【連載】「理論・感覚・考え方も磨くヴォーカルトレーニング」
tOmozo
目次
声区を融合する材料「鼻音」
tOmozoです。「声区シリーズ」は「声区融合」へ突入していきます。今回から数回に渡ってミックスボイス習得のカギとなる「鼻音」を扱い、その効力を実感してもらうための解説と練習メニューをお届けします(‘ω’)ノ。
今回は感覚的・直感的にミックスボイスを誘発できる「鼻音のライン取り」をメインで紹介します。
1.鼻音を使った簡単トレーニング
倍音や共鳴など、他の発声材料をある程度揃えることができているならば、の条件付きになりますが、手っ取り早く声区融合が上手くいく方法を紹介します。
鼻音とは「ん」と「あ」を混ぜた音
まず「鼻音」を音色/声色の面から捉えます。鼻音とは「あ」と「ん」を混ぜた音で、「喉ちんこ(軟口蓋)」を降ろすことによって作ることができます。2つの音を並行して発声するのが重要ですが、今は「ん→あ」の順番になってもかまいません。ここでは直感でチャレンジしてみてください。
声区を駆け上がる「鼻音のライン取り」
今回の本題である「鼻音のライン取り」ですが、鼻音の完成度は“なんとなく”でいいので大体「ん+あ」が掴めたら、“声を流す”場所を意識して発声していきます。この声を流すラインが「鎖骨の上から喉ちんこ周辺を経由して鼻先まで」となります。
イラストのようにイメージしながら、低音域から「スライド/ポルタメント」で発声していきます。 上手く行けば地声裏声の段差を感じずに“ニュルっと”高音域に駆け上がることができます。実際には鼻音生成が完全にできていなくとも、この作業をするだけで声区融合に必要なバランスが整う人が結構います。
サンプル②の失敗例は換声点で若干ガサつき/フラつきが生じてしまった症状です。原因は色々ありますが、集約するとこの「ライン取り」が後ろ気味に傾いたこと=鼻音の感覚不足ということができます。
このように「鼻音のライン取り」が発声バランスの良し悪しに影響を与えるケースが多く見られます。この理由は末尾で触れます。
2.鼻音の情報まとめ
次に鼻音に関する情報を簡単にまとめておきます。
鼻音とは軟口蓋を降ろした音
これまで「喉ちんこ(軟口蓋)」として表現してきましたが、これ以降は的確な表現のために「軟口蓋」で統一することとします。
鼻音生成は軟口蓋を降ろし気味にすることで完成しますが、これが「鼻にかける」ということです。軟口蓋の下を通って口腔に流れた声が「あ」で、軟口蓋の上を通って鼻腔に流れた音が「ん」です。軟口蓋の位置を調整すれば鼻音の割合もコントロールすることができます。
軟口蓋の降ろし方や詳しい情報については以下の記事で詳しく解説していますのでご参照ください。
関連記事:
第13回:「息・鼻が詰まる感覚」の治し方を徹底解説!【歌声が詰まる原因 part3/6】
第20回:「鼻にかける」で粘り気のある歌声に【“抜ける”歌声の改善法 part4/9】
鼻音の役割4つ
(1)鼻音のサウンドを作るため
鼻音の音色は“柔らかさ”“暖かさ”“明るさ”“マットな感じ”を演出できます。こういったイメージ作りにはプラスに働きますが、多くの人がネガティブなイメージを持っている可能性があり、これについては後述します。
(2)軟口蓋の上げ過ぎの中和剤
サンプル②のような軟口蓋の上げ過ぎの直接的な中和剤になります。
(3)発声全体の筋連動のため
鼻音はマルチな効果を発揮します。散りやすい裏声には”とろみ“を付ける片栗粉のような役割を果たし、硬くなりやすい地声には”柔らかいゴム“のような役割を果たします。その結果、裏声地声ともに”柔軟性“が得られるために両声区が接着・融合しやすくなり、ミックスボイスを誘発しやすくなるような効果を持ちます。繋ぎの卵やとろけるチーズに例えたこともありますが、“発声バランスのまとめ役”となります。
発声に関わる筋肉のそのほとんどは連動していて、軟口蓋を降ろすための筋肉はその中心にあると言えます。ここが作動することによって全ての筋肉が正常に稼働する構造になっているため、“発声バランスのまとめ役”というのは、例え話でもなんでもなく発声理論における事実です。
3.鼻音のこと避けてない?
最後に、鼻音に対する認識を変えてもらうための解説をします。
なぜ鼻音は落とし穴になるのか
なぜ多くの人が鼻音にネガティブなイメージを持っているのか?……
軟口蓋が下がり気味の鼻音は、しばしば「鼻にかかった声」として敬遠される傾向にあります。事実、滑舌が悪い声には「鼻声」が含まれるからです。これを避けるように”クリアでパワフルで深い”発声が正義だと信じ、それを目指していると「硬くて大きい声しか出せない」「換声点付近で上手く処理できない」状況に高確率で陥ります。これは”良い声”を出そうとして「軟口蓋」を上げることしかやっていないのが原因です。
こういった場合、”良い声には鼻音が必要である”という意識改革が必要です。ここで重要になるのが、必要なのは“鼻音の感覚”であって、必ずしも“鼻音の音色”ではないということです。これを理解すれば、鼻音にせずに鼻音の効力を利用することができ、意識も変わるはずです。
軟口蓋の「位置と張度」問題
極論ですが、軟口蓋の位置は上でも下でもどっちでも良く、大事なのは「喉ちんこ/軟口蓋の引き合い」です。これまで何回も登場させている筆者提唱の発声アイテムですが、ここでもキーポイントとなります。
クリアで深い発声は軟口蓋が上がっていないと完成しません。この場合は「軟口蓋の位置は高く上げたままでいいから、同時に下げようとする/鼻音生成の力を加える」のが正解です。これでバランスが取れます。
反対に、鼻音が持つサウンドは軟口蓋が下がり気味でないと作れません。この場合は「軟口蓋の位置は下げ気味にしつつも上げる力も加える」のが正解です。軟口蓋は重力によっても下がり気味になることから、力なく降りているだけだと“ふ抜けた”発声にしかなりません。軟口蓋が下がっていたとしても、軟口蓋が引き合いによって張っていればさえ”滑舌が悪い”という印象から遠ざけることができます。引き合いにより倍音生成が行われ、“声のツヤ”が増えるからです(次回実演します)。
今回紹介した「鼻音のライン取り」が『鼻音生成の作業自体が完全でなくても効果が出る場合がある』のはこれが理由です。バランスを取るために“鼻音にしようとする”のが大事なのであり、鼻音の状態が実際に必要かどうかは狙う音色/声色次第です。発声の各バランスを総合的に整えてくれるのがこのラインになります。
次回予告
次回は、この軟口蓋の「位置と張度」問題について、鼻音生成、倍音生成、共鳴生成など、他の発声要素とどういった関係があるのかを実演しつつ、色々な発声バランスを検証する回としたいと思います(‘ω’)ノ。
本コラムの執筆者
tOmozo
岩手県田野畑村出身。独学で中学1年の時にピアノ演奏、高校時代から作曲を始める。北海道教育大学大学院音楽教育専修修了。在学時から札幌の自宅で音楽教室を開く。2016年より岩手県盛岡市にてNoteOn音楽指導部を立ち上げ、ヴォイストレーニングだけでなく、ピアノ、作曲などのレッスンを行なっており、各SNSでは演奏やレッスンのコンテンツを投稿している。芸能プロダクションでのトレーナー経験があるだけでなく、作曲、編曲の仕事もしており、TV番組やCMソングなども担当。
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