【連載】スージー鈴木 きゅんメロの秘密
スージー鈴木
国境やジャンルを超えて「ユーロ」と「広島」で響き合った?
さぁ、今回は大物、浜田省吾のあの「J.BOY」(1986年)です。実は、この曲も「イケイケダンス進行」が延々と続く曲でして、つまりは翌87年の少年隊「ABC」と同系統ということになります。嘘だと思ったら、「J.BOY」のカラオケで「ABC」を歌ってみてください……ほらね。
前回申し上げたように、この「イケイケダンス進行」の源は、ユーロビートの源とも言えるマイケル・フォーチュナティ「ギブ・ミー・アップ」(86年)です。でもこの「ギブ・ミー・アップ」と「J.BOY」は同年のリリースなんですね。たぶん偶然の一致だと思うのですが。
でも「【F】→【G】→【Em】→【Am】」というコード進行が延々と続くことによる気持ちよさについて、同時期に国境やジャンルを超えて、「ユーロ」と「広島」で響き合ったのでしょう。かくして、この「日本でもっともディスコと認識されていないディスコサウンド」が完成しました。
まずは浜田省吾自身によるライブ映像です。86年当時のディスコで流行した「ワンレン・ボディコン」的要素が一切混じらない感じをお確かめください。
──── ♪ J.BOY 掲げてた 理想も今は遠く
「J.BOY」作詞・作曲:浜田省吾
サビ頭(動画では1分30秒あたりから)のメロディの動きを見てみます。まず、コード進行は、また「後ろ髪コード進行」になっています。説明は……もういいですよね。
2度にわたる「イケ!」「イケ!」の上昇・跳躍がポイント
この連載で見てきた「きゅんメロ進行」は、【F】→【G】でメロディが上昇して、【Em】→【Am】でメロディが下降するというパターンが多かったのですが、今回は、ス式楽譜にあるように、2度の上昇が印象を決定付けています。
私には、この2度の上昇・跳躍がそれぞれ「イケ! 」「イケ!」と言っているように聴こえます。「イケ!」「イケ!」が連なって、「イケイケダンス進行」になる。
また浜田省吾という人は、《 ♪(今は)遠く 》みたいに、ポーンと跳躍するところの歌い方がいいんですよ。聴き手のハートをわしづかみするという感じがします。こういう風に歌えると気持ちいでしょうね。
鍵盤図は、これまでと同じですが、一応。サビ歌い出し《 ♪ J.BOY 》の《 Y 》を赤い鍵盤の音程=ド(C)で歌ってください。
あと、実際に『弾いてみた』動画も一応。ちょっとだけ物まねしている私を褒めてやってつかあさい(広島弁)。
「日本で最もディスコと認識されていないディスコサウンド」と書きましたが、それでもこの「J.BOY」の歌詞の主人公は、仕事のあとの憂さ晴らしでディスコに行きそうな気がします(イメージ:当時全盛の麻布十番「マハラジャ」)。
「ワンレン・ボディコン」の「イケイケ女」(イメージ:浅野ゆう子)をはべらして盛り上がりながら、心の中で《 ♪ 掲げてた理想も今は遠く》と嘆くJ.BOY。そう考えると、メロディの「イケ!」「イケ!」跳躍と、哀しげな歌詞との乖離は、ディスコにいるJ.BOYの心理そのもののような気がしてきました。
それでも「イケイケダンス進行」が延々と続くように、J.BOYがわだかまりを抱えた状態も延々と続きながら、日本はバブル崩壊へと向かっていくのです。Oh! J.BOY!!
あわせてチェック!
