【連載】「うたってなんだっけ」
関取 花
先日、深夜のラジオで生演奏をしました。26時から28時放送の番組、私は26時半頃にお邪魔しました。
以前から各所で公言している通り、私はラジオが大好きです。特に深夜ラジオには思い入れがあります。生きているとうまく眠れない日や考え事が止まらない夜というのはどうしてもあって、最近は経験も年齢も重ねだいぶなくなってきましたが、もう少し若い頃は毎日がそんな状態でした。とにかく不安で、不安で、明日が来るのが怖かった。朝が来たらみんながそれぞれに動き出して、また誰かとの差が広がっていく一日が始まってしまう。そう思うと頭の中をぐるぐると嫌な考えと自責の念だけが駆け巡って、必要以上に落ち込んでしまうのでした。
そういう時に私は深夜ラジオをつけました。やるせない話も失敗談も笑い話に変えていくラジオからの声に、私は何度も、何度も救われてきたのでした。こんな時間に、散々な一日だったとしても楽しそうに話をしている人がいる。その強さが、明るさが、そしてその奥に垣間見えるどうしようもない人間味が、私の支えになりました。どんなに落ち込んでいても、なんだか聴いていたらどうでもよくなってくるんですよね。なんならハプニングがある毎日の方が面白いじゃないかとさえ思えてくる。「人生なんてそうさネタ探し」という歌詞を書いたことがありますが、これは深夜ラジオからもおおいに影響を受けている部分です。
ですから私は深夜ラジオに出るのが夢で、時間帯や場所を変えながら、ありがたいことにこれまでも何度かお邪魔したことはありました。でも、生演奏はしたことがなかったんです。正直、今回お話をいただいた時はちょっとだけ不安もありました。
歌を歌うということに関して、私にはプライドがあります。番組にお邪魔して歌を歌う以上、なるべく完璧な自分で演奏をしたいとは常に思っています。そう考えると、基本的にはいつもだったら寝ている時間から歌い出すって、コンディションとしてはベストな状態でいるのは難しいです。だから、大丈夫かなあって思いました。
でも、一人間としての自分は「深夜ラジオで歌いたい」と思いました。私の中に2人の関取花が現れたんです。一人はミュージシャンとしての自分、もう一人はラジオが好きなただの自分。こんなことを書くと嘘くさいかもしれないのですが、私はこういう時に2人の自分にきちんと会話をさせることにしています。時には紙に書き出して、3人目の自分として議事録を取りながら。そうすると、自分が何を大切にしたいかがよく見えてくるんです。
今回の場合は、「深夜ラジオでちゃんと歌えるか不安」というのと、「でもそんなのどうでもいいからやってみたい」の二つの意見があった状態でした。楽しくてもちゃんとできなければ意味がないし、不安でもやってみなくちゃわからない。さあどうする、といった感じでした。
そこで私は自分の聴いてきた深夜ラジオを思い返しました。そうして浮かんできたのは森山直太朗さんの歌声でした。私はT B Sラジオの深夜枠“JUNK”が好きなのですが、ある時「おぎやはぎのメガネびいき」に生出演した直太朗さんが、「スギちゃんの歌」という曲を披露しました。(もう10年以上前の放送回かと思います)
私はそれを聴いた時、号泣したんです。ライブと環境が違う、時間帯もベストなはずはない、そして何よりたしか即興で作られた歌だったんです。でもそんなのまったく気にならなくて、とにかく嗚咽が出そうなくらい泣いた記憶があります。救われたんです。眠れない夜、電波越しの直太朗さんの声と楽曲、そしてそれを届けてくれたラジオという存在に。
あの時、あの時間帯だからこそ、ラジオというメディアだからこそ響いてくるものがたしかにありました。ホールで聴くのとはまた違う生々しいライブ感。このタイミングでこの曲に出会えてよかった、今日ラジオを聴いていてよかった。眠れない夜でよかった、この瞬間のために今日自分は悩んでいたのかとさえ思いました。
自分があの時のような感動を誰かに届けられるかはわからないけれど、なんだかそんな機会があるというだけでとても誇らしい気持ちになりました。そして「深夜ラジオでちゃんと歌えるか不安」という悩みは、いつの間にかなくなりました。「ちゃんと」の意味の捉え方を自分の中でちょっと変えてみることにしました。「ちゃんと」いつも通り、心を込めて歌えばいいのだと。
完璧な準備、完璧な環境、完璧な音響。それらが揃っていなければ「ちゃんと」したライブができない、私はそういうミュージシャンになりたいわけではありません。即興だろうと何時だろうとどこだろうと、「ちゃんと」自分らしく歌うことができる、そんな人になりたいのだったら、ここでやらない理由はないだろうと思いました。
そうして実際に演奏をしてみたら、やっぱり楽しかったです。やってよかった。その時間帯だからこその自分の歌が歌えた気がします。普段のライブとはまた違う、部屋で曲を作った時に近い生々しさで届けられたのでは、と個人的には思います。声の出し方や時間帯によるテンション感も含めて、「ちゃんと」深夜2時半の私は出せたかなと。(もちろん後できちんと聴いたら見つかった課題もあったので、そこはそこで受け止めて改善点として持ち帰りました)
「ちゃんと」しないと、と思い過ぎてもライブや歌というのはよくないし、逆に伝わるものも伝わらなかったりします。どこに行っても「ちゃんと」その場を楽しんで、その時々の自分らしさを出せること。それが一番大切なのではないかとあらためて感じた夜でした。
本コラムの執筆者
関取 花
関取 花(せきとり・はな)
1990年生まれ 神奈川県横浜市出身 愛嬌たっぷりの人柄と伸びやかな声、そして心に響く楽曲を武器に歌い続けるソロアーティスト。2019年ユニバーサルシグマよりメジャーデビュー。2023年9月6日、久々の新曲「メモリーちゃん」を配信リリース。2023年11月からは盟友、谷口 雄と二人で巡る「関取 花 2023 ツアー“関取二人三脚”」を東京、京都、名古屋にて開催。
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