
【連載】「理論・感覚・考え方も磨くヴォーカルトレーニング」
tOmozo
目次
ミックスボイスについてあれこれ
tOmozoです。「声区シリーズ」は「声区融合」「ミックスボイス」の核心部分に突入しました。前回は「声の裏返り」の対処法の1つが「ソフトミックス」を完成させることを解説しました。
今回はそれに続いて「ハードミックス」について解説しようと思いましたが、『そもそもミックスボイスとは?……』についてまだ言及していませんでしたので、まずは意識を調えるための予備知識について紹介します(‘ω’)ノ。
ボイトレを頑張っていると、ついつい発声の良し悪しだけに気を取られがちです。この連載も長らく「発声シリーズ」についてやってきましたが、ここで「表現」に立ち返ってもらうための話もし、ミックスボイスについての“正解”について考えていただければと思います。
ミックスボイスの捉え方あれこれ
ミックス用語整理
まず「声区融合」と「ミックスボイス」の言葉の違いを簡単に整理しておきます。結論から言うとほぼ同じものではありますが、場面によっていろいろなニュアンスを含みます。
まず「声区融合」というと、地声区から裏声区までを滑らかに繋ぐ“動作”のことを指します。一般的に低音域は地声に、高音域は裏声になりやすく、その境目を「換声点」と呼びます。言い換えると“裏返りやすい/裏返したくなるポイント”です。この換声点の存在を、聴覚的にも身体感覚的にも分からないようにする作業が声区融合です。これは融合“前”の話です。
これに対して「ミックスボイス」とは「声区融合(ボイスミックス)」の動作によって生まれた発声の“結果”を指します。地声区と裏声区が混ざった結果、声区は明瞭な区別が付かなくなります。これは融合“後”の話です。
ここで考えておきたいのが声区の分類数についてです。
混乱を招く声区数論
ボイトレマニア界隈ではしばしば『声区はチェスト、ファルセット、ヘッドボイスの3つだ』とか、『声区はミックスボイスの1つであるべきだ』という議論が勃発します。これは声区の分類を“融合前と融合後、どちらで捉えているか”という問題がまずあります。(これについては第40回の補足版「○○ボイスの分類「声区表」がたくさんある例と理由と使い方」でも解説しています)

ですがそもそも、“音楽表現的に見たときのゴール”と“発声学的に見たときのゴール”が違う、ということを大前提に置けばこんな不毛な議論は起こりません。
発声学 vs 音楽表現
まず、発声学的に見れば一番習得が難しく“優れている”のが、この「ミックスボイス」です。ミックスボイスを手に入れると全ての音域を“自由に”歌うことができます。
ただし、実際の歌唱表現においては音色変化がかなり重要な要素です。つまり、力強い重厚感が個性のチェストボイス、ウェットな共鳴の響きが個性のヘッドボイス、吐息感が個性のファルセット、それぞれが“上手い歌”の立派な材料になるということです。

“上手い歌”を、“巧い歌”と“美味い歌”に分けて考えてみましょう。
“巧い歌”より“美味い歌”
上記について考えてみると、発声学的に優れているミックスボイスが均一に聴こえてくる歌唱よりも、楽曲に合わせていろいろな地声・裏声を操っている歌唱の方が歌唱表現的には自由で優れていると言うこともできるのです。それから“極上のミックスボイス!だけど棒読みの歌唱……”を想像してみてください。この点で見ても、歌の上手さに必要なのは発声の完璧さよりも「表現」の方であることは言わずもがなです。(これに関しては第3回でも解説しました)
ここで「表現」についてまとめつつ、ミックスボイスを考えてみます。
「表現テクニック」まとめ
考え方としては「表現」は目標・指針みたいなものであり、それに基づいてどういった「抑揚」を付けるのか、という構図になります。(表現テクニックついては第4回から第5回にわたって紹介しました)
①音量と変化:弱く、だんだん強く、消えるように、など
②音高と変化:しゃくり、フォール、ビブラート、など
③音色と変化:ウィスパー、明るい暗い、深い浅い、など
④時間と変化:テンポ、リズム、グルーヴ、など
「○○表現」まとめ
これらの抑揚を付けるテクニックを、メロディに合わせてやるのが「音楽表現」で、リリックに合わせてやるのが「歌詞表現」です。作詞作曲が他者ならば、まずはこれら「楽曲表現」が必要です。もし楽曲が自作曲ならばそこに「自己表現」が自然と含まれることになります。楽曲が描いているものが誰かの気持ちなら「感情表現」、風景なら「風景描写」など、表現のアプローチもさまざまです。
ボイトレは手段であって目的ではない
発声というものは、あくまでこれら表現をするための1つの道具に過ぎません。この際「発声が完璧なミックスボイスであるかどうか」というのは、極論で言うならば“どうでもいい”のです。その歌を楽しめる“味”があればそれでいい、という言い方ができます。
もし“発声コンテスト”があるならば、その正解は「発声学上良いかどうか」に視点が置かれることになり、この場合は“巧い”歌を目指すべきです。
“巧い歌”より“美味い歌”を目指すならば、声区の分類は「音色/声色」の引き出しと捉え、ミックスボイスも含めていろいろな声を出せるようになりましょう。(この点においては筆者は多声区論者です)
全部ミックスボイス
あくまで“広く捉えるならば”ですが、「ウィスパー⇔ファルセット」や「ファルセット⇔ヘッドボイス」などの中間色も「ミックスボイス」と呼ぶことができます。音色/声色のパレットを増やすためには、各声区間の移動・融合も、そして各声区の個性の強調・独立も、自由にできるようになるべきです。1つの絵を描くのにビビッドカラーもパステルカラーも必要になるのと一緒ですね。
このように「音色」という側面で見ていくと、ミックスボイスについても「地声5:裏声5」というような完璧な配合量(これは例え話であって実際は異なります)だけでなく、いろいろなバランスで存在していて良いんだ!というのが見えてきます。

次回予告
ということで次回は、ミックスボイスをいろいろなバランスで作るためのアプローチを大きく3つ紹介します(‘ω’)ノ。これはそのままミックスボイスの組み立て順序にもなりますよ。
3つのミックスアプローチ
(1)換声点ミックス
(2)ソフトミックス
(3)ハードミックス
本コラムの執筆者

tOmozo
岩手県田野畑村出身。独学で中学1年の時にピアノ演奏、高校時代から作曲を始める。北海道教育大学大学院音楽教育専修修了。在学時から札幌の自宅で音楽教室を開く。2016年より岩手県盛岡市にてNoteOn音楽指導部を立ち上げ、ヴォイストレーニングだけでなく、ピアノ、作曲などのレッスンを行なっており、各SNSでは演奏やレッスンのコンテンツを投稿している。芸能プロダクションでのトレーナー経験があるだけでなく、作曲、編曲の仕事もしており、TV番組やCMソングなども担当。
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