【連載】「理論・感覚・考え方も磨くヴォーカルトレーニング」
tOmozo
第52回:鼻音を“敵”にしない!「軟口蓋の位置と張度問題」
2025.02.5
目次
軟口蓋が発声成分に与える影響
tOmozoです。「声区シリーズ」は「声区融合」「ミックスボイス」にへ突入していて、これを叶えるために重要な「鼻音」について扱っています。
鼻音=軟口蓋が降りた音
鼻音とはいわゆる「鼻にかかった音/鼻声」で軟口蓋(喉ちんこ)が降りた/降り気味の状態の音です。鼻音に関する基本情報と、ミックスボイスに対する効果については、前回にて解説しましたのでご参照ください。
鼻音を敵だと思わない
前回は「鼻声」がなぜ敬遠されているかについて「滑舌」の視点から解説し、必要なのは“鼻音の感覚”であって、必ずしも“鼻音の音色”ではない=鼻音にせずに鼻音の効力を利用することができることにも言及しました。今回はこの軟口蓋の「位置と張度」問題も実演します。
鼻音の音色は“柔らかさ”“暖かさ”“明るさ”“マットな感じ”を演出できます。ここでは以下に挙げた発声アイテムとの音色比較や、それぞれを生成する際に必要な発声動作の関係性を解説・実演しつつ、ミックスボイス習得への足掛かりを提示していきたいと思います(‘ω’)ノ。
(1)倍音と鼻音
(2)共鳴と鼻音
(3)吐息成分と鼻音
(4)声門閉鎖と鼻音
鼻音と各発声材料との関係
(1)倍音と鼻音
「倍音」とは“声のツヤ”“声のハリ”として現れる響きの成分であり、これを生成する作業が「軟口蓋(喉ちんこ)の引き合い」です。倍音のサウンドはセミの鳴き声、ブザー、サックスの音色に似ています。
こねた鼻音を引き伸ばすと倍音になる
鼻音生成は何かの生地をこねるような、倍音生成はそれを引き伸ばすようなイメージです。動作でいうと軟口蓋を降ろすのが“生地をこねる”作業となり、軟口蓋を下げようとしつつも引き上げていくのが“生地を伸ばす”作業となります。前者が「鼻にかける/軟口蓋下げ」で、後者が「軟口蓋の引き合い」です。
倍音生成の練習はまず「鼻にかける」を必要としますので、鼻音生成の延長線上に倍音生成がある形となります。ですが、両者は共存も可能です。
倍音と鼻音の共存
鼻音は「軟口蓋がある程度降りていること」が条件ですので、軟口蓋の引き合いをしつつも位置を下げ気味にすれば、倍音が豊かな鼻音を作ることもできます。
これが前回言及した「鼻音なのに滑舌が悪い印象を遠ざけることができる」という発声バランスです。軟口蓋の張り具合と位置は別物なのです。
ミックスボイス習得のコツ
声区融合の練習をする際には、倍音より鼻音を多くした状態で取り組んだ方が平易です。換声点を“ニュルっと”駆け上がれるようになったら、倍音生成を強くするようにして力強いミックスボイスを目指します。
(2)共鳴と鼻音
「共鳴」とはウェットで広がりのある響きの成分であり、これを生成するのが「軟口蓋上げ」「喉頭(喉仏)下げ」などの共鳴腔の拡大と、「daba」「鼻に溜める」などの共鳴腔の充満になります。共鳴の練習にはヘッドボイスで“オオカミの遠吠え”をマネすると効果的です。
共鳴と鼻音は取り合いになる
軟口蓋を上げることで量が増える共鳴と、下げることで量が増える鼻音は、両者が100%ずつ共存することはできません。共鳴量を増やせば鼻音量は減って、鼻音量を増やせば共鳴量は減ります。
お互いが引き立て役
深い共鳴を最大量作りたい場合、軟口蓋は極論上げ切っていてもOKですが、必ず「下げようとする力」も用意することも忘れないでください。この場合も「位置」ではなく「張度」が重要です。鼻音を足す感覚が更に豊かな共鳴を生み出します。
鼻音をメインにする場合も共鳴を用意しようとすることで鼻音がより“美音”になると思ってください。軟口蓋の張り=声のハリです。
共鳴と鼻音はある程度共存できる
完全な共存は無理だとしても“深い鼻音”を作ることはできます。共鳴の仕上がりは喉頭位置も大きな要因です。喉仏は下げつつ軟口蓋を下げれば、深い共鳴と鼻音を共存させているようなサウンドにできます。
ミックスボイス習得のコツ
声区融合の練習をする際には、共鳴を優先させたヘッドボイス寄りのバランスと、鼻音を優先させたチェストボイス寄りのバランスと、2つのアプローチで駆け上がる練習をすると良いです。
(3)吐息成分と鼻音
ウィスパーボイスやファルセットのメイン材料である吐息成分は、鼻音と共存できます。軟口蓋を降ろしたことにより吐息成分が鼻腔に流れるのを実際に体感することができます。
ウィスパーをする場合には鼻音も少し混ぜた方がバランスが取りやすくなります。吐息成分が“歌声を散らす”反面、鼻音が“歌声をまとめる”役割を担ってくれます。
ミックスボイス習得のコツ
ウィスパー・ファルセットにしただけでも容易に声区融合ができますが、これだけは裏声寄りに傾きます。地声らしさをプラスしたければ、吐息も鼻音も共鳴も倍音も混ぜて練習した方が換声点付近のバランスは手っ取り早く完成します。
(4)声門閉鎖と鼻音
声帯を閉じる「声門閉鎖」は、鼻音を意識すると自然に強くなる場合があります。この作用を利用して、地声感を強くしたい場合は『鼻音→倍音→声門閉鎖』の順で徐々にパワーアップを図ってみてください。“悪い地声”の原因となる「直接的な声門閉鎖」の代わりに、軟口蓋で頑張らせる「倍音生成」、その素となるのが「鼻音生成」なので、これが安全な発声の組み立て順となります。
ミックスボイス習得のコツ
声区融合の際には、この「ダイレクトな声門閉鎖」の感覚を暴発させないようにする必要があり、これを統制してくれるのが第49回で紹介した「鎖骨上のせり出し」です。これまでに出てきた発声アイテムを“分量を決めて全部混ぜ”するような作業です。お試しください。
鼻音はマルチアイテム
鼻音を足した結果、もし声門閉鎖が過剰になった場合は、呼気や共鳴などの裏声の成分を多めにしつつ鼻音も混ぜます。鼻音は他の材料の配分量によって地声寄りにさせたり裏声寄りにさせたり、効果を柔軟に変える特性を持っています。
次回予告
次回は「なぜ軟口蓋の張りが重要となるのか」、各筋肉の筋連動の現象を解説しつつ、これによって期待できる「声の裏返り」の改善にも触れたいと思います(‘ω’)ノ。
本コラムの執筆者
tOmozo
岩手県田野畑村出身。独学で中学1年の時にピアノ演奏、高校時代から作曲を始める。北海道教育大学大学院音楽教育専修修了。在学時から札幌の自宅で音楽教室を開く。2016年より岩手県盛岡市にてNoteOn音楽指導部を立ち上げ、ヴォイストレーニングだけでなく、ピアノ、作曲などのレッスンを行なっており、各SNSでは演奏やレッスンのコンテンツを投稿している。芸能プロダクションでのトレーナー経験があるだけでなく、作曲、編曲の仕事もしており、TV番組やCMソングなども担当。
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