【インタビュー】松下優也が挑んだ初の邦楽カバー作。ヴォーカリストとして俳優として培ってきた歌唱の魅力に迫る!

取材・文:藤井 徹(Vocal Magazine Web)

“魂が声に乗って人に届く”ものをやりたい

──それではアルバムの話を。これまでの活動スタイルから考えると、想像しづらいというか、振れ幅が大きいと感じる作品になったと思います。実は以前から邦楽のカバーアルバムを出したかったそうですが、その想いを聞かせてください。

松下 洋楽に影響を受けてきたという話の流れで言えばそうですよね。仕事でずっと歌をやっていたから普段は行くことがなかったんですけど、ここ数年でよくカラオケへ行くようになったんです。そこで好きな洋楽を歌っていても、なんか楽しくないし……と思って、邦楽曲をいろいろ探っていくと、たまに“どハマリ”する曲があるんですよ。そうやって歌っていく中でボキャブラリーや引き出しが増えていったし、歌謡曲も含めて邦楽もすごく奥が深いなと。

そう考えるとアーティストとして表現したいことはYOUYAでやっているから、“シンガー”として表現したいこともあるなと。役者、シンガー、アーティストとして、それぞれにベクトルを変えてね。だから、YOUYAっていう存在がなかったら、このカバーアルバムができていたかどうかわかんないです。“魂が声に乗って人に届く”ものをやりたい。そういう歌を聴いて素晴らしいなと思っていたので、自分でもできたらいいなと思っていたことが、今回実現した感じですね。

──バックトラックが打ち込みではなくて、歴戦のミュージシャンたちがプレイしているのもポイントですね。演奏も良いですし、アレンジが秀逸です。音の隙間というか、空間の使い方が素晴らしい。

松下 本当に超大御所の皆さんで、名だたるアーティストとやってきたミュージシャンの方ばかり。すごく歌に寄り添ってもらってバンドの音を作ってくれました。例えばYOUYAだと先にトラックがあって、それに自分がトップラインをつけることはありますけど、バンドの音作りの最初の段階から入るという経験は初めてでした。でも、ミュージカルをやってきた中で、音楽監督がいろんな人たちと合わせていくのを見ていて、“ああ、楽しいな”と思っていたんです。だから、すごく勉強になりましたし、純粋に楽しかったですね。

──仮歌も自ら入れたそうで。それによりバンドの音が変化した部分もあったでしょうね。

松下 バンドの皆さんには初見の段階から“松下優也の歌”に対して感じたもので演奏してほしかったんです。まだ歌い方も構築されていなかったし荒削りでしたけど、その仮歌はすごく大事でしたね。さらに自分もその演奏を聴いて、エモーショナルを加えてレコーディングしたかった。普段は、“こういうふうに歌おう”と決めるんです。それができたときに、それはそれで良いんですけど、想定した以上の感動というかエモーショナルが大事じゃないですか。表現することって、それは何においても大事だと思うから。

──本当にバンドと歌が一体となった素晴らしいサウンドになってますよね。

松下 ありがとうございます。

──では、ここから1曲ずつ、事前にいただいた松下さんの楽曲コメントを参考に、お話を聞いていきます。1曲目の南佳孝さんの「スローなブギにしてくれ(I want you)」では、休符の使い方がポイントだったそうですね。

松下 本当にマイケル(・ジャクソン)みたいに休符とブレスとか、そういうゴーストノートみたいなのを率先して入れよう。それを我慢しない(で歌う)、みたいなのはありましたね。あとは、この時代の“邦楽の良さ”があるから、ちょっと歌謡曲っぽい歌い回しもありながら。そこの特異性が自分の個性だと思っているので、それは活かせたかな。

──続いて井上陽水さんの「傘がない」。この曲には“R&Bのグルーヴを盛り込んだ”とのことです。実際、2コーラス目に入るとフェイクを使ったりと歌い回しを1コーラス目と変えたりしていますね。

松下 アレンジ自体をR&B寄りにしたかったので、バンドにとっては同じフレーズのループで頭が混乱しそうになったんじゃないかな(笑)。ヴォーカルもだいぶ“R&B歌い”になっていると思いますね。R&Bのグルーヴとは簡単に言えば“休符を歌う”っていうことなんですけど、これもけっこう感覚なんだよなあ(笑)。テクニック的にはフォールするところだったりとか……。全体の雰囲気やテクニックで意識したのはアリシア(・キーズ)ですね。

──なるほど! 続いて玉置浩二さんの「行かないで」ですね。こちらは原曲がすさまじくエモーショナルな曲ですけど、これを表現するうえでの心構えは?

