【連載】スージー鈴木 きゅんメロの秘密
スージー鈴木
「日本で一番有名なきゅんメロ」=「いとしのエリー」
今回は、第26回にして、いよいよ「日本で一番有名なきゅんメロ」をご紹介します。はい、泣く子も黙るサザンオールスターズ「いとしのエリー」(1979年)です。
──── ♪ 笑ってもっとBaby むじゃきにOn my mind
「いとしのエリー」サザンオールスターズ 作詞・作曲:桑田佳祐
とは言っても、これまでの25回をずっと読んでこられた奇特な読者の方でさえも、「いとしのエリー」に「きゅんメロ」があるということを認識していた人は多くないのではないでしょうか。
メロディがどうこう、コードがどうこうというより、そもそもがもう「日本で一番有名な音楽」のような曲なのですから、あれこれ細かく分析して聴かれることが少なかったように思います。
でもス式楽譜をご覧ください。サビはまごうことなき「きゅんメロ進行」になっています。
●ス式楽譜①
「いとしのエリー」のサビを分析していきましょう!
では、このサビを細かく見ていきましょう。まず印象に残るのは、①の跳躍です。この跳躍、幅は4度なので、実はそんなに大した跳躍ではありません。ただ、この曲、キーがDで、《♪ Ba(by)》のソの音が、実音ではAと、なかなかに高いので、聴き手の耳に突き刺さるのです(もちろん若き桑田佳祐のしわがれ声が、突き刺しのインパクトをさらに高めます)。
次に、ちょっとテクニカルな話になりますが、②の音に注目してください。コード【Dm7】(レ・ファ・ラ・ド)をバックにしたミの音になっています。これ、つまり9th(ナインス)の音なのです。
9thはすでに何度か出てきました。例えば第19回、渡辺美里「My Revolution」の歌い出しでは、コード【Fmaj7】(ファ・ラ・ド・ミ)をバックに歌うソの音が9thだと説明しましたね。
【Fmaj7】と【Dm7】、コードは違うけれど、同じく9thの、つまりはコードと食い違った、コードの上でちょっと浮いているような引っかかりのある音で歌うこと。これが「My Revolution」と「いとしのエリー」に共通するポイントなのです。
鍵盤図で説明しましょう。根音のレからちょうど9度の位置にあるミという個性的な音で、《 ♪ わらっ(て)もっ(と)》と歌うからこそ、あのサビが印象に残ったのです。
9thほどではありませんが、③の《 ♪ むじゃきにOn(my mind)》も9thの一段下の7thの音になっていて、こちらもそれなりに引っかかりがある。
続くパートでは④の跳躍が効いていますね。①ほど高音ではありませんが、幅は5度なので①よりも大きいものとなっています。
──── ♪ 誘い涙の日が落ちる
「いとしのエリー」サザンオールスターズ 作詞・作曲:桑田佳祐
●ス式楽譜②
つまり、「日本人みんなが知っている」と言っても過言ではないであろう、あのサビは、「きゅんメロ進行」を使いつつ、《 ♪ わらっ(て)もっ(と)》の9th、《 ♪ むじゃきにOn(my mind)》の7th、そしてふたつの跳躍のシャウトによって生成されたのです。
以上、「日本で一番有名なきゅんメロ」の生成過程を見てきました。ですがやはり、メロディがどうこう、コードがどうこうという話は、ワンオブゼムという感じがしますね。先に書いたように。若き桑田佳祐のシャウト力や、あと、ちょっと変わった歌詞の力も、「日本で一番有名なきゅんメロ」化に大きく貢献しているでしょう。
桑田佳祐の作品は、最終的に「よくわからないけどすごい」
私が思うのは《誘い涙の日が落ちる》という歌詞の凄みです。そもそも「誘い涙」って何だ? さらに「誘い涙の日」って何じゃ? よくわからないけれどすごい。
あと、ここのメロディにはめられる2番・3番の歌詞、《みぞれまじりの心なら》、《泣かせ文句のその後じゃ》……「涙」も含めて、「みぞれ」、「泣かせ」と、全部湿ってる! うーむ、よくわからんけれども、すごいすごい。
そうなんです。『桑田佳祐論』(新潮新書)という本を書いたくらい、私は桑田佳祐作品をかなり研究してきましたが、最終的には「よくわからないけれどすごい」という結論に尽きるような気がします。悔しいけれど。
そして「きゅんメロ進行」や9th、跳躍のシャウト、湿った歌詞、その他、よくわからないあれこれが一緒くたとなって、一億人にとっての“いとしの「いとしのエリー」”となったのです。
本コラムの執筆者
スージー鈴木
1966年、大阪府東大阪市生まれ。ラジオDJ、音楽評論家、野球文化評論家、小説家。
<著書>
2023年
『幸福な退職 「その日」に向けた気持ちいい仕事術』(新潮新書)
2022年
『桑田佳祐論』(新潮新書)
2021年
『EPICソニーとその時代』(集英社新書)
『平成Jポップと令和歌謡』(彩流社)
2020年
『恋するラジオ』(ブックマン社)
『ザ・カセットテープ・ミュージックの本 〜つい誰かにしゃべりたくなる80年代名曲のコードとかメロディの話〜』(マキタスポーツとの共著、リットーミュージック)
2019年
『チェッカーズの音楽とその時代』(ブックマン社)
『80年代音楽解体新書』(彩流社)
『いとしのベースボール・ミュージック 野球×音楽の素晴らしき世界』(リットーミュージック)
2018年
『イントロの法則 80’s 沢田研二から大滝詠一まで』(文藝春秋)
『カセットテープ少年時代 80年代歌謡曲解放区』(マキタスポーツ×スージー鈴木、KADOKAWA)
2017年
『サザンオールスターズ 1978-1985 新潮新書』(新潮社)
『1984年の歌謡曲 イースト新書』(イースト・プレス)
2015年
『1979年の歌謡曲 フィギュール彩』(彩流社)
2014年
『【F】を3本の弦で弾く ギター超カンタン奏法 シンプルなコードフォームから始めるスージーメソッド』(彩流社)
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