インタビュー:藤井 徹(Vocal Magazine Web)
森七菜の“女優歌”はオヤジを倒錯させる(笑)。
──この本でスージーさんは、ここまで出てきた方以外にも、数多くのヴォーカリストの「声」や「歌唱」について触れているので、個別に聞いていきたいと思います。まずは「日本のリンダ・ロンシュタット」と評した西野カナさん。
スージー “クセのないうまさ”の人。「私は歌がうまいのよ」っていうアピールをしないうまさが僕は好みなんですよね。そして彼女みたいな“うますぎる人”はオリジナルだけじゃなくて他人の曲で聴きたいと思う。特に我々世代は洋楽を聴いていきたいです。そういう意味で彼女は「日本のリンダ・ロンシュタット」ですね。
──続いて、身体全体を響かせる声量が魅力だという木村カエラさん。
スージー 詳しいいきさつを知らないんですけど、あまりプロフェッショナルなトレーニングとか教育は受けていない気がするんですよ。ただもう抜群に“声が大きい”と思います。野球選手で言えば遠投能力があるっていう。個人的には、この平成の30年間の中で屈指のヴォーカリストだと思いますし、それは個人的な好みでもあります。
──宇多田ヒカルさんは、本書で何回も登場しています。
スージー デビュー直後の “第一期バブル”っていうのが、あの悲しそうに喉を詰めながら歌うヴォーカリストとして評価されたとすると、2016年以降は、作詞、作曲、ヴォーカリストという三権分立がちゃんと効いている。特に2016年の「道」がいい。あの人にしか作れないような、極めてストレンジでミニマルな音楽っていうものを再現するシンガーが、宇多田ヒカルなんです。プロデューサー目線で、あの謎なメロディを歌えるのは自分しかいないっていう構造になってきている。あれはヴォーカリストどうこうと言うよりは、もう違う宇宙にいるような感じですね。
──続いては“50代男性を倒錯した気分にさせる”というmiwaさん。
スージー 私の頭の中では、ジョニ・ミッチェルのカバーをしてほしい女性歌手です。miwaのヴォーカルとか声質っていうのは、すごい魅力があります、僕には。大好きな声ですね。ちょっと表現がやばいかもしれないですけど、やや少年時代の下半身のモヤモヤっていうのを感じるんですよ(笑)。
──次は、“自覚するべきは声の魅力だ”と称した、あいみょんさん。
スージー 上から目線で言わせていただくと“勉強熱心な人”だと思うんですよ。いろんなことに手を出すじゃないですか。「裸の心」のように、吉田拓郎メロディみたいな曲も作るし、平井 堅とのコラボレーションとかも最高でした。彼女の場合、上昇志向と言うよりは、拡大志向っていうんですかね。音楽的な好奇心が清々しい。
少し成功すると周りがちやほやしすぎて、その成功の中に閉じこもり結果として音楽生活が短く終わるミュージシャンが多い中で、ちゃんと自分の音楽世界を広げている感じで、そのあたりはすでに十分に及第点ですよね。今はちょっと拡大志向先行の感もありますが、最終的には声で残る人だと思います。
──では、平成を象徴する歌姫、安室奈美恵さんは?
