【連載】スージー鈴木 きゅんメロの秘密
スージー鈴木
「きゅんメロ」の世界を探究するこの連載、まだまだ続きます。今回は、ある意味「きゅんメロ」界の奇跡とも言える1曲=中村あゆみ「翼の折れた天使」(1985年)。
本当に、このメロディは一種の奇跡だと、嘘偽りなく言えます。なので、コードの話以前に、まずメロディを楽しんでみたいと思います。奇跡のメロディ、奇跡のサビは、この動画の1分38秒くらいから。
── ♪ もし 俺がヒーローだったら
「翼の折れた天使」中村あゆみ(作詞・作曲:高橋 研)
波乱万丈のストーリー展開を表わす「ジェットコースター・ドラマ」という言い方があります。それにならうと、このメロディはさしずめ「ジェットコースター・メロディ」。翼の折れた天使が、高いところから一旦落ちて、また上がって、それでも翼が折れているから、またゆるゆると下がっていく。
きゅんポイント1:強烈な起伏のV字
ひとつ目のポイントは、強烈な起伏のV字。下がって上がって。
そもそも、スタート地点=飛び込み台となる「♪ もし」は、原音でC#とかなり高い位置にあります(キー:E)。そこからオクターブ近く、どーんと下がって「♪ おれ」、そしてまだグーンと這い上がって「♪ が(ヒーロー)」。
こんな強烈なV字は、なかなかないでしょう。もしかしたら日本ポップス史上、最大・最強のV字かもしれません。そしてその強烈さは、一度聴いた人の首ねっこ、いや耳ねっこをつかんで、決して離しません。
きゅんポイント2:ソ#という特殊音の使用
次のポイントは「♪(ヒーロー)だーっ(たら)」の音です。縦軸をご覧ください。ラとソの間、つまり「ソ#」の音になっています。
「#」、「♭」という臨時記号が付くということは、その音が音楽的に特殊な音であることを示します。では皆さんは、この音、どんな風に特殊に感じますか?
ここで関連してくるのが、第3回:「きゅんメロ進行」を今度はギターで体感する の回で分析した、スピッツ「ロビンソン」です。
「ロビンソン」のコード進行を、キーをGにして「C-D-B7-Em」としました。普通の「きゅんメロ進行」だと「C-D-Bm-Em」になるはずが、3つ目が「B7」になっている。「B7」になることで「Em」というマイナーコードとの結び付きが強くなって、哀しさ=きゅん度が高まると書きました。
実は「翼の折れたエンジェル」も「ロビンソン」と同様「C-D-B7-Em」、「ス式楽譜」のルールに沿ってキーをCとすると「F-G-E7-Am」という進行なのです。要するに普通の「きゅんメロ進行」=「F-G-Em-Am」よりも、E7とAmが結び付いて、哀しさ=きゅん度が高い。
そして、その変化である「Em」と「E7」との違いを決定付ける音、要するに「Em」にはなく「E7」には入っている音が、先の「ソ#」なのです。そんな、臨時記号付きの特殊な音で歌っているからこそ、「♪(ヒーロー)だーっ(たら)」のところで、哀愁がぐっと高まるのです。
ちょっと話が難しくなりましたかね。ここでいつもの鍵盤表です。歌い出しは【F】の赤い鍵盤の音。そして、上に書いた特殊な音とは、【E7】の黒鍵(黒い鍵盤)に置いた緑の●です。体感してみてください。
で、今回はここまでですが、次回に続きます。まだ語りきれていないことがあるからです。というのは……2つ目の【G】が、実は【G/F】なのです。何だ、この分数は? 続きは次回を待て。
本コラムの執筆者
スージー鈴木
1966年、大阪府東大阪市生まれ。ラジオDJ、音楽評論家、野球文化評論家、小説家。
<著書>
2023年
『幸福な退職 「その日」に向けた気持ちいい仕事術』(新潮新書)
2022年
『桑田佳祐論』(新潮新書)
2021年
『EPICソニーとその時代』(集英社新書)
『平成Jポップと令和歌謡』(彩流社)
2020年
『恋するラジオ』(ブックマン社)
『ザ・カセットテープ・ミュージックの本 〜つい誰かにしゃべりたくなる80年代名曲のコードとかメロディの話〜』(マキタスポーツとの共著、リットーミュージック)
2019年
『チェッカーズの音楽とその時代』(ブックマン社)
『80年代音楽解体新書』(彩流社)
『いとしのベースボール・ミュージック 野球×音楽の素晴らしき世界』(リットーミュージック)
2018年
『イントロの法則 80’s 沢田研二から大滝詠一まで』(文藝春秋)
『カセットテープ少年時代 80年代歌謡曲解放区』(マキタスポーツ×スージー鈴木、KADOKAWA)
2017年
『サザンオールスターズ 1978-1985 新潮新書』(新潮社)
『1984年の歌謡曲 イースト新書』(イースト・プレス)
2015年
『1979年の歌謡曲 フィギュール彩』(彩流社)
2014年
『【F】を3本の弦で弾く ギター超カンタン奏法 シンプルなコードフォームから始めるスージーメソッド』(彩流社)
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