
【連載】「理論・感覚・考え方も磨くヴォーカルトレーニング」
tOmozo
目次
“深い”や“太い”だけが正義ではない
tOmozoです。第64回で一挙紹介した「音色シリーズ」は以下のトピックで詳細解説を進めています(‘ω’)ノ。
(1)“明るい”を作る3つの作業
(2)“深い”を作るふたつの作業
(3)音色の4系統分類表
(4)鼻音量で“マット”を作る
(5)雑音量で“ノイジー”を作る
(6)もとの声質:ハスキーとシルキー
(7)ミックスボイス:ソフトとハード
今日は(3)の詳細解説になります。まずは「音色の4系統分類表」とは以下のものになります。

表の見方
①縦軸:「喉頭位置」は「共鳴量」とほぼ同義
縦軸は「喉頭(喉仏)」の上下位置を表わします。「喉頭下げ」をすると「共鳴腔」が広がることで「共鳴」が響きやすくなり、「喉頭上げ」をすると共鳴量は減ります。両者はほぼ同義ですが、喉頭下げはあくまで空間を広げるだけの準備であり、そこに共鳴量を充満させられるかどうかはまた別の話になります(“歌声が良く響く”銭湯ですが、たとえ空間が広くても、もし窓が空いていたら響きは外に逃げていく、のと一緒です)ので、必ずしも「喉頭下げ=共鳴生成」とはなりません。
実際に喉頭が下がった音色と、共鳴が充満した音色には違いがあり、身体感覚も変わります。そしてたとえ喉頭を上げていても、狭い空間に共鳴を充満させようとする感覚は大事です。この違いについては今回解説する余白がないので割愛します。
②横軸:「吐息量」は「声門閉鎖」と反対要素
横軸のポイントは要は“息混ぜ声にするか否か”です。つまりウィスパーボイスやファルセットですね。声門閉鎖圧が強ければ声帯は閉じますので息が漏れづらくなります。この両者は反対要素です。ですが、『声門閉鎖』と思っていると直接的な動作による過剰閉鎖から”悪い地声“を招きかねませんので、声門閉鎖は「倍音」と置き換えて考えてください。それが下の③になります。
③横軸:「声門閉鎖」は「倍音量」とほぼ同義
上記②の理由により、声門閉鎖を「倍音」と置き換えることで、「歌声成分5つ」のうち3つ、“サラッと”の「吐息」、“ウェット”の「共鳴」、“キラッと”の「倍音」が出揃うことになり(残るふたつは「鼻音」と「エッジ」)、より直感的に“音色いじり”ができるようになります。料理の味付けをお好みで変えるような感覚で取り組んでみましょう(‘ω’)ノ。
4系統の出し分け練習
4つのブロックに分かれていますので、練習するときは4つのルートを抑えるとすべてのバランスをシームレスに渡り歩けます。