スージー 素晴らしいヴォーカリストだったので、一回は歌謡曲を歌ってほしかったですよね。当初の小室哲哉のトリッキーなメロディでもなく、後半のわりと洋楽の影響を直接的に受けた音楽でもなく、阿久悠(作詞)、三木たかし(作曲)コンビの「思秋期」(岩崎宏美)のような歌謡曲を聴きたかったと思います。
──DREAMS COME TRUEの吉田美和さん。
スージー 本の中ではわりとクールに書いてるんですけど、やっぱり「大阪LOVER」を聴いて泣いてしまう自分っていうのがいるんです(笑)。あれは“イタリア系の泣き節”って言いましょうか、声がずっと泣いてる感じっていうのは、大滝詠一が言っていたように、やはり“日本人のド真ん中”だと思うんです。だからこそ自作曲以外の曲、それこそ三木たかしのメロディを聴いてみたくなる人ですね。
──Aimerさんは“靄(もや)がかかった声”と表現されています。
スージー “これからの声、コロナ禍の声”ですよね。ややハスキーかもしれませんけど、あの声っていうのは“令和歌謡”という言葉を思いつくきっかけでもありました。UruやMiletを含めて、あの辺のシンガーには歌謡曲的な部分がありますね。キーが短調で、声は独特のこもり方をしている。
──森七菜さんの声には、“ちょっと陰を感じる”と。
スージー あの人はオヤジを倒錯させますよ(笑)。“令和の斉藤由貴”です。ひとまず森七菜のヴォーカルは1回置いといて、2021年の代表的な作品として、松本隆のトリビュート・アルバムがあるんですが、そこで池田エライザが薬師丸ひろ子の「Woman“Wの悲劇”より」をカバーしていて、それが劇的に良いんです。さらに橋本愛も『THE FIRST TAKE』で「木綿のハンカチーフ」(太田裕美)のカバーをしていましたけど、これもいい。
何が言いたいかというと、“女優歌”っていうのか、音楽的にうまいヘタとかよりも、何かもう神が乗り移ったような歌。斉藤由貴も別に歌がうまかったわけじゃないんですね。ただ彼女の歌は、ちょっとヤバい感じまで憑依している雰囲気があった。そういう意味では、森七菜も演技力が“確か&独特”なんですよ。だから演技はもちろん、歌でも彼女は面白いものを作っていくんじゃないですかね。
──女優歌ですか。そういう意味では、菅田将暉さんにも近いものがある気がします。
スージー 男性ではそうですね。あとは“森七菜を使って表現したい”という、優秀なミュージシャンが周りに現われて囲まれていくだろうなという感じがします。
埋蔵量が見えない米津玄師という存在。
──男性ヴォーカリストでは、2017年にスージーさんが言及したのが竹原ピストルさんです。“この声こそが2017年、今年の声”だと。
スージー 僕は野狐禅の時代から好きでね。歌もギターも達者ですし、竹原ピストルは良いと思います。変わらずやってほしいですね、余計なこと考えずに。
──続いて高橋優さん。“強くて金属的なハリのある声”であると。
スージー アーティストとしてのアプローチの仕方とか音楽活動の力強さがいい。ギターを持って、ああいう艶のある声で歌うっていう、まあ一種フォーク的なものっていうのは、やっぱり強いんじゃないですかね。“令和歌謡”ならぬ、“令和フォーク”みたいなのがあるのかもしれません。
──back numberのフロントマン、清水依与吏さん。
スージー ちょうど最近の連載(10月20日発売号)で褒めたんですよ。“NEWニュー・ミュージック”というふうに書いたんですが、「需要と供給の関係が見える」と。しょぼくれた切ない男の恋心を歌うというファンの求める需要に対して、新曲「水平線」で見事に応えている。正直、back numberとファンの蜜月関係の中に僕は存在してないんですけど、そこにプロ意識を清々しく感じるんです。
──先ほどからカバーの話が出ていますが、カバー作の評価も高い宮本浩次さんは?
スージー 誰も言いませんけど、宮本浩次は恐るべきピッチ(音程)感を持ったシンガーだと思うんですよね。カレン・カーペンターとか美空ひばりと並ぶかもしれないくらいだと思います。あの人は個性的な発声で乱暴に歌ってるように見えるという“コスプレ”がうまい。だから昭和歌謡とか昔の曲、特にメロディアスな音域の広い曲を歌うとすごい。最高水準です。
──そして連載中に、米津玄師さんという才能が登場しました。
スージー この本に収められている2015年〜2020年のMVPですね。その声、作曲能力……。どちらかというとヴォーカリストよりも作曲家としての才能がミリ単位で超えてると思うんですけど、まあ、ちょっと今まで聴いたことのない音、コード進行、メロディ。で、極めてメランコリックで、令和歌謡への方向性を一番大きく決定づけた人でしょうね。
──本でも“国語算数理科社会、すべてオール5である“と。
スージー ええ。しかも高いレベルを保ってると言いましょうかね。2020年の「感電」も素晴らしかったですし、今年の「死神」も良かった。ちょっと埋蔵量が見えないです。まだまだ底が見えないぐらい、すごいですね。
──スージーさんの音楽評論家人生的に見ても、その才能は圧倒的ですか?
スージー リアルタイムで接した“桑田佳祐ショック、佐野元春ショック”とかっていうのは自分の人生を決定づけた革命だったんで、なかなか比べられないんですが……。今は客観的に見ているので、努めて分析的に純粋音楽としての新しさっていうところで見ると、ちょっとこの5年間では米津玄師の“ミスターXぶり”っていうのは特筆すべきものですね。