【連載】スージー鈴木 きゅんメロの秘密
スージー鈴木
令和の今は、日本音楽史上初の「きゅんメロ黄金時代」!?
この連載も、人知れず10回を超えましたので、あまり古い曲ばかりではなく、新しい曲を取り上げて、若い方を狙ってみたいと思います。
実は「きゅんメロ進行」、現代の若い音楽家の中でも大流行していまして、っていうか、令和の今は、日本音楽史上初の「きゅんメロ黄金時代」を迎えているのです。
その代表がYOASOBI。別名「YOASOBI進行」と言っていいくらい、彼(女)らは「きゅんメロ進行」を多用します。そもそもYOASOBIが世に出るきっかけとなった「夜に駆ける」(2019年)の歌い出し《♪ 沈むように溶けてゆくように》からして「きゅんメロ進行」でした。
今回取り上げるのは「群青」(2020年)です。昨年の紅白で感動的なパフォーマンスを見せたあの曲も、ここぞというところで「きゅんメロ進行」を使っています。
──── ♪ 感じたままに描く 自分で選んだその色で
「群青」作詞・作曲:Ayase
「おくれ毛コード進行」でエモさが増す!
今回と次回、2回にわたって、「群青」の凝りに凝ったコード進行とメロディを分析してみたいと思います。1回目の今回は、この曲が、厳密に言えば「きゅんメロ進行」でも「後ろ髪コード進行」でもない、言わば「おくれ毛コード進行」を使っているという事実を説明します。
何だよ、おくれ毛って。
髪の毛の横や後ろから、ふわふわふわーっと垂れ下がっている、あれを「おくれ毛」と言います。私が込めた意味は、「後ろ髪」ほど、強く引っ張られていないけれど、そこはかとなく後ろに広がっているという微妙な感じです。
具体的には、
「きゅんメロ進行」:【F】→【G】→【Em】→【Am】
「後ろ髪コード進行」:【F】→【G/F】→【Em】→【Am】
「おくれ毛コード進行」(新!):【F】→【G】・【G/F】→【Em】→【Am】
要するに2小節目のベースの動きが違うんですね。「きゅんメロ」と「後ろ髪」の中間。動く「きゅんメロ」に動かない「後ろ髪」。その中間で、途中から動く「おくれ毛」。
ベースの動きを図示するとこうなります。で、言いたいことは、この赤矢印、2小節目の途中でソ→ファ→ミと下がっていくのが、実にエモい!
また演奏してみました。「群青」のサビを2度繰り返しているのですが、1回目は普通の「きゅんメロ進行」、2回目は「おくれ毛コード進行」。後者のほうが、何というか今風でYOASOBIぽくって、そしてエモいことがわかるはず。
2回目の演奏動画の1~2小節の鍵盤図がこちら。《 ♪ かんじたままに》の《か》を、上段赤丸=「ド」の音で歌ってください。そして、下段赤丸の移動が、エモさの根源なのです。
ス式楽譜ではこんな感じ。まず音域が広く、天を突き刺すような上昇音形を何度も何度も繰り返します。これでもか・これでもかと、忙しく動くメロディ(それを正確なピッチで歌えるikuraの歌唱力にも注目)をベースがエモく支える。そういう構図です
今回は以上です。「きゅんメロ」でも「後ろ髪」ない「おくれ毛」、ちょっとした工夫なのですが、そんな小さな工夫が積み重なって、YOASOBIの楽曲の人気を盤石にしているのだと思います。では次回、今回取り上げた箇所に続くメロディを見てみます。さて、どんなコード進行でしょうか。どんな毛が映えているのでしょうか。
本コラムの執筆者
スージー鈴木
1966年、大阪府東大阪市生まれ。ラジオDJ、音楽評論家、野球文化評論家、小説家。
<著書>
2023年
『幸福な退職 「その日」に向けた気持ちいい仕事術』(新潮新書)
2022年
『桑田佳祐論』(新潮新書)
2021年
『EPICソニーとその時代』(集英社新書)
『平成Jポップと令和歌謡』(彩流社)
2020年
『恋するラジオ』(ブックマン社)
『ザ・カセットテープ・ミュージックの本 〜つい誰かにしゃべりたくなる80年代名曲のコードとかメロディの話〜』(マキタスポーツとの共著、リットーミュージック)
2019年
『チェッカーズの音楽とその時代』(ブックマン社)
『80年代音楽解体新書』(彩流社)
『いとしのベースボール・ミュージック 野球×音楽の素晴らしき世界』(リットーミュージック)
2018年
『イントロの法則 80’s 沢田研二から大滝詠一まで』(文藝春秋)
『カセットテープ少年時代 80年代歌謡曲解放区』(マキタスポーツ×スージー鈴木、KADOKAWA)
2017年
『サザンオールスターズ 1978-1985 新潮新書』(新潮社)
『1984年の歌謡曲 イースト新書』(イースト・プレス)
2015年
『1979年の歌謡曲 フィギュール彩』(彩流社)
2014年
『【F】を3本の弦で弾く ギター超カンタン奏法 シンプルなコードフォームから始めるスージーメソッド』(彩流社)
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