【インタビュー】ヒグチアイ 新作『最悪最愛』から紐解く、歌にしかならないもの(撮り下ろし写真掲載)

2022.03.2

取材・文:鈴木 瑞穂(Vocal Magazine Web)
撮影:HayachiN

シンガーソングライターのヒグチアイが、ニューアルバム『最悪最愛』を発売する。

TVアニメ『進撃の巨人』エンディングテーマとして世界的に大ヒットを遂げた「悪魔の子」を始め、ドラマ『生きるとか死ぬとか父親とか』のエンディングテーマに起用された「縁」、“働く女性”をテーマに3ヵ月連続配信をした「悲しい歌がある理由」、「距離」、「やめるなら今」に、新曲を加えた全11曲が収録されている。それぞれの曲から放たれる力強いメッセージは、自分自身と向き合うきっかけを生み出し、同時に温かく背中を押してくれる。

曲を書く、ピアノを弾く、そして、歌う。ヒグチアイにとって「歌」とはなんだろうか。
ニューアルバムの話を聞きながら、彼女にとっての「歌」を紐解いていく。

「悪魔の子」はそれぞれの心の中にいるもので、私たち人間にもある

──今日はいろいろと質問させてはいただくんですけど、最後に「ヒグチさんにとって歌とは何でしょう」をちょっとでも聞き出せたらいいなと思ってます。

ヒグチアイ お〜。難しいですね。

──まずはTVアニメ『進撃の巨人』のエンディングテーマとして書き下ろされた「悪魔の子」から聞かせてください。世界中のランキングを席巻し大ヒットとなっている状況をご自身ではどう感じていますか?

ヒグチ いや、もう本当に他人事でしかないというか……自分の中では曲を書く、歌を歌う、ピアノを弾くという3つができたときに全部やり切ったなって感じだったので、そこからアレンジをいろんな方にしてもらう段階ではもう自分のものじゃない感覚というか。……すごいなぁ〜っていう、けっこう他人事のように感じてます(笑)。

──周りの方々の反響がすごいんじゃないですか?

ヒグチ 昔よく対バンしてた方が “ずっとそうなると思ってたよ”って連絡をくれたんですけど、“え、今までお金払ってライブに来てくれたことあるのかな”とか“CD買ってくれたことあるのかな”とか考えちゃって、自分のそういう性格の悪いところがいっぱい出た1ヵ月だったかと思います(笑)。

──なるほど(笑)。意外と冷静に受け取ってるんですね。

ヒグチ そうですね。そんなことで(曲がヒットしたことで)自分が変わるわけじゃないと思ってるので。やってきたことはそんなに変わってない。自分は変わってないけど、周りが変わっていくことで変わって見えちゃうこともあるんだなっていうのは、初めて知った経験でした。

それに聴いてくれる人は自分のことをなんとなく印象づけるわけじゃないですか、こういう曲を歌ってて、こういうことを考えてる人だなって。そこに対して自分がそうじゃないのにって思うことがいっぱいありそうだなと思うと、自惚れるより不安のほうが大きいかな。

──曲の歌詞について、“主人公エレン・イェーガーの感情を完璧に再現している”という声をよく目にしますが、実際そういう考えで作ったのですか?

ヒグチ 私はアニメではなく漫画のほうをよく読んでいたのですが、その中で、主要キャラクターの言葉じゃないところから原作者・諫山創さんの言いたいことがいっぱいあるような気がして。言いたいことはどこにあるんだろうっていうのを、かなり冷静な気持ちで書きました。それをエレンの気持ちだとみんなが受け取ったのだとしたら、そうかもしれません。でも、私的にはもっともっと俯瞰して歌詞を書いたつもりです。

──原作で心に残ってる言葉はありますか?

ヒグチ この「悪魔の子」をタイトルにしたのは、ニコロという戦士が“みんなの中に悪魔がいる”と言ってるシーンがあったからなんです。そのシーンがすべてを物語っていると思っていて、悪魔の子はそれぞれの心の中にいるものだから、私たち人間にもあるし、すべての人がそういう悪魔を持ってるっていう。そこが今回の曲のテーマです。

「ここは下げる意味があるのに下げて聴こえなかったら……」微妙な半音やニュアンスにかなり気をつけて歌った

──歌詞では憎む気持ちと愛する気持ち、正義と犠牲といった相反する感情が描かれていて、それが歌唱にも細かく表現されていると感じました。レコーディングはどのように進めたのですか?