本コラムの執筆者
スージー鈴木
1966年、大阪府東大阪市生まれ。ラジオDJ、音楽評論家、野球文化評論家、小説家。
<著書>
2023年
『幸福な退職 「その日」に向けた気持ちいい仕事術』(新潮新書)
2022年
『桑田佳祐論』(新潮新書)
2021年
『EPICソニーとその時代』(集英社新書)
『平成Jポップと令和歌謡』(彩流社)
2020年
『恋するラジオ』(ブックマン社)
『ザ・カセットテープ・ミュージックの本 〜つい誰かにしゃべりたくなる80年代名曲のコードとかメロディの話〜』(マキタスポーツとの共著、リットーミュージック)
2019年
『チェッカーズの音楽とその時代』(ブックマン社)
『80年代音楽解体新書』(彩流社)
『いとしのベースボール・ミュージック 野球×音楽の素晴らしき世界』(リットーミュージック)
2018年
『イントロの法則 80’s 沢田研二から大滝詠一まで』(文藝春秋)
『カセットテープ少年時代 80年代歌謡曲解放区』(マキタスポーツ×スージー鈴木、KADOKAWA)
2017年
『サザンオールスターズ 1978-1985 新潮新書』(新潮社)
『1984年の歌謡曲 イースト新書』(イースト・プレス)
2015年
『1979年の歌謡曲 フィギュール彩』(彩流社)
2014年
『【F】を3本の弦で弾く ギター超カンタン奏法 シンプルなコードフォームから始めるスージーメソッド』(彩流社)
本コラムの記事一覧
-
第1回:あのメロディに胸がきゅんとする理由
2022.03.4
-
第2回:「きゅんメロ」のツンデレを体感する
2022.03.25
-
第3回:「きゅんメロ進行」を今度はギターで体感する
2022.04.11
-
第4回:きゅんメロ界の金字塔〜荒井由実「卒業写真」
2022.04.27
-
第5回:杏里「悲しみがとまらない」の圧縮→爆発メカニズム
2022.05.15
-
第6回:「夢で逢えたら」に聴く【きゅんメロ・セブン】の効果
2022.06.5
-
第7回:「翼の折れた天使」のジェットコースター・メロディについて
2022.07.6
-
第8回:再度登場、荒井由実「卒業写真」が引っ張る《後ろ髪》とは?
2022.08.15
-
第9回:アースシェイカー「RADIO MAGIC」に見るハードロックな《後ろ髪》
2022.09.3
-
第10回:少年隊「ABC」の「イケイケダンス進行」で踊れ踊れ!
2022.10.2
-
第11回:あの浜田省吾「J.BOY」の「イケイケダンス進行」?
2022.10.18
-
第12回:YOASOBI「群青」の「おくれ毛コード進行」って?
2022.11.4
-
第13回:YOASOBI「群青」は、きゅんメロ界の総決算=「きゅんきゅんメロ」!
2022.11.16
-
第14回:YOASOBI「群青」の源流! 広瀬香美「ゲレンデがとけるほど恋したい」
2022.12.5
-
第15回:TUBE「シーズン・イン・ザ・サン」はなぜ湘南の香りがするのか
2022.12.18
-
第16回:「エイリアンズ」はシティポップではなく「シティとポップ」だ
2023.01.3
-
第17回:「あの時君は若かった」かまやつひろしによる「日本最古のJポップ」
2023.01.16
-
第18回:EXILE「Lovers Again」のサビが不思議と印象に残る理由
2023.02.3
-
第19回:渡辺美里「My Revolution」の歌い出しが革命だった理由
2023.02.20
-
第20回:オフコース「Yes-No」の繊細でパステルカラーなきゅんメロ
2023.03.10
-
第21回:チューリップ「青春の影」は「きゅん」を超えた「きゅーーーんメロ進行」
2023.03.27
-
第22回:H2O「想い出がいっぱい」のサビで炸裂する「きゅんメロ+ミファミレド」
2023.04.16
-
第23回:中森明菜をブレイクさせた「大きゅんメロ進行」とは?
2023.05.3
-
第24回:「愛はかげろう」(雅夢)と「世情」(中島みゆき)~これぞサステナブルな【枯葉進行】
2023.05.18
-
第25回:浜田省吾「ラストショー」の歌い出しに「きゅん」とする最大の理由とは?
2023.06.5
-
第26回:「いとしのエリー」のサビが一番有名な「きゅんメロ」になった理由
2023.06.25
-
第27回:Official髭男dism「イエスタデイ」をJ-POPの真打ちにしたコードとは?
2023.07.11
-
第28回:「そして僕は途方に暮れる」(大沢誉志幸)を名曲にした「きゅんメロ解決」とは?
2023.08.1
-
第29回:モーニング娘。「LOVEマシーン」が世紀末の日本を盛り上げた理由
2023.08.19
-
第30回:これぞ日本最高峰の「きゅんメロ」~薬師丸ひろ子「Woman “Wの悲劇”より」
2023.09.6