【連載】「うたってなんだっけ」

関取 花

第39回『いまってなんだっけ』

2025.01.1

一年前のライブ音源を久しぶりに聴きました。私の中でその日のライブはピッチ、声の調子、ライブ全体の流れ、すべてが相当良くて、以降あれを越えられるライブというのはできていないような、そんな記憶さえありました。でも、今聴いてみると「今の方がいいじゃん」となりました。それはなぜでしょう。技術的な話なのか、それ以上の何かなのか。

私は現在、ボイトレには通っていません。ずいぶん前に少しだけ通った時期もあるのですが、その頃の自分は言われたことを咀嚼する心の余裕がなくて、教わるたびにああしなきゃこうしなきゃということばかりが頭を占拠して、楽しく歌うということや自分らしく歌うということを忘れてしまいそうになったので、辞めました。(先生に問題があったとか決してそういうことではありません)

あとは単純に金銭的に余裕がなかった。ボイトレは手頃なレッスン料ではありません。きちんと定期的に通うとなると、それなりのお金も必要になります。ミュージシャンなのだからそこはケチるところではないけれど、ボイトレ以前に乗り越えなければならない課題がたくさんあった当時の私にとっては、今は行かない方がいろんな意味で懸命だなという判断でした。

当時はギターのイップスもあったので八方塞がりの状況でした。思うように歌えない、思うように弾けない。過去のライブ音源を聴いては絶望的な気持ちになって、「もうあの頃の自分を越えられることはないんだ」と本当に毎晩枕を濡らしていました。たった一つしかない部屋の電気が切れても2ヶ月以上放置して、夕方には真っ暗になる6畳ワンルームの中で、ほぼ一日中天井を見ながら過ごした時期もありました。

結果から言うと、私は未だに歌もギターもどちらも元に戻ってはいません。10年前の方が歌もギターも上手かった、とも言えるかもしれません。でも、私は今の私の表現が好きです。緩急がついたと思います。まるで人生のような、決してわかりやすくはないかもしれないけれど、流れるような、時には上手くいかないこともあるけれど、人間味のある緩急が。

歌もそうですが人生全般において、「あの頃」からそのままピーッと線を伸ばしたような成長線ってそう簡単には描けないと思っています。時には違うルートを探すのも大事です。あの頃と違う歌い方で、あの頃を越えてみる。あの頃はやらなかったパターンのリズムで弾いてみて、あの頃を越えてみる。過去の自分といつまでも同じ土俵にいる必要はありません。ちょっと離れたところから「頑張れよ」ってお互いエールを送り合えるような、そんな関係であれたらそれでいいじゃないかと思います。今の自分だったらボイトレに行っても何か新しい発見ができるかもしれません。来年あたりからまた通い出そうか、ちょっと迷っている最中です。

歌は結局心です。心の器がでっかくなれば、歌の包容力もぐんと上がる。心で負けていなければ、どんなステージでも自分のものにできる。歌がいくら上手でも、心が自分の歌のパワーに負けていたら、それはやっぱりどこかで頭打ちになってしまう。でも、多少音を外したって心で絶対に負けていなければ、きっと何かを残せるような気がします。

そしてその両方を磨き上げてずば抜けた人たちが、この音楽の世界にはうじゃうじゃいるんです。なんて恐ろしい世界でしょう。だけどこんなにも美しい世界もないと思います。みんなそれぞれのやり方で今日も闘い続けています。「あの頃」の自分に負けないように。

冒頭の話に戻りますが、一年前の自分と今の自分で、何がそんなに変わったのか。それは具体的に一言では表せません。だからこの連載をその月日の分だけ読み返しました。衣装、ブレスの位置、そして何よりメンタルの持って行き方。私はこの一年の間に、あらゆる角度からずいぶんといろんなことを学んでいたのだなとあらためて思いました。それを歌に変えてアウトプットできている自信があるから、今の方が良いと思えたのでしょう。

一日一日の成長は牛歩だったかもしれませんし、わかりやすい結果としての成果は残せていないかもしれません。でも、私は確実に成長しています。もしみなさんが何かで行き詰まったりしたら、ぜひこの連載を読み返してみてください。どんな小さなことからでも発見はできること、そしてそれを繰り返していけば開ける道があることを、なんとなく感じ取ってもらえると思います。今年も私はそういうあらゆる記録をここに残していくつもりです。いつか誰かが前を向き歩き出す時に、少しでも迷わずに済むように。

本コラムの執筆者

関取 花

関取 花(せきとり・はな)
1990年生まれ 神奈川県横浜市出身 愛嬌たっぷりの人柄と伸びやかな声、そして心に響く楽曲を武器に歌い続けるソロアーティスト。2019年ユニバーサルシグマよりメジャーデビュー。2023年9月6日、久々の新曲「メモリーちゃん」を配信リリース。2023年11月からは盟友、谷口 雄と二人で巡る「関取 花 2023 ツアー“関取二人三脚”」を東京、京都、名古屋にて開催。

本コラムの記事一覧

その他のコラム

最新情報

ヴォーカルや機材、ライブに関する最新情報をほぼ毎日更新!