秦基博インタビューpaintlikeachild

【インタビュー】秦 基博、最新ALと歌のルーツを語る。Recマイク一覧、喉のケア方法も掲載〜『Paint Like a Child』〜

2023.03.29

取材・文:田代智衣里(Vocal Magazine Web)

秦 基博が、7thオリジナルアルバム『Paint Like a Child』を完成させた。数々の映画、ドラマ、CMのテーマ曲を作り、楽曲提供でも名を轟かせる秦が今回のアルバムで表現したかったのは、“音楽を本当に自分の中で解き放ち、楽しむこと”。言葉と音と歌から、その真意を受け取っていただきたい。

またステージドリンク、喉のケア、生活リズムなどの気になるヴォーカルケアも教えてくれた。さらに「歌の質感をどう録音するかは新しくトライしている」と語る秦が、今作で使用したマイクも楽曲別に掲載する。

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18歳〜20歳前後の頃には、なんとなく自分の歌い方ができていた

──Vocal Magazine Web初登場ということで、まずは“声”についてお聞きします。自分の声に特徴があるなと感じたことはありますか?

 自分の声に特徴があると思ったのは、デビューするタイミングでした。「鋼と硝子でできた声」というキャッチコピーがついたんですけど、それで“何かそういう特色があるのかな”と自覚した感じでした。もちろん、自分の歌声が持っている表情は自覚していたんですけど、それがすごく特徴的なものだとはあんまり思っていなかったですね。

──デビュー前のライブで、声に関するコメントをもらうことはありましたか?

 特別声質に対して何か言われたことはなかったかもしれないですね。そもそも全然お客さんがいなかったから、言われること自体が少なかったのもあるんですけど。でも、声質というよりは歌の表情だったり、高音域と中低域で響きの色合いが変わるということは、当時出ていたライブハウスのオーナーの方が言ってくださっていました。

──「F.A.D YOKOHAMA」のオーナーの橋本さんですね。当時、橋本さんが“歌がうまいね、練習してる?”と聞いたら、“練習していない”と答えていたというエピソードもありますが、当時はどんなふうに日々歌っていたのでしょうか。

 練習というものをどう捉えるかだと思うんですけど、僕自身は当時とにかく歌ってはいましたね。それを練習というふうには捉えていなかったんですけど、いわゆる発声練習とかヴォイストレーニングみたいなことはしてなかったです。20歳前後のライブハウスに出るような時期よりもっと以前の中学生〜高校生の頃は、どなたかの曲をコピーして歌って、その方の曲を歌うことで模倣したりとか。ニュアンスもそうですね。

あと、僕自身は歌うことだけじゃなくて、曲を作ることも好きだったんです。コピーすることでコードとかメロディを覚えて、また自分の曲を書いてみたり……というのをひたすらやっていたんですよね。ある意味それが練習だったというか、いろんな方のニュアンスとか歌い方を自分なりにいっぱい入れていくことで、18歳〜20歳前後の頃には、なんとなく自分の歌い方みたいなものができていたんだと思います。

──コピーして歌う中で、自分のスタイルができていったのですね。

 最初は“声を張るときにこうやって張る”とか、“高い声を出すときはこういうやり方をしてる”ってところから始まっていたと思います。例えば僕は、Mr.Childrenやエレファントカシマシを高校生のときに聴いてコピーしていたんですけど、高音の出し方はたぶんその曲を歌うことで自然と真似していたと思います。あとは、トータス松本さんの歌い方で今まであんまり感じたことがない節回しが出てきて、それはブラックミュージックの影響だということをあとで知ったり、ソウルシンガーの方のニュアンスを知ったり。

今、挙げたのはわかりやすい例ですけど、たぶんいろいろなものが蓄積されてきているはずで、僕が聴いてきた方たちも何かを聴いているし、それを自然と自分も感じて真似しているんだと思います。

──ヴォーカリストとして最初に影響を受けたのはどんな人でしたか?

 コピーしてきた皆さんだと思いますけど、最初にギターを覚えたのは長渕剛さんでした。先ほど名前を挙げたような方たちの(ルーツを辿って)、だんだん自分でも音楽を聴くようになりました。例えばトータスさんがサム・クックとか、いわゆるソウルシンガーの方をリスペクトしているのを知って、そういう方たちを聴くようになったりとか。自分で洋楽を聴くようになっていくと、そういうニュアンスも入ってきましたね。

──「F.A.D YOKOHAMA」のオーナー橋本さんが“歌は歌った瞬間に聴いた人のものになる”という言葉を秦さんに贈り、そこから本気で音楽に向かっていくようになったというエピソードもありますが、当時は心境が変わると同時に歌も変化していたのでしょうか。

 “歌った瞬間に人のものになるんだ”って考え方は、聴いてくれる人がいて初めて成立するものだと思うんです。だから人前で歌ったり、音源を聴いてほしいと思う以上は、伝わらないと意味がないってことだと思うんですよね。そうすると、じゃあ伝えるためにはどういうふうにすればいいのか。

例えば歌詞を書いたり、メロディを作ることから始まるんですけど、自分がイメージした音や景色を伝えるためにはどういう言葉がいいのかな、どういうメロディがいいのかなって考えるのと一緒で、どう歌えば伝わるんだろう?と考えていく。ただ自分だけが思い描いているものを自分の中だけで成立させればいいという考え方とは、やっぱり歌い方は変わってくると思いますね。

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