ヒグチ レコーディングは部分的に録ったり、最初から最後まで録るっていうのもやりましたけど、難しい歌だなって、自分でも思いました(笑)。

──本当にそう思います。

ヒグチ 難しいですよね(笑)。カバーしてくれている動画もいっぱい観るんですけど、音程については、 “そこはシャープじゃなくてフラットなんだよな”と感じるところが自分の中ではあって、私の伝え方が弱かったのかなと思ったり。でも、私もめちゃくちゃ練習して、何回もやり直して歌いました。(難しい歌になったことは)、曲を作る上での反省点もありましたし、歌い方でももっと(正解が)伝わったらよかったなっていうところもあります。

──ヒグチさんが歌唱で一番チャレンジングだった部分はどこでしょう?

ヒグチ 大変だったのは、Aメロのメロディが、“普通だとここの音はナチュラルでいくべきなのにフラットになっている”というところ。例えば《英雄に近づいた》の《づいた》の音はナチュラルに行くのが普通ですけど、あえてフラット(な音)にしているので、音程を取るのが大変そうだなって(カバー動画を)観て思いました。

──そういうメロディにしたのはどんな意図があったんですか?

ヒグチ 気持ち悪さというか……メロディが気持ちいい行き方だと、内容的にも悩んでない感じに聴こえちゃうというか。もうちょっと混沌とした感じを出そうという意味で、メロディに気持ち悪さ、聴きづらさっていうのを入れているつもりです。

──ほかにも難しい歌唱パートはありますか?

ヒグチ サビ前の《ただただ生きるのは嫌だ》というところは、リズムをつけて歌ったつもりなんですけど、あんまり跳ねて歌わない方もたくさんいたので、そう聴こえるということは、もっと自分がはっきり歌ったほうが良かったのかなとも思いました。

皆さん、楽譜よりももっと微妙なニュアンスで聴いているのかも。言葉に合わせてリズム的には跳ねて聴こえないのかもしれないし、うしろ(バックサウンド)によって跳ねて聴こえないパターンもあるし、歌を聴いている人が、どこを重要視するかによって、聴こえ方も全然変わるんだなっていうのは思いますね。

──いろいろと歌い回しを変えたりしましたか?

ヒグチ 最初にスタジオで練習していたときに、とにかく音程をうまく取ることと、“ここは下げる意味があるのに下げて聴こえなかったらどうしよう”と、そういう微妙な半音やニュアンスはすごく気にして歌っていました。あと、2番でちょっと声にニュアンスを入れていて、怒ってる感じや悲しい感じが伝わるようにと思って練習しました。

──2番の《それならなんで あいつ憎んで〜》のコブシの効いた歌い回しは、本当に憎んでる表情が浮かぶというか、真似して歌いたくなるところです。

ヒグチ わかります(笑)、ここは真似してほしいというつもりで歌っています。曲を作るところから、これはみんな歌いたくなるだろうなっていうメロディを作ってみました。ちょっとクセを入れるといった歌のニュアンスもそうだし、歌を歌ってみたい方に届く歌い方って、なんだろうなというのを考えて録りました。

──インスト音源もDL限定配信されましたよね。カラオケで歌を練習する世界中の方々へアドバイスを届けるとしたら?

ヒグチ なんだろうな、本心は譜面を出してあげたいですよね。本当はこっちのラインなんですっていうのを伝えられたらとは思いますけど、でも好きに歌ってくれてるだけですごく嬉しいです。難しい曲なので、高い低いがあったり細かいところがあったり、好きに歌うだけではどうしようもできないこともあるかもしれませんが、自分で納得するまで歌い込んでもらえたら嬉しいなって思います。

海外の方々もカバーしてくれていて、言葉の発音だって難しいと思うし、本当にすごいなと思います。日本の歌や言葉ってすごく子音が強いんですけど、日本語をしゃべれずとも日本の言葉っぽい歌い方をしていたり、その子音がその国の言葉でも使われているんじゃないかと思うほど上手に発音される方がいて、そういった発見が面白かったです。

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