取材・文:後藤 寛子
ライヴ写真:冨田 味我
ヴィジュアル系っていろんなジャンルの曲をやるから、そこで遊べるんですよ。
──ヘヴィな楽曲に対してのアプローチは昔から変わってきましたか?
逹瑯 そうですね。昔はヘヴィな楽曲にヘヴィな歌を乗せてたんですけど、ヘヴィな楽曲にちょっと抜いたヴォーカルを当てるっていうアプローチもハマるんだなって、ずっとやってる中でだんだん気づいてきました。ただ感情をガンガンぶち込んだら重たくなるっていうわけでもないんですよね。逆にどんどん感情的なところを抜いていって、めちゃくちゃドライに何も感じないように歌ったほうがエモく感じる曲もある。
プライベートなことを書いた歌詞とかだったらグッと入り込むんですけど、世界観が大きいことだったら、がっちり入り込んで歌ってもあんまりリアルじゃねぇなって。当事者だけど当事者じゃないというか、禍中にいるんだけど規模が大き過ぎてあんまりリアルに感じられないんだよなあっていうことは、そのまま表現したほうがリアルだと思います。
──逹瑯さん作曲の曲でいくと、YUKKE(b)さんとの共作曲「NEED」がありますが、サウンドメイクは80‘sな感じで新鮮ですし、歌い方もかなり振り切ってクセを出してますよね。
逹瑯 これはYUKKEの曲と俺の曲が別々にあって。サビがYUKKEの曲から、AB(メロ)が俺の曲から持ってきてくっつけて、リーダーがアレンジしてこうなりました。俺はもともとライヴをイメージして作った曲で。まずリーダーがギャンギャン叫んで、そのあと俺がバトンタッチしてローで入るような掛け合いができたらライヴで盛り上がりそうだなあ、そういう曲をやりたいなあと思って。そこに、YUKKEのグーッと抑えた感じのサビがくる対比がいいですよね。歌詞も、ただライヴをイメージした内容でしかないです。
──ライヴを意識したからこそ、こういう自由な振り切った歌い方になった感じですか?
逹瑯 そうですね。この曲をどう解釈するかっていう中で自然とこうなりました。
──さらに「未来」とバラードでは、歌い上げるんじゃなくてウィスパーな歌い方が新鮮でした。
逹瑯 これも自然にそうなった感じですね。仮歌のときからあんまりニュアンスは変わってなくて、サビはちょっと喉の奥のほうで巻いてるような感じで歌いたいなと思ったのと、Aメロはローのふくよかなところを出すようにリラックスして、距離が近い感じで歌いたいなっていうイメージでした。この曲のサビみたいなアプローチの声の出し方は今までなかったと思いますけど、自然とこんな感じがいいなあと思ってやったので。“新しいことしてやったぜ”とも思ってないし、曲に呼ばれた感じかな。
──レコーディングの進め方が変わったことで試せる範囲が広がったというか、過去のレコーディングと比べてもやっぱり違う感触でした?
逹瑯 1曲1曲と向き合う時間が多かったので、さらに一歩先に踏み込んで、この曲はどうしようかなって考える余裕ができたかもしれないですね。今までのアルバムよりかは、ちゃんとやりたいことができた感覚があるし、満足度が高く仕上げられた気がします。今までは、スケジュール的な問題もあって、“ここで良しとしとくか”っていう部分も少なからずあったんですけど。今回はちゃんとしっかりできたかな。歌録り自体も早かったですね。
──どうやって歌うか迷うとか、歌えなくて行き詰まるみたいなことはなかったですか?
逹瑯 それはなかったです。やっぱり、楽しく歌える環境を作ることとか、そのための余裕を持つことが大事なんだなっていうことですね。ハードなスケジュールで、千本ノック的に“気合だ、根性だ!”ってやるキャリアでもないし(笑)。
──レコーディング全体のムードも良く?
逹瑯 今回は悪くなかったですよ。
──“新体制初”というプレッシャーみたいなものもなかったですか?
逹瑯 逆になかったです。去年のツアー(新体制で初めて廻った『TOUR 202X 惡-The brightness WORLD is GONER』)で、アルバム『悪』の再現をもう一回ちゃんとやろうってやり切れたのもあったと思うんですけど。次のアルバムはもう気負わず、完全に新しくバンドをやる感じなので、リラックスしてやれたらいいんじゃないかなと思って臨みました。気負ってもあんまり良いことないしね。
──そういうムードがすごく伝わってくる作品になっていると思います。技術的な面で言うと、具体的に機材など何か取り入れてみたことはありますか?
逹瑯 俺はもう機材に関してはまったくわからないので。曲ごとに、どんなイメージの声が合うかというのはリーダーに任せてますね。レコーディングのときに、“この曲はこのマイクでちょっと当ててみて”って試して、違ったらまた別のものに変えてみたりして、俺の好みとかはあんまりないです。
──ライヴでのマイクについては?
逹瑯 ライヴでは、歌ってるときのモニターの具合とかで好みはあるけど、そこまでのこだわりはない。“これが合ってるよ”とか、“これが聴こえがいいと思う”って渡されたやつを使う感じです。やっぱり、ライヴだと外の音の聴こえ方をこっちが生で聴くことはできないし、お客さんが入った状態とリハの状態でも変わるし。あと、イヤモニの中に返ってる声も、まず自分の頭蓋骨の中で鳴ってる自分の声と混ざるから、純粋にどんな声をマイクが拾ってるのかはわからない。だから、客観的にジャッジしてもらったほうがいいんだろうなと思ってます。
──あと、バンドでもオートチューンをかけたりするのはもう一般的になってますし、歪ませたりエフェクトをかけて表情をつけることもありますよね。逹瑯さんはいろんな歌い方や声色をご自身で操作しているイメージがありますが、そういう部分に関してはいかがですか?
逹瑯 全然こだわりはないですね。曲に合ってるんだったらそう処理したほうがいいし、歪みがいいんだったら歪み、ディレイかけたいとかリバーブ長めがいいよねとか、空間系が入ってたほうがいいよねっていうんだったらそうだし。
──でも、基本的に声色の変化はご自身で付けられてますよね。
逹瑯 うん。こういう感じで歌ってみてっていう注文もあれば、自分で考えてやったりすることもあります。ヴィジュアル系っていろんなジャンルの曲をやるから、そこで遊べるんですよ。その中でもMUCCって特に楽曲の振り幅が広いから、自然と身に付いちゃった感じですね。