【連載】スージー鈴木 きゅんメロの秘密
スージー鈴木
昨年、ちょっとした話題となった曲です。
──── ♪ まるで僕らはエイリアンズ 禁断の実 ほおばっては
「エイリアンズ」作詞・作曲:堀込泰行
2022年5月6日に放送されたテレビ朝日「『関ジャム 完全燃SHOW』ゴールデン2時間SP」で発表された「令和に活躍する若手アーティストが選ぶ最強平成ソング BEST30」において、この曲は、並み居る大ヒット曲を抑えて、何と2位に輝いたのです。
1位:宇多田ヒカル「Automatic」
2位:キリンジ「エイリアンズ」
3位:サザンオールスターズ「真夏の果実」
4位:フジファブリック「若者のすべて」
5位:SMAP「世界に一つだけの花」
6位:BUMP OF CHICKEN「天体観測」
7位:椎名林檎「丸ノ内サディスティック」
8位:宇多田ヒカル「First Love」
9位:ORANGE RANGE「ロコローション」
10位:Official髭男dism「Pretender」
話題となったのは、要するに“「エイリアンズ」の順位、高過ぎなんちゃうんか?”ということなのですが、選んだのが「令和に活躍する若手アーティスト」なので、音楽家としての視点、つまりは通好みの視点が入ったのでしょう。
確かに「エイリアンズ」は凝っている。通好みと思う。でも、です。私に言わせてみれば、その論評はちょっと食い足りない。っていうか、「エイリアンズ」の良さはめっちゃわかりやすい──だって、サビが「きゅんメロ進行」だもの。
この曲は、都会的でもあり、それでいて実はかなり大衆的でもある
“ほんまか?”ということで、ス式楽譜に起こします。はい、まごうことなき「きゅんメロ進行」、それも「後ろ髪コード進行」なのですから、少なくともこのパートは、わかりやす過ぎる。
確かに、このパートを挟んだ前後は、かなり凝っています。maj7(メジャーセブンス)やm7(マイナーセブンス)やaug(オーギュメント。いつか説明します)など、込み入ったコードを多用していて、いかにもソフィスティケートされた都会的な雰囲気です。
ですが、サビのいちばん大事なところで「きゅんメロ進行」が出てくることで、この曲全体に「きゅん度」(≒ベタ度)が増して、大衆性も獲得できている。
だから、この曲は、都会的でもあり、それでいて実はかなり大衆的でもある。つまりは都会的(シティ)かつ大衆的(ポップ)──「シティとポップ」なのです。今流行りの「シティポップ」ではなく「シティとポップ」!
都会的な響きを決定づける「ミ」の音
では次にメロディを見ていきます。ス式楽譜に記した通り、このサビのメロディの主役は「ミ」の音です。薄いブルーをかけたところをご覧ください。「ミ」が全体を天井のように覆っています。
で、この「ミ」の音ですが、山下達郎が多用する都会的なコード=maj7(メジャーセブンス)の響きを決定づける音なのです。
具体的には、前回もお見せした、冒頭の【Fmaj7】の鍵盤図を再度ご覧ください。この赤い音を入れることで、普通の【F】が【Fmaj7】になるのです。そして、その赤い音こそが「ミ」の音。
ということはですよ、この「ミ」は、都会的な響きを決定づける都会的な音ということになります。そして、この「ミ」が全体を覆っているサビ、特に冒頭【Fmaj7】をバックに「 ♪ まーるーでー」(ミーミーミー)と歌われるところは、めっちゃ都会的!ということになる。
で、ありながら、このサビのメロディは、ペンタトニック・スケール(五音音階)という、ド・レ・ミ・ソ・ラという五音だけでできているのです。言い換えるとファとシが出てこない。上のス式楽譜をよーくご覧ください。
このペンタトニックとは、世界各国の民謡や、日本で言えば演歌で使われるシンプルかつ大衆的、さらに言えば土着的な音階なのですが、それが「めっちゃ都会的!」と両立している。
ということは、さっき同様、サビのメロディ自体も、都会的(シティ)と大衆的(ポップ)=「シティとポップ」を両立している。何と。
一見、垢抜けた「シティポップ」という感じを持つ人も多いかもですが、その本質は「“シティ“と”ポップ”」が両立している。そこに、この曲の真価があるのです。わかります?
というわけで、もし関ジャムで、「令和にそれほど活躍していない老いぼれ評論家が選ぶ最強平成ソング BEST30」という企画があれば、私をぜひ呼んでいただきたい。ただ、その場でも私は、「エイリアンズ」に一票投じるかもしれません。そしてこう、うまいこと言(ゆ)うたりたいですね。
──「この曲は、シティに対して、ポップという名のエイリアン(異星人)が攻めてくる物語なのです」
本コラムの執筆者
スージー鈴木
1966年、大阪府東大阪市生まれ。ラジオDJ、音楽評論家、野球文化評論家、小説家。
<著書>
2023年
『幸福な退職 「その日」に向けた気持ちいい仕事術』(新潮新書)
2022年
『桑田佳祐論』(新潮新書)
2021年
『EPICソニーとその時代』(集英社新書)
『平成Jポップと令和歌謡』(彩流社)
2020年
『恋するラジオ』(ブックマン社)
『ザ・カセットテープ・ミュージックの本 〜つい誰かにしゃべりたくなる80年代名曲のコードとかメロディの話〜』(マキタスポーツとの共著、リットーミュージック)
2019年
『チェッカーズの音楽とその時代』(ブックマン社)
『80年代音楽解体新書』(彩流社)
『いとしのベースボール・ミュージック 野球×音楽の素晴らしき世界』(リットーミュージック)
2018年
『イントロの法則 80’s 沢田研二から大滝詠一まで』(文藝春秋)
『カセットテープ少年時代 80年代歌謡曲解放区』(マキタスポーツ×スージー鈴木、KADOKAWA)
2017年
『サザンオールスターズ 1978-1985 新潮新書』(新潮社)
『1984年の歌謡曲 イースト新書』(イースト・プレス)
2015年
『1979年の歌謡曲 フィギュール彩』(彩流社)
2014年
『【F】を3本の弦で弾く ギター超カンタン奏法 シンプルなコードフォームから始めるスージーメソッド』(彩流社)
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