【連載】「うたってなんだっけ」

関取 花

第38回『日用品ってなんだっけ』

2024.12.1

仮にもミュージシャンという仕事でご飯を食べているのに、最近全然音楽を聴いていません。いや、まったく聴いていないということではもちろんありません。自分の曲だけは聴いています。

なぜだか私は、自分の曲だけを聴いていたい時期というのがたまにあります。制作のあとなどは出来立てほやほやのものを聴きたいからという理由もありますが、そういうタームじゃなくてもそれはやって来ます。普通に大好きなミュージシャンの音楽を聴く感覚で、自分の曲を聴く。何回も、何回も。

2020年に「どすこいな日々」というエッセイ本を出した時に、担当編集者の方が言ってくださったことがあります。(完璧に正確な記憶ではないかもしれませんが)

「ただ消費されていくものじゃなく、日用品のような本を作りたいんです」

この言葉を聞いた時、自分が音楽というものに求める答えをもいただいたような気持ちになりました。それは生活の中に当たり前にあるもの。一度聴いたらおわりではなくて、一年に一回でもいい、ふと思い出すもの。ぐるぐるといろんなものに触れてみても、結局なぜか戻ってくるもの。なんだかんだ頼りになる、本当の意味で替えの効かない、自分と一緒に歳をとっていく愛用品のようなもの。

私にとって自分の音楽ってそういう存在なんですよね。そしてみなさんにとってもそうであってくれたらいいなと思います。

こういうことを言うと、「もっと欲を出しなよ」みたいなことを言われることがあります。いやいや、全然欲はありますよ。みなさんの家にある日用品の数々だって、一見普通に見えても、製造会社やデザイナーさんが愛情と時間をたっぷり注いでできたものだと思いませんか。誰だって「こういうのが欲しいんだ!」と思って最初は開発しているはずです。いろいろ思案した結果、引き算の美学でその形に辿り着いた、そういうことなのだと私は勝手に思っています。

ぱっと見てわかりやすい、カテゴライズしやすかったり映える見た目のものの方が一時的に話題にはなるかもしれませんが、そういうザ・日用品のようなものってじわじわと広がっていって、「結局これなのよ」みたいになる現象が、長い時間をかけて起こったりするんですよね。それってめちゃくちゃかっこよくないですか。サーモスのポットとか、イワキのガラス耐熱容器とか(笑)。わかりやすい“バズ”こそないけどずっとそこにいる、実家のような安心感。実はそれになるって一番難しかったりもするんですけどね。でも、やっぱり私の音楽もそういう存在でありたい。

それで言うと今私は、自分の音楽に対して、「結局これなのよ」と思えている時期なのかもしれません。その中でも特に聴いているのは、『君によく似た人がいる』というアルバムです。個人的にも思い入れの強い作品で、決して恵まれた録音環境ではない中制作したのですが(レコーディングスタジオではなく倉庫のようなところで録音しました。ボーカル録りは廊下で、選挙カーが外を通ったら音がマイクに入ってしまうのでやり直し、そんな感じでした)、なぜかそれが逆に朴訥としたいいサウンドになっているんですよね。まさに生活に馴染む音というか、流行りものではない普遍的な良さがある。仰々しくないからこその哀愁とあたたかさ、懐の広さもある。

歌声に関しては今聴くと「まだ若いなあ」と思ったりするのですが、その完成しきっていない感じもまた良かったりするんですよね。目の前の「歌」に対してただただ一生懸命で、良くも悪くも余裕はないけど、変な足し算もない。演じているような表現だったり、「あえてこうする」みたいなねらいが全然ない。そのシンプルさと潔さがいい。だから飽きずに聴けちゃうんですよね。

とはいえ、今同じことをやれと言われたらそれは無理だと思います。人間というのは日々学び成長し続けますから、いくらそれが自分の作品でも、「あの頃」をやろうとしたらそれは自己模倣でしかなくなっちゃいますからね。

最新作に近づくほど、やはり技術的な部分は身についているなとは実際聴いていて思います。だからちょっと小っ恥ずかしくなったりもします(笑)。子供の頃の写真を人に見せるのは恥ずかしくないけど、青春時代のちょっとおしゃれを覚えたくらいの頃の写真を見るとなんか変な気持ちになるじゃないですか。そんな感じです。でもそれも、あくまでも今は、です。これから歳を重ねるうちに聴こえ方も変わってくるんだろうなと思います。そういった余白を残した作品しか基本的に私は出していないつもりです。多少の変化と進化はありつつも、いつ聴いても「やっぱりいいな」と思えるものを。これからもそうしていきたいです。

それにしたって、自分の歌を聴きながらこんな風に思える日が来るなんて昔の自分だったら考えられませんでした。歳をとったのか、単純にまるくなったのか。いや、自分を過去もひっくるめて愛せるようになったんでしょう。そんな今の自分の音楽を、早くみなさんにお届けしたくてうずうずしている今日この頃です。

本コラムの執筆者

関取 花

関取 花(せきとり・はな)
1990年生まれ 神奈川県横浜市出身 愛嬌たっぷりの人柄と伸びやかな声、そして心に響く楽曲を武器に歌い続けるソロアーティスト。2019年ユニバーサルシグマよりメジャーデビュー。2023年9月6日、久々の新曲「メモリーちゃん」を配信リリース。2023年11月からは盟友、谷口 雄と二人で巡る「関取 花 2023 ツアー“関取二人三脚”」を東京、京都、名古屋にて開催。

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