【連載】スージー鈴木 きゅんメロの秘密
スージー鈴木
第30回:これぞ日本最高峰の「きゅんメロ」~薬師丸ひろ子「Woman “Wの悲劇”より」
一種の奇跡とも言える、日本一美しいメロディ
この『きゅんメロの秘密』もいよいよ30回。これまで29個の「きゅんメロ」の秘密を暴いてまいりました。
というわけで今回は、第30回記念として、日本で一番美しい「きゅんメロ」を分析してみたいと思います。いや私、実はこの曲のメロディは「日本一美しいメロディ」だとも思っているのです。さらには一種の奇跡とも──。
その曲の名は、薬師丸ひろ子「Woman “Wの悲劇”より」(1984年)。まずはこのサビを聴いてみてください(1:08あたりから)。
── ♪ ああ時の河を渡る船に オールはない 流されてく
「Woman “Wの悲劇”より」薬師丸ひろ子 作詞:松本 隆 作曲:呉田軽穂
一聴してみて、「あぁ、とてもきれいなメロディだな」と思われるはずです。しかし、心のどこかで、ちょっとザワっとするというか、不思議な読後感が残りませんか?
作曲したのは呉田軽穂(松任谷由実)。数々の傑作メロディを作ってきたユーミンですが、彼女の作品としても、このメロディは最高傑作のひとつだと、私は思っています。
では、どのあたりが傑作で、かつザワっとするのでしょうか。ス式楽譜をご覧ください。
伴奏にない音の使用=ちょっと不協和音にも感じる=ザワッとする
まずコード進行は【Dm7】→【Dm7/G】→【Cmaj7】→【Am7】。ひとつ目の【Dm7】は【F】の代理和音、【Cmaj7】は【Em】の代理和音です(これまでに説明した内容です)。
で、本来なら【G7】となるところが【Dm7/G】になっています。これは、第20回:オフコース「Yes-No」の繊細でパステルカラーなきゅんメロで紹介したコードです。
【Dm7】→【Dm7/G】→【Cmaj7】を「繊細でパステルカラーなニューミュージック終止」と名付けましたね。それが「Woman “Wの悲劇”より」でも、「きゅんメロ進行」の代理として、まんま使われています。下画像は上リンク記事で引用した、オフコース「Yes-No」のコード進行。《 ♪ きみのこと》の《き》が赤丸鍵盤の音。
「Woman “Wの悲劇”より」のス式楽譜に話を戻すと、問題は、前半【Dm7】→【Dm7/G】、つまり【Dm7】という「レ・ファ・ラ・ド」というコードをバックに、「ミ」という伴奏にない音が歌われているということなのです(ス式楽譜①)。つまりは、ちょっと浮いている感じがする。ストレートに言えば、ちょっと不協和音。
後半【Cmaj7】→【Am7】も、それぞれ「ド・ミ・ソ・シ」「ラ・ド・ミ・ソ」という伴奏にない「レ」という音で歌われている(ス式楽譜②)。つまり、こちらもちょっと浮いていて、ちょっと不協和音。
だから、大げさに言えば「ずっと外れた音で歌っている」ということになるのです。でも、その外れ方が美しい響きを醸し出し、またその反面、ちょっと不協和音にも感じて、ちょっとザワっとするということなのです。
鍵盤図で表わすと、まず前半はこんな感じ(緑の●は左手、青の●は右手として)緑にも青にもない「ミ」という音(赤の●)で歌われています。
同様に後半も(左手省略)、青にない赤い「レ」という音で歌われる。
驚くべき歌詞とメロディのマッチング!
そして驚くべきは松本隆による歌詞とのマッチングです。《 ♪ ああ時の河を渡る船に オールはない 流されてく》。そうなんです。歌われているのは「河」の上に浮かぶ「船」なんですね。ということは、ここで、浮いている音と浮いている船がマッチングする!
とにかく美しく繊細な曲なのです。こんな難しいメロディ、歌のヘタな歌手が歌ったら、ザワザワ度が一気に高まって、落ち着かなくなることでしょう。逆に言えば、薬師丸ひろ子が超一流シンガーだったからこそ、この曲は成立するのです。日本一の「きゅんメロ」、いや、日本一のメロディとして──。
本コラムの執筆者
スージー鈴木
1966年、大阪府東大阪市生まれ。ラジオDJ、音楽評論家、野球文化評論家、小説家。
<著書>
2023年
『幸福な退職 「その日」に向けた気持ちいい仕事術』(新潮新書)
2022年
『桑田佳祐論』(新潮新書)
2021年
『EPICソニーとその時代』(集英社新書)
『平成Jポップと令和歌謡』(彩流社)
2020年
『恋するラジオ』(ブックマン社)
『ザ・カセットテープ・ミュージックの本 〜つい誰かにしゃべりたくなる80年代名曲のコードとかメロディの話〜』(マキタスポーツとの共著、リットーミュージック)
2019年
『チェッカーズの音楽とその時代』(ブックマン社)
『80年代音楽解体新書』(彩流社)
『いとしのベースボール・ミュージック 野球×音楽の素晴らしき世界』(リットーミュージック)
2018年
『イントロの法則 80’s 沢田研二から大滝詠一まで』(文藝春秋)
『カセットテープ少年時代 80年代歌謡曲解放区』(マキタスポーツ×スージー鈴木、KADOKAWA)
2017年
『サザンオールスターズ 1978-1985 新潮新書』(新潮社)
『1984年の歌謡曲 イースト新書』(イースト・プレス)
2015年
『1979年の歌謡曲 フィギュール彩』(彩流社)
2014年
『【F】を3本の弦で弾く ギター超カンタン奏法 シンプルなコードフォームから始めるスージーメソッド』(彩流社)
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