【連載】「うたってなんだっけ」
関取 花
この原稿を書いているのは10月25日。ずっとそのステージに立ってみたかった京都・磔磔での公演、そしてセミファイナルである大阪公演を終え、ツアーも残すところはもうファイナルの東京公演だけとなりました。
あらためてツアーを振り返ってみると、どの会場にも違う良さがあり、気づきがありました。ひとつひとつ振り返っていってもいいのですが、せっかくヴォーカル・マガジン・ウェブでの連載ということで、主に自分の歌について振り返っていこうと思います。バンドセットでツアーを回るようになってからもう何年も経ちますが、こんなに自分の成長を感じられているツアーは今回が初めてです。自分と歌との向き合い方にも、間違いなく大きな変化がありました。
それを大きく感じたのは、たしか仙台公演あたりだったでしょうか。私たちはライブ当日会場入りしたら、まずリハーサルをやります。それぞれの楽器が順番に音を出していき、PAさんと確認し終えたら、バンド全体で演奏しながらさらに細かい部分を調整していきます。ミュージシャンにもよると思うのですが、私の場合はPAさんに全幅の信頼を寄せているので、外音(お客さんに聴こえる音)に関してはほとんどお任せしています。なので、リハーサルで時間をかけるのは主に中音(ステージ側に聴こえる音、足元やサイドのモニターから出ている音)の調整になります。
大体自分が歌いやすい音のバランスはこういうの、というイメージは体感であるのですが、低音が溜まりやすかったり、ドラムの広がりがあまり感じられなかったり、会場そのものの個性というのもありますから、すべての会場で同じ音環境にできるというわけではありません。それでもその中でベストパフォーマンスに持っていけるように、リハーサルを通してできる限りイメージに近い音像に近づけていきます。
弾き語りでのライブだったら、自分だけが歌いやすければそれでいいので、割とすんなりリハーサルは終わります。でも、バンドとなるとそうはいかない。たとえば、私の立ち位置からはうしろのベースアンプからの音が直撃するので音量を下げてもらいたい、となっても、ベースの人からしたら、そうしたら他の音に紛れて自分の音がほとんど聴こえなくなってしまう、なんてこともあるわけです。
それでも特に私の音楽の場合なんかは、自分の歌がしっかりとした存在感を持ってど真ん中にいてほしいという思いがあったので(あとは一応座長である自負と責任みたいなものも多少あったので)、私が先陣を切って音像を作り上げねばと、歌のモニター環境をはじめに作り上げて、それに合わせて他のメンバーも調整していってもらう、という流れでこれまではやってきました。
しかし、あれは仙台公演のリハーサルだったと思います。ツアーに帯同してくれているローディーさんが、「それぞれのリクエストの内容は違うかもしれないけれど、実はりっちゃん(ドラム)と花ちゃんが欲しがっている音はいつも大体一緒なんだよね」ということをサラッと仰ったんです。私は正直そんなこと全然気づいていなかったので、少し驚きました。
ローディーさんというのは、楽器のセッティングや立ち位置なんかを決めてくれたりする人で、トラブルがあればすぐに駆けつけられるよう動線もしっかりと把握されていますし、リハーサル中もステージをあらゆる角度から見てくれているので、現場監督的な役割を果たすことも多いです(少なくとも今の私のチームではそうです)。すべての立ち位置の人のモニター配置を把握しているということは、客観的に中音のバランスの聴こえ方もわかるわけで、私たちが自分自身では気づかなかったことにも気づいてくれます。そんなローディーさんのその言葉を聞いて、私は「そうか」とハッとしました。
自分の音を先に「これだ」と決め打ちするのではなく、まずまわりのメンバーそれぞれのモニター環境を作り上げてから、最後の最後で自分のところを調整すれば、それが一番早いし、結果一番歌いやすい中音になるのではないか、と。特にこのバンドにおいては、みんなが求めている全体の音像であったり、一番バンドのグルーヴを感じられるバランスというのは、それなりに一致しているはずなので、そこに飛び込んでいけばいいだけの話なのでは、と思ったのです。
そうして実際にその方法でやってみたら、それまでの倍くらいスムーズに中音が決まりました。みんながバランスを調整している間に、私も会場そのものの“ハコ鳴り”にもだんだん慣れてきて、それも今日だけの楽しみだなと思えたりすると、じゃああとは本当に必要な部分だけ調整したらあとはなんとかなるな、という引き算での中音作りができるようになりました。そして、それが結果私にとって一番歌いやすい音になるということにも気づきました。自分が率先して音を作って引っ張っていくぞと気張っていた時より、信頼できる仲間がいて、そのみんなが気持ちよく演奏している音の中に身を委ねるスタイルの方が、私には合っていたみたいです。
それに気づいてから、より歌の自由度が増して、バンド全体の表現力も格段に上がったような気がします。そしてその熱量をお客さんにベストな形で届けてくれるPAさんもいる。何かあったら助けてくれるローディーさんもいる。もう何も心配することはないじゃないか。本当にありがたい話です。
私にとっての「歌いやすい」環境というのは、私だけが考えて出来上がるものではなく、みんなで作り上げていくものだったのです。今回のツアーでは、本当の意味でようやくそれに気づくことができました。頼ることは弱さや甘えだとどこかで思っていましたが、そうじゃないんですよね。人にちゃんと頼れる強さを身につけた、そんな最近の私です。
本コラムの執筆者
関取 花
関取 花(せきとり・はな)
1990年生まれ 神奈川県横浜市出身 愛嬌たっぷりの人柄と伸びやかな声、そして心に響く楽曲を武器に歌い続けるソロアーティスト。2019年ユニバーサルシグマよりメジャーデビュー。2023年9月6日、久々の新曲「メモリーちゃん」を配信リリース。2023年11月からは盟友、谷口 雄と二人で巡る「関取 花 2023 ツアー“関取二人三脚”」を東京、京都、名古屋にて開催。
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