんと爆発する。一瞬、地ベタにかがんで充填したエネルギーで、ぴょーんと飛ぶ感じ。

加えて《♪ こらえ切れず》のところで注目したいのが、歌詞とメロディの関連です。

何が《こらえ切れ》ないかというと、悲しみですよね。つまり状況としては「悲しみをこらえよう、こらえよう」としても、悲しみが押し寄せてくる。

しかしメロディは「悲しみなんてこらえてやる、こらえてやる」という、言わば「から元気」を見せるように、ぴょーんと跳躍する。さっきの「圧縮」エネルギーも使いながら。

「悲しみが押し寄せるのに、それを周囲に見せないよう、悲しみをこらえているように、から元気を装う」──また出ましたよ。ツンデレが。ツンがから元気、デレが悲しみ。うーむ。やっぱり「きゅんメロ」は「ツンデレ・メロ」なんですね。

コード進行の弾き方をまた載せておきます。《♪ I(Can’t)Stop》を赤丸「ド」の音で歌ってください。

あと今回は「簡易版」ではなく、先に触れた「原曲に忠実な本気版」も載せておきます。あれ? コードネームに「7」という数字が付きましたね。さらに、押さえ方も緑色の鍵盤が入って、ちょっと複雑になりました。理屈は追ってお教えしますが、とりあえず弾いてみてください。

なにか「簡易版」に比べて、雑味が混じった感じになりません? でも、でもですよ。その雑味が、都会的というかオシャレというか、「シティポップ」っぽく響きません?

そう雑味の「雑」は、大都会の電車や道路で発生する「混雑」の「雑」なのです。って、なんて「雑」な説明だろう(笑)。追って詳しく。


きゅんメロガールによる、きゅんメロ・プロジェクト!

ヴォーカル・マガジン・ウェブのTikTokチャンネル(https://www.tiktok.com/@vmw_jp)とYouTubeチャンネル(https://www.youtube.com/channel/UCWwtnxl-swzokRkJuUSp1Yw/featured)にて、「きゅんメロ・プロジェクト」がスタートしました!

今回も本連載で取り上げている「きゅんメロ」を題材に「きゅんメロ・ガール」の動画をお届けします。
投稿しているのは3本。

●きゅんメロ楽曲の実演:連載の例題曲から「きゅんメロ」部分を弾き語り!

●キュンメロを作ってみた!:例題曲のコード進行で、きゅんメロガールにオリジナルのメロディ作りにトライしてもらっています!

●きゅんメロのコード進行:上記のコード進行のカラオケを弾いてもらいます。それを聴いて、あなたのきゅんメロを作り「#きゅんメロ」を入れて、TikTokやYouTubeに投稿してください!

編集部とスージー鈴木さんで優秀者を選び、本連載で紹介していけたらと思っています!
どしどしご応募待っています


今回の「きゅんメロガール」

SENAちゃん

19歳シンガーソングライター。 6歳からピアノを習い、9歳から独学で作詞・作曲をしてピアノで弾き語りをして、オリジナルは200曲を超える。

2020江戸川ガールズアワード優勝/ポカリNEO合唱MV出演/映画『許された子どもたち』出演
2021/11/3『マグネット』発売中

SNSリンク➡️ https://linktr.ee/SENA_YAMAZAKI

本コラムの執筆者

スージー鈴木

1966年、大阪府東大阪市生まれ。ラジオDJ、音楽評論家、野球文化評論家、小説家。

<著書>
2023年
『幸福な退職 「その日」に向けた気持ちいい仕事術』(新潮新書)
2022年
『桑田佳祐論』(新潮新書)
2021年
『EPICソニーとその時代』(集英社新書)
『平成Jポップと令和歌謡』(彩流社)
2020年
『恋するラジオ』(ブックマン社)
『ザ・カセットテープ・ミュージックの本 〜つい誰かにしゃべりたくなる80年代名曲のコードとかメロディの話〜』(マキタスポーツとの共著、リットーミュージック)
2019年
『チェッカーズの音楽とその時代』(ブックマン社)
『80年代音楽解体新書』(彩流社)
『いとしのベースボール・ミュージック 野球×音楽の素晴らしき世界』(リットーミュージック)
2018年
『イントロの法則 80’s 沢田研二から大滝詠一まで』(文藝春秋)
『カセットテープ少年時代 80年代歌謡曲解放区』(マキタスポーツ×スージー鈴木、KADOKAWA)
2017年
『サザンオールスターズ 1978-1985 新潮新書』(新潮社)
『1984年の歌謡曲 イースト新書』(イースト・プレス)
2015年
『1979年の歌謡曲 フィギュール彩』(彩流社)
2014年
『【F】を3本の弦で弾く ギター超カンタン奏法 シンプルなコードフォームから始めるスージーメソッド』(彩流社)

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