【連載】スージー鈴木 きゅんメロの秘密
スージー鈴木
今回は「きゅんメロ進行」で踊ってみましょう。実は、このコード進行、ダンスとの食べ合わせがいいのです。それもかなりイケイケなダンスと。というわけで、今回に限っては「きゅんメロ進行」を「イケイケダンス進行」と言い換えます(注:「イケイケ」とは「ノリノリ」の80年代的表現)。
確認ですが、「きゅんメロ進行」=「イケイケダンス進行」は【F】→【G】→【Em】→【Am】。この場合、キーは【C】なのですが、コード進行に【C】は入っていない。
もし【C】が入れば、曲がそこで終わりという感じがするのですが(終止感)。それがない。だから、延々と続いていく感じがして、その感じは、延々とイケイケに踊り続けたいというダンスフロアの気持ちとピタッと合致するのです。
日本において「イケイケダンス進行」が大流行したのは、1980年代中盤のこと。具体的には1986年、マイケル・フォーチュナティ「ギブ・ミー・アップ」(Give Me Up)という曲がディスコで大流行りしたことがキッカケです。
「ギブ・ミー・アップ」(Give Me Up)動画はこちら!
この動画は2018年版ですが、コード進行は原曲と変わりません。ほら、延々と「きゅんメロ」……ではなく、「イケイケダンス進行」が続いていることがわかるでしょう。
そして、この曲の影響下に作られたと言われる、翌87年のバナナラマ「アイ・ハード・ザ・ルーマー」(I Heard a Rumour)も大流行。この曲も、これでもかこれでもかと「イケイケダンス進行」を繰り返します。
「アイ・ハード・ザ・ルーマー」(I Heard a Rumour)動画はこちら!
「アイ・ハード・ザ・ルーマー」の制作に絡んだのが「ストック=エイトキン=ウォーターマン」というソングライターチームで、成功に味をしめたのか、この後に彼らは、カイリー・ミノーグ「ラッキー・ラヴ」 (I Should Be So Lucky)、リック・アストリー「トゥゲザー・フォーエヴァー」 (Together Forever)など、「イケイケダンス進行」を使ったヒットを量産するのですが。
さて、そんな「イケイケダンス進行」ブームを、日本の職業作家が黙って見ているはずがありません。1987年、天下の筒美京平が、このコード進行で、最高のダンスチューンを作り上げます。それが──少年隊「ABC」。
発売が1987年の11月ですから、「アイ・ハード・ザ・ルーマー」の直後、そして「ラッキー・ラヴ」、「トゥゲザー・フォーエヴァー」の直前というタイミングです。
驚くべきは、変化に富んだコード進行が求められがちな日本の歌謡界において、「イケイケダンス進行」をとにかく延々と繰り返す展開でヒットしたという事実です(オリコン1位、25.4万枚)。
おそらく、サビのキュートなメロディも、ヒットに貢献したことでしょう。ここでス式楽譜。
《 ♪ ABC ABC》の《 ♪ファソラッ》、《 ♪ ファソラッ》の繰り返し、そして、二段目の《 ♪ ラーミ》、《 ♪ ラーミ》の繰り返し。《 ♪ ファソラッ》と上がって《 ♪ ラーミ》と下がる。緊張と弛緩のメカニズムとでも言うのでしょうか。
鍵盤図は、いつものとおりです。冒頭の《 ♪ Love ! 》をラ(A)の音(赤丸)で歌ってみてください。
今回も、私自身が演奏した動画をご用意しました。「ギブ・ミー・アップ」→「アイ・ハード・ザ・ルーマー」→「ABC」の順で、ヘタくそな歌を披露しています。それにしても「ストック=エイトキン=ウォーターマン」の「アイ・ハード・ザ・ルーマー」よりも、「松本隆=筒美京平」の「ABC」のほうが、ぜんぜんイケイケやんと思うのは私だけ?
私も少しだけ出ている『令和の少年隊論』(アチーブメント出版)という本の中にある、元・ジャニーズの音楽プロデューサー=鎌田俊哉さんへのインタビューが実に面白い。その中に、この「ABC」の話が出てきます。
実は、「イケイケダンス進行」だけで1曲作りたかったのは、鎌田氏の意向だったようで、その自分の意向に沿って彼は、筒美京平に何と6曲も書いてもらったそう。
何度も何度も書き直させる鎌田氏に対して、巨匠は、「僕にこんなに曲の書き直しをさせるのはあんたしかいないよ。あんたは腕を切ったら緑の血が流れるだろう、ヘビ男!」と激怒したと言います。
激怒しながらも、さすが筒美京平、なかなかにクリエイティブな表現が文末に入っているのが、そこはかとなく面白いのですが。でも、激怒された甲斐もあって大ヒット。
また、曲を聴いた山下達郎が、「鎌田、あれはいいよ。メジャーの循環コードで押しまくる。おまえは日本のアイドルを変えているよ」と褒めてくれたらしいのです。
山下達郎には、「イケイケダンス進行」で作ってアン・ルイスに提供した「恋のブギ・ウギ・トレイン」(1979年)という曲があり、それがオリコン89位に留まった経験があったことから、「ABC」の凄みが、十二分にわかったのでしょう。
筒美京平の激怒から、山下達郎の激賞へ。地獄と天国をつないだものは、そう、「イケイケダンス進行」なのです。
本コラムの執筆者
スージー鈴木
1966年、大阪府東大阪市生まれ。ラジオDJ、音楽評論家、野球文化評論家、小説家。
<著書>
2023年
『幸福な退職 「その日」に向けた気持ちいい仕事術』(新潮新書)
2022年
『桑田佳祐論』(新潮新書)
2021年
『EPICソニーとその時代』(集英社新書)
『平成Jポップと令和歌謡』(彩流社)
2020年
『恋するラジオ』(ブックマン社)
『ザ・カセットテープ・ミュージックの本 〜つい誰かにしゃべりたくなる80年代名曲のコードとかメロディの話〜』(マキタスポーツとの共著、リットーミュージック)
2019年
『チェッカーズの音楽とその時代』(ブックマン社)
『80年代音楽解体新書』(彩流社)
『いとしのベースボール・ミュージック 野球×音楽の素晴らしき世界』(リットーミュージック)
2018年
『イントロの法則 80’s 沢田研二から大滝詠一まで』(文藝春秋)
『カセットテープ少年時代 80年代歌謡曲解放区』(マキタスポーツ×スージー鈴木、KADOKAWA)
2017年
『サザンオールスターズ 1978-1985 新潮新書』(新潮社)
『1984年の歌謡曲 イースト新書』(イースト・プレス)
2015年
『1979年の歌謡曲 フィギュール彩』(彩流社)
2014年
『【F】を3本の弦で弾く ギター超カンタン奏法 シンプルなコードフォームから始めるスージーメソッド』(彩流社)
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