【連載】「理論・感覚・考え方も磨くヴォーカルトレーニング」

tOmozo

第55回:「声の裏返り」の段階的対処法①~ソフトミックスの完成へ~

2025.02.26

“悪い地声”の対処をしつつソフトミックスに

 tOmozoです。「声区シリーズ」は「声区融合せいくゆうごう」「ミックスボイス」の核心部分に突入しました。今回は「声の裏返り」について、その原因と改善のためのアプローチと、「ソフトミックス」の完成へ向けた調整方法を紹介します(‘ω’)ノ。

声が裏返る状況

 総じて「声の裏返り」が発生する時は、以下のイラストのように地声と裏声がそれぞれ独立していて、差のある発声バランスになっています。

【声の裏返りにまつわる発声バランス】
【声の裏返りにまつわる発声バランス】

 この状態では、例えばチェストボイスからスライドで登っていくと換声点を境目にして急にファルセットもしくはヘッドボイスになります。

①声の裏返り ②ミックスボイス

 そこで「地声には裏声成分を混ぜ、裏声には地声成分を混ぜることで両者の違いを無くし、換声点付近で段差ができないようにする」のが「声区融合/ボイスミックス」の作業です。

 まずここで一番問題になる発声バランスは、地声区であるチェストボイスが「喉詰のどづめ声」や「張り上げ声」などの“悪い地声”になっていることです。


“悪い地声”と声区融合

 チェストが“悪い地声”になっていると、各所に負荷がかかったまま換声点かんせいてん(地声裏声の境目)を越えて突き進む形になってしまい、声帯に大きなダメージを与えます。
 この場合声区融合どころの話ではなくなるので、まずもって“悪い地声”を「裏声の材料3つ」を駆使して改善します。共鳴きょうめい」「吐息といきそして鼻音びおんです。この3つで“悪い地声”を薄めながら、最低限、換声点を境目にして地声と裏声が住み分けができている“フラットな状態”を目指していきます。
 裏声自体が満足に出せない状態の方は、まずは地声でこの3つの成分の練習をすることで裏声発声の練習になります。

【悪い地声の中和剤になる裏声成分3つ】
【悪い地声の中和剤になる裏声成分3つ】

ボイトレに万能薬はない

 「共鳴」「呼気」「鼻音」の3つの材料は裏声成分でありながらも、条件によっては地声成分にもなり得えます。“悪い地声”をこれらで対処しようとしても、なかなか抜け出せないケースがあり、その原因は以下です。

裏声成分が地声成分に変わる要因

a. 共鳴の条件の1つである「喉頭こうとう喉仏のどぼとけ)下げ」は“過緊張した重たい声”の原因に
b. 吐息成分は過緊張状態下では余分な「声門閉鎖せいもんへいさの原因に(ベルヌーイ効果による)
c. 鼻音はその延長線上にある「軟口蓋なんこうがい(喉ちんこ)の引き合い」をすると地声成分に

 この条件が重なると余計にこじらせてしまいます。こういったケースは特に男性に多い症状です。

裏声成分のままにする対処法

a. 「喉頭下げ」は筋肉ではなく、まずは骨格で対処する(顎の開け方の工夫など)
b. 呼気成分は共鳴の中で息を漏らすと馴染みやすくなる(温める・湿らせるも)
c. 「鼻にかける」は呼気成分を多くしウィスパーでやると軟口蓋のハリも緩和できる

 このように各発声成分は、筋連動によって他の発声動作と密接に関わり合っています。なので硬くなった“悪い地声”をほどいていくには、この3つの成分を“三位一体”で浸透させようとするのがコツです。焦げ付いた地声を、鼻音でぼやかす、共鳴で溶かす、呼気で散らす、イメージです。