松下 正直、“この曲を選んだら、自分の首を絞めることになるな”っていうぐらい、すごい曲だと思っていたんですけど、それもひとつの挑戦でいいかなと。自分がすごいと思う日本人のヴォーカリストはたくさんいるんですけど、特に好きな人が4人いて、その中で男性ヴォーカリストのひとりが玉置さんですね。自分が思うのは、めちゃくちゃテクニックがあるのに、テクニックを感じさせないエモーショナルなところ。

めちゃくちゃテクニックがある人はいっぱいいるし、逆にエモーショナルで持っていくとか、どっちかの人って大勢いるけど両方持っていて、“完全に一致している人”ってなかなかいない。玉置さんはまさにそれだと思っていて、死ぬほどテクニックがあるのに、それをエモーショナルでしっかり出すから、自分にとってはまったく嫌味がないんです。この曲をやりたいと思ったのも、日本語がわからない外国の人たちがこの曲を聴いて感動している映像を観て、“確かにそうだな。これ言語わかんなくても泣けるわ”と思ったからなんです。

───「最後の雨」(中西保志)は王道のカバー曲ですね。これをあえて選んだのは?

松下 今回のアルバムのディレクターさんは、もともと中西さんオリジナルの「最後の雨」の制作に携わっていたそうで、そういう縁もあってカバーさせていただくことになりました。この曲は、だいぶポップス寄りなんだけど、どこか“古き良きジャパニーズR&B”みたいな雰囲気があると思っていて。それは自分がやらないわけにはいかないな、みたいな(笑)。カラオケ番組でもいろんな人がカバーしているけど、ちゃんとR&Bとして落とし込んでいるのは、意外と少ないんじゃないかな。

──5曲目は「伝わりますか」。ちあきなおみさんが1988年にリリースしていて、作詞・作曲を手掛けたASKAさんは、自身のソロ・アルバムでセルフカバーしています。

松下 ASKAさんも玉置さんと並んで、自分が影響を受けた日本人の男性ヴォーカリストのひとりです。もともとはYouTubeでいろいろ漁っていたときに、ちあきなおみさんが歌っている映像を見つけて、曲がめっちゃいいなと思ったんです。その後、ASKAさんがテレビで歌ってる映像を観たりして。カラオケでよく歌っていたし、いつかカバーしたいと思っていたので、ようやく(実現した)って感じですね。

──次は平井堅さんの楽曲「ノンフィクション」ですね。いただいた資料によれば、この曲は苦戦したとのことですが。

松下 難しかったですね。普通に歌い過ぎるとめっちゃ単調になる。でもオリジナルを聴いてみると、そんなふうには聴こえないんですよ。(Aメロのメロディをタタタタと口ずさみながら)これがずっと続くじゃないですか。意外とこのメロディが難しいんですよ。しかも、あれに色をつけていくのが難しい。カラオケで歌ったことがある人は、たぶんわかると思います。もともと自分はこういう陰(かげ)があるというか、“人のちょっと暗い部分”に視点を当てているものが好きだったりするので、この曲もすごく歌いたいなと思っていました。

──amazarashiさんの作詞・作曲で中島美嘉さんがリリースした「僕が死のうと思ったのは」も同じ流れでしょうか。

松下 中島美嘉さんの歌った曲を最初に聴いたときに衝撃的で、めちゃくちゃ好きだなと。この曲も含めて、セルフカバーしたamazarashiさんのアルバムもしょっちゅう聴いていたんですよ。自分みたいな表に出る仕事をしてても、そういう仕事じゃなくても、やっぱり疲れているときこそ、こういう曲を聴きたくなるときがあるというか……。自分も支えられていた部分もあった。そういう思い出があって、すごく好きだったんですよね。自分のバージョンも含めて、いろんな方がカバーしているので、そのときの気分で、聴く人が自分に寄り添ってくれそうなバージョンを聴いてもらえたらいいなと思って歌いましたね。

──続いて森山直太朗さんの「生きてることがつらいなら」ですね。アルバムの前半がどっちかと言うとシンガーのテクニックだったり、歌唱力の部分を重視しているとしたら、後半は、わりと死生観について感じさせる楽曲を選んでいる感じがします。この曲もそのひとつだと思うんですけど。アルバム全体の展開では、どのように考えていたのですか?

松下 順序で言えば、曲が集まってから、“あ、俺やっぱりそういうテーマの曲が好きなんだ”っていうことに気づかされた、みたいな(笑)。そういうパターンです。「生きてることがつらいなら」を選んだのは、「僕が死のうと思ったのは」とほぼ同じ理由ですけど、これを歌いたい、自分の歌で表現したいっていうのはあったので。

──この2曲の曲順は並ぶべくして並んだという印象です。

松下 そうですね。この2曲のヴォーカルは、ブロックごとに録るとかではなくて、頭から最後まで“つるっ”と録りました。基本的にこういうタイプの曲はテンションが繋がっていたほうが良いというのがあるので。その中で良いテイクをメインに使った記憶がありますね。

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