【連載】「うたってなんだっけ」

関取花

第34回『まってなんだっけ』

2024.08.1

約3ヶ月をかけてまわっていた弾き語りツアー「関取独走2024」、7月13日の東京ファイナル公演を持って、無事完走致しました。全国14カ所、各地で観に来て下さった皆様、本当にありがとうございました。

弾き語りツアーでは毎回たくさんの学びがあるのですが、今回地味に大きな気付きがあったのは、衣装についてです。

バンドセットでのライブの時はステージ上でそれなりに統一感を持たせたいのもあり、毎回テーマを決めてみんなで衣装を選ぶのですが、弾き語りの時は割と普段の私服に近いもので演奏することが多かった私。今回もそんな感じでツアーを始めました。

先に一応言っておくと、私服っぽいからと言って決して手を抜いているというわけではなく、弾き語りの時はいつもより近い距離感で、よりリラックスした雰囲気で聴いて欲しいなという思いがあり、あえてそうしていました。

そんな中、今回のツアーの途中、思い立ってブレザーを着た日がありました。理由は単純で、場所によっては思ったよりまだ肌寒いところもあったので、念のため持って行っておいたのをたまたまその日の気温的に羽織ることになったというだけの話です。

するとどうでしょう、なんだかすごくしっくり来たんです。私服のTシャツとデニムに、ちょっといいブレザーを一枚羽織るだけで、全然気分が違いました。ハートはリラックスしているのに、背筋はきちんと伸びている、そんな感じがしました。自分の求める緊張と緩和というやつのバランスが、なんだかわかったような気がしました。

不思議なもので、それから少しずつ、MCの“間”なんかも自分でコントロールできるようになっていきました。ブレザーを着ているだけで、無言の時間もなんだか堂々としていられるというか、そわそわしなくなったんです。Tシャツにデニムだけだと、ラフに、もっと感じ良く、人懐っこく喋らなきゃいけないという、逆に変な「親しみやすい関取花像」みたいなものを、自分の中で勝手に作って意識してしまっていたのかもしれません。でもそこにブレザーが一枚あるだけで、「とはいえ私には私なりのかっこよさや美学がきちんとあるのだ」という、誇りと自信を忘れずにいられました。いざステージに上がると、意外とそういう根本的な意識にまでは気が回らなかったりするんですよね。

もちろん、そういった心境の変化は歌声にも関係してきます。これは最近特に強く感じていることなのですが、いい歌うたいというのは、みんな自分の“間”をきちんと持っています。会場の雰囲気がホームでもアウェイでも、決して飲まれることなく、自分の間で曲に入り、自分の間で歌うことができる。実際に他の人のライブを見に行っても、時には歌声や演奏力以上に、その“間”に夢中になってすっかりファンになってしまう、なんてこともあります。落語なんかもそうですよね。文章だったら句読点、絵画だったら余白のところにも、同様の感動を覚えます。

歌の話に戻しますと、この“間”がコントロールできると、個人的にはブレスがいい位置でできるような気がします。そうすると、歌詞の言葉の入りや抜けのところも、気持ちよく、ちゃんと自分が表現したいニュアンスで、ナチュラルに歌となって出てくるようになる。ライブでしか味わえない生々しさや緊張感って、結構そういう詳細なところに宿っていたりするんですよね。

私の場合はブレザーでしたが、それが逆にTシャツとデニムだけの方がしっくり来るという人もいるでしょうし、スタイリストさんやデザイナーさんが作った衣装の方がスイッチを入れられるという人もいると思います。もちろん、なんでもいいよという人もいるかもしれない。本当に人それぞれだとは思うのですが、しっくり来る衣装というのに出会えたら、なかなか心強いものです。

これを書きながら思い出したのですが、そういえば私は中学・高校と制服がブレザーでした。普段は割と自由な格好でもOKだったのですが、式典などの大事な日にはそれを着ましょうねというものでした。だからブレザーは、私にとってちょっと緊張感のある、でも親しみもある服なんです。そういう記憶をたどりながら衣装を決めていくのも、なかなか面白いかもしれませんね。

本コラムの執筆者

関取花

関取花（せきとり・はな）
1990年生まれ神奈川県横浜市出身愛嬌たっぷりの人柄と伸びやかな声、そして心に響く楽曲を武器に歌い続けるソロアーティスト。2019年ユニバーサルシグマよりメジャーデビュー。2023年9月6日、久々の新曲「メモリーちゃん」を配信リリース。2023年11月からは盟友、谷口雄と二人で巡る「関取花 2023 ツアー“関取二人三脚”」を東京、京都、名古屋にて開催。