【インタビュー】さかいゆうが語る、歌声の個性と『CITY POP LOVERS』。“「SPARKLE」は何百テイクも歌いました”

取材・文:田代智衣里(Vocal Magazine Web)

一番好きな音楽は70年代〜80年代に固まってるので、そこから攻めてみようかなと

──『CITY POP LOVERS』は初のカバーアルバムとなっていますが、アルバムとして制作することになったのはどんな経緯だったのですか?

さかい 僕は佐藤竹善さんのカバーアルバム『CORNERSTONES』がものすごく好きで、いつか竹善さんみたいな名カバーアルバムを自分のキャリアで作れたらいいなと思ってたんですけど、今回がそのタイミングでしたね。

オリジナルアルバムが2019年、20年、21年にとんとん出て、さあ、次はライブアルバムかカバーアルバムかどっちだって話をして、カバーアルバムにしました。ライブ(アルバム)だと、やっぱり人のエネルギーも必要なんですよね。いいライブアルバムは歓声も残るから、今は状況的に残せそうにないなと思ったので、リモートでもできるカバーアルバムかなと。

──選曲は邦楽になったのですね。

さかい いつか洋楽もやりたいんですけど、今回は邦楽にしたかったんです。最初は1950年代、60年代、70年代、80年代、90年代と聴いていって、ゲスの極み乙女とかちょっと気になってる2010年代から現在、2000年代、90年代と遡って。それぞれの年代でEPを作ることも考えたんですけど、そんな状況でもないなぁと。自分が一番好きな音楽は70年代〜80年代に固まってるので、そこから攻めてみようかなと思いましたね。

──今回レコーディングはリモートで行なわれたのですか?

さかい それぞれが別宅で、オールリモートですね。それは強みでもあって、限られた時間の中のスタジオワークスと違うところだと思います。

──ヴォーカルはどこでレコーディングしましたか?

さかい ほぼ自分のスタジオで録りました。夜な夜なシティポップを爆音でかけながら、自分の声色を決めてましたよ。

──自分のスタジオ以外でレコーディングした曲もありますか?

さかい 「砂の女」と「夢で逢えたら」ぐらいかな。

──選曲もスタジオで決めたのですか?

さかい そうです。歌ってボツにして、もう1回歌って、その歌に臨むまでずいぶん弾きながら練習しました。これ、弾きながら歌えるかな?とか、ゴソゴソやってました。

──曲順も選曲の時点で決まっていましたか?

さかい 曲順は自分がこういう順番で聴きたいと思うものにしました。だから最後は、「やさしさに包まれたなら」。ボーナストラックを除くと最後なので、そこで眠りに落ちる感じで。

──origami PRODUCTIONSとのコラボレーションはどういった流れで決まったのですか?

さかい 前からorigami PRODUCTIONSとはやりたくて、念願叶ってって感じですね。僕がすごく信頼を預けてる人たちでもあるし、Ovallはデビュー前から付き合いがある人たちなので、今回こうやって形に残せて本当によかったです。

──選曲時点で自分の中でもアレンジのイメージは浮かんでいましたか?

さかい はい。自分が音楽を作っていて、今まで一曲も完成像がわからない曲はないですね。絶対こういう音像になるんだろうなあと思って作っています。

──仕上がってきたアレンジがイメージと違ったり、それはそれで新たな刺激を感じることもありましたか?

さかい そういうこともあります。でも、ぼーっと考えると、絶対これは良くなるなっていう音があるじゃないですか。それは言葉じゃなくて音なので、内容がちょっと変わっても、その音から逸脱したことはないですね。だから音楽を育てようと思ったら、できるだけ自分の中の音像の想像力を豊かにしないといけないから、いろんな音楽を聴くことが一番早いんですよね。

物書きは言葉でものを創造するから、本を読まないと言葉が出てこない。ミュージシャンは音で創造するので、その音がすべて。“こういうふうになる”っていうイメージはしっかりとあって、そこに向かって書く。それはサビから書く人もいれば、クライマックスから書き始めて帳尻を合わせていく人もいるけど、絶対何らかのイメージの断片はあるものですね。

そうではなく例えば“手が動くと勝手に主人公がどんどんしゃべる”みたいな書き方は、三島由紀夫さんが一番近かったのかなと思いますね。でも、三島由紀夫さんみたいな天才ではない常人は、ちゃんとイメージを持ってそこに向かって進んでいく。僕もそっちですね。

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