焦らずに裏声メインで慣らす

 “悪い地声”が消え、地声裏声を“フラットな状態”にできたならば、声区融合をするための準備が整いました。この時点で発声材料はある程度揃っていますので、運が良ければミックスボイスになる可能性もあります。
 が、それは稀です。ここで裏声音域まで地声らしくミックスしようとすると、換声点付近で依然として「脱力できるようになったチェストボイス→急な裏声」の状態になるか、「悪い地声→急な裏声」に戻ってしまうことがほとんどでしょう。これまでの発声習慣による感覚の固着が原因です。

 ここで重要な考え方は「裏声からは決して裏返らない」というものです。


裏声からは裏返らない

 地声から無理をするから裏声に返るのであって、もともと裏声の状態からなら裏返りようがありません。ここで取り組むべきは「換声点よりも低い地声の音域さえも裏声で発声できるようになること」です。つまり、音域全部を極力ファルセットとヘッドボイス、そして鼻音メインで発声するということです。
 これにより、パワフルさが無く不完全燃焼感はありつつも、滑らかに声区融合する感覚を掴むことができます。裏声発声が上手ならばこれらはかなり容易に可能です。

【声区融合:ソフトミックスのアプローチ3つ】
【声区融合:ソフトミックスのアプローチ3つ】

材料3つでミックスチャレンジ

 特に、地声音域のウィスパーボイスと、裏声音域のファルセットの発声時における感覚的な違いはほぼ皆無にできます。ヘッドボイスは共鳴によりある種の“重たさ”が出やすいので、極力鼻腔に高く響かせる感覚だけを抽出できるようにします。この2つの感覚も置きつつ鼻音発声をすると、“モニョっ”とした地声か裏声か分からない中途半端な発声になります。これがミックスボイスの素です。
 一般的に「裏声」といえば前者の2つですが、そこに鼻音成分を流しこむことで裏声にはない粘着力・安定力が加わり、これが後に地声成分を吸着してくれることにもなります。

①吐息ソフト ②共鳴ソフト ③鼻音ソフト ④3つ全部混ぜソフト

 ウィスパー・ファルセットは「呼気」が、はヘッドボイスは「共鳴」が、ミックスボイスは「鼻音」がメイン素材です。“悪い地声”を改善するためのアイテムは、直接的に“裏声マスター”になるための武器になります。

ソフトミックスは完成!

 今回の方法で滑らかに声区融合する感覚を掴むことができたらば「声の裏返り」は発生しません。裏声ベースで優しく発声したい楽曲なら、基本的な発声バランス調整はこれで完成!です。これがいわゆる「ソフトミックス」です。あとは「吐息」「共鳴」「鼻音」の3つの配分量を調整して、自分の好きな音色おんしょく声色こわいろにブレンドして歌ってください(‘ω’)ノ。
 地声ベースでパワフルに発声したくば、あとは「地声成分」によって全体を補強していくだけです。


次回予告

 ということで次回は、裏声の音域も地声らしく発声する「ハードミックス」のための補強方法を紹介します(‘ω’)ノ。今回のソフトミックスが安定しなかった方も必見です。

(1)倍音で煌びやかに鳴らす
(2)速い呼気で声帯のフル稼働
(3)エッジボイスで乾かす
(4)筋連動による声門閉鎖で補強する

本コラムの執筆者

tOmozo

岩手県田野畑村出身。独学で中学1年の時にピアノ演奏、高校時代から作曲を始める。北海道教育大学大学院音楽教育専修修了。在学時から札幌の自宅で音楽教室を開く。2016年より岩手県盛岡市にてNoteOn音楽指導部を立ち上げ、ヴォイストレーニングだけでなく、ピアノ、作曲などのレッスンを行なっており、各SNSでは演奏やレッスンのコンテンツを投稿している。芸能プロダクションでのトレーナー経験があるだけでなく、作曲、編曲の仕事もしており、TV番組やCMソングなども担当。

本コラムの記事一覧

その他のコラム

最新情報

ヴォーカルや機材、ライブに関する最新情報をほぼ毎日更新!