【連載】スージー鈴木 きゅんメロの秘密
スージー鈴木
40年前の楽曲ながら、若者もよく知るヒットナンバー
今回取り上げるのは、H2O「想い出がいっぱい」です。1983年のヒット曲なので、つまりは「40年もの」のオールディーズということになりますが、合唱曲として親しまれてきたので、若い方にも比較的知られているはずです。May.Jのバージョンで聴いてみましょう。
ロック少年を自認したい少年スージーの心を掴む美メロの秘密
当時、私は「ロック少年」を自認する、いや自認したいと思っている少年でして、つまりはザ・ビートルズやレッド・ツェッペリンなど、すでに解散した洋楽のロックバンドの曲を好んで聴いていた、いや好んで聴いているように思われたい少年でした(ややこしい)。
ですが、「ロック」から程遠いこの曲を初めて聴いたとき、「こりゃいいな、この曲の魅力には抵抗できないな」と、直感的に思ったのです。ただ、そう思ったことを知られたくないので、周囲には、ビートルズやツェッペリンの話ばかりしていたのですが(面倒くさい)。
この曲の魅力の根源は「きゅんメロ進行」でできているサビに尽きるでしょう。そもそも歌詞がよくできています。
──── ♪ 大人の階段昇る 君はまだシンデレラさ 幸福(しあわせ)は誰かがきっと 運んでくれると信じてるね
「想い出がいっぱい」H2O 作詞:阿木燿子 作曲:鈴木キサブロー
まだまだ幼い表情の少女が「大人の階段」を、一段一段、緊張しながら昇っていくシーンが頭に浮かびます。そして、続く最強の展開がここ。
──── ♪ 少女だったと いつの日か 想(おも)う時がくるのさ
時制が急に未来に転換して、幼い表情の少女だった頃の自分を想い出すだろうと予言するわけなのですが、実にうまい展開ですよね(作詞:阿木燿子)。
で、この前半、《 ♪ 少女だったと いつの日か》のところが「きゅんメロ進行」になっています。ここでス式楽譜。
まずコード進行は、すでにこの連載で取り上げた要素だけで構成されています。目を引くのは【E7/G#】ですが、これも“第13回:YOASOBI「群青」は、きゅんメロ界の総決算=「きゅんきゅんメロ」!”で取り上げていましたね。一応、鍵盤図を。
注目したいのは、オレンジ色で描いた、ひらがなの「へ」のような音形が繰り返されることです。その中間に、水色矢印で記した跳躍がある。
この「へ」が気持ちいいのです。ちょっと上がって(緊張)、なだらかに下がっていく(弛緩)安堵感。これが2回繰り返されるダメ押し感。
特に気持ちいいのは、2度目のここ。階名に注目してください──「ミファミレド」。
──── ♪ 少女だったと ミファミレド
Jポップでも名曲ぞろいの「ミファミレド」
調べてみたら、この「ミファミレド」、Jポップでとてもよく使われているのです。そして、これが重要なのですが、「ミファミレド」を使った曲は全部名曲!
・テレサ・テン「時の流れに身をまかせ」(1986年)のサビ:《 ♪ 一度の人生 ミファミレド》
・AI「Story」(2005年)のサビ:《 ♪ 一人じゃないから キミが私を ミファミレド》
これらはサビ、ここぞというところで「ミファミレド」が出てきますが、いきなり歌い出しから出てくるのもあって……。
・井上陽水「少年時代」(1990年)の歌い出し:《 ♪ 夏が過ぎ ミファミレド》
「Jポップでよく使われている」と書きましたが、洋楽の超名曲にも発見されました。
・サイモン&ガーファンクル「明日に架ける橋」(1970年)のエンディング:《 ♪ Like A Bridge Over ミファミレド》
ではなぜ、この「ミファミレド」が多用されるのか。ちょっとまた研究が追い付いていないのですが、さっき書いた「ちょっと上がって(緊張)、なだらかに下がっていく(弛緩)」に加えて、最後が「ド」=つまりは主音で終わることによる安定感も作用している気がします(「シドシラソ」や「レミレドラ」など、同じ「へ」型の音形もあるのですが、それほどグッとこない)。
というわけで、今後「ミファミレド研究」は続けていくとして、でもたぶん、H2O「想い出がいっぱい」こそが「ミファミレド」界の最高峰だったと、いつの日か想う時がくるのさ。
本コラムの執筆者
スージー鈴木
1966年、大阪府東大阪市生まれ。ラジオDJ、音楽評論家、野球文化評論家、小説家。
<著書>
2023年
『幸福な退職 「その日」に向けた気持ちいい仕事術』(新潮新書)
2022年
『桑田佳祐論』(新潮新書)
2021年
『EPICソニーとその時代』(集英社新書)
『平成Jポップと令和歌謡』(彩流社)
2020年
『恋するラジオ』(ブックマン社)
『ザ・カセットテープ・ミュージックの本 〜つい誰かにしゃべりたくなる80年代名曲のコードとかメロディの話〜』(マキタスポーツとの共著、リットーミュージック)
2019年
『チェッカーズの音楽とその時代』(ブックマン社)
『80年代音楽解体新書』(彩流社)
『いとしのベースボール・ミュージック 野球×音楽の素晴らしき世界』(リットーミュージック)
2018年
『イントロの法則 80’s 沢田研二から大滝詠一まで』(文藝春秋)
『カセットテープ少年時代 80年代歌謡曲解放区』(マキタスポーツ×スージー鈴木、KADOKAWA)
2017年
『サザンオールスターズ 1978-1985 新潮新書』(新潮社)
『1984年の歌謡曲 イースト新書』(イースト・プレス)
2015年
『1979年の歌謡曲 フィギュール彩』(彩流社)
2014年
『【F】を3本の弦で弾く ギター超カンタン奏法 シンプルなコードフォームから始めるスージーメソッド』(彩流社)
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