ではひとつずつやっていきましょう(‘ω’)ノ。「吐息」、「共鳴」、「倍音」の3つの成分の生成方法と、「喉頭上げ&下げ」の動作についてはこれまでの連載で詳しく解説していますので割愛します。
(1)「喉頭上げ≒共鳴量少」で「吐息⇔倍音」の移行練習
一番“はじっこ”の極端な発声を心掛けましょう。なるべく喉頭を上げて取り組みます。声区で言い換えるとウィスパーボイスからチェストボイスへの移行練習になりますが、そもそも声区分類には喉頭位置の条件は含まれていないため、このように音色のアプローチから練習することにはすごく意味があるのです。
“薄い”から“鋭い”のイメージが一番練習しやすいと思います。実際のレッスンでは”アホっぽい音色“と伝えると皆さんよく理解してくれます(笑)。
5段階とか10段階に分けて区別できるのも重要ですが、グラデーションでやってしまったほうが迷いなく発声できると思います。
(2)「倍音量多」で「喉頭位置≒共鳴量少⇔多」の移行練習
次は(1)の練習の到着点の音色から、喉頭を下げていきます。倍音量は多いまま=声門閉鎖圧は強いままで移行します。深い共鳴の中で声門閉鎖を強めるのは結構難しい作業になります。“鋭い”から“太い”のイメージが一番適しています。
クラシック/声楽に求められるのがこの到着地点になります。ノーマイクで一番音圧を出せる発声だからです。
(3)「喉頭下げ≒共鳴量多」で「倍音⇔吐息」の移行練習
続いて(2)の到着点の音色から、だんだんウィスパーにしていきます。“太い”から“深い”を経由して“鈍い”のイメージです。深いウィスパーは輪郭がぼやけてハッキリしない質感になります。
広い共鳴腔を大量の息が抜けていくため、最も吐息成分がダダ洩れになりやすいバランスです。そんなときには「抵抗圧」を用意してください(これも執筆済)。
(4)「吐息量多」で「喉頭位置≒共鳴量多⇔少」の移行練習
最後は(3)の到着点の音色から、だんだん喉頭上げをしていきます。最大限のウィスパーをしながら“鈍い”から“薄い”に移行させると、表をぐるっと一周することができます。
これで4系統の一番“はじっこ”の音色を作る全行程は終了です。感情的な側面は含めずに、客観的に音色がどういう状態か、を示すイメージの作り分けでした。どれだけ音色を明確に作り分けられるかのクオリティは、それぞれの成分生成や動作がどれだけ的確に極端にできるかにかかってきます。
どこまで作り分ける?
上記の練習ではグラデーションでやりましたが、似たようなイメージでもニュアンスの違いを“ある程度”は作ることができます。たとえば(3)の練習ルート上にある“鈍い”は「喉頭下げ」×「吐息」、“深い”は「喉頭下げ」×「共鳴」、”太い“は「喉頭下げ」×「倍音」、の組合せによる音色と言えます。
上記に隣接する“暗い”、“重い”、“厚い”、も発声バランスのニュアンスを変えれば作り分けを試みることはできます。ですが、ここまでの作り分けは意味があるでしょうか?
言語化意味ある?
表中に置かれたイメージの“○○い”はあくまで参考値です。これらは人によってかなり印象差があるので、ここまで細分して言語化すること自体は無意味とも言えます。ですが大事なのは、これを目安として物理的に音色の差をシームレスに作ることができるということです。
歌い手が“深い”つもりで歌ったとて、聴き手が“エモい”などと感じているようなことはごく普通であり、これを完全にコントロールすることは不可能なのです。
歌の印象は音色だけじゃない
なおさら、歌に対する印象というのは何も「音色」だけに抱くものではありません。同じ音色であってもフレージングや音程の揺らし方、音量による差、音域による差、そもそも楽曲が持っている雰囲気、歌い手の立ち居振る舞いなどによってその印象はまったく!変わるものです。それによって“儚い”や“かわいい”、“暑苦しい”や“まがまがしい”など、感情を伴った複雑な印象がようやく生まれてくるのです。連載の初期に執筆した「歌い方シリーズ」でもいろいろなパターンをデモンストレーションしました。
練習あるのみ!
なのでここでは形容詞のイメージに囚われずに、機械的に/物理的に練習したほうが良いとさえ思います。自分の歌声や演技が『どういう印象になるか』は「表現力」次第なのです。今回練習した中からどの音色を使うのか、だって『何をどう表現をどうしたいか』の計画にすべてかかってきますので。発声はあくまで音楽や演技をするための“道具”なのです。
以上“言語化ニキ”からの忠告でした。
次回予告
とは言いつつ、次回は(4)鼻音量で“マット”を作る、をお届けします(‘ω’)ノ。
本コラムの執筆者

tOmozo
岩手県田野畑村出身。独学で中学1年の時にピアノ演奏、高校時代から作曲を始める。北海道教育大学大学院音楽教育専修修了。在学時から札幌の自宅で音楽教室を開く。2016年より岩手県盛岡市にてNoteOn音楽指導部を立ち上げ、ヴォイストレーニングだけでなく、ピアノ、作曲などのレッスンを行なっており、各SNSでは演奏やレッスンのコンテンツを投稿している。芸能プロダクションでのトレーナー経験があるだけでなく、作曲、編曲の仕事もしており、TV番組やCMソングなども担当。
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