【特集】国内屈指の耳鼻咽喉科ドクターに訊く、本当に必要な「喉ケアの知識:実施編」──渡邊雄介(山王メディカルセンター副院長 国際医療福祉大学 東京ボイスセンター長)

取材・文:藤井 徹、鈴木瑞穂(Vocal Magazine Web)
イラスト:藤井 凜

本当に必要な「喉ケアの知識」(基礎編)は読んでいただけただろうか。

今回の「実施編」でも、再び渡邊雄介先生(山王メディカルセンター副院長、国際医療福祉大学 東京ボイスセンター長)に登場いただいた。
Vocal Magazine Webでまとめた、プロ・ヴォーカリストが実践する「喉ケア」について、より具体的な形で話を聞いてみることにしよう。

目次

プロ・ヴォーカリストの「喉ケア」をチェック!

 今回、渡邊先生に目を通してもらったプロの「喉ケア」をまとめた記事はこちら。


Q. ヴォーカリストとして適切な練習やライブでの水分補給の頻度、水分量は?

A. 15〜30分に一度、ライブならば5〜6曲ごとが適切です。

渡邊 一般的には30分ぐらいの間隔でお猪口1杯程度の水を飲んだほうが良いですが、大きな声を出し続けると水分がたくさん出てしまうので、そのような場合は15分おきぐらいでも良いでしょう。例えばコンサートが2時間だったら4回は飲んだほうが良いですね。ステージで走り回ったり汗をいっぱいかいてシャウトするようなときは、1曲ごとに補給しても良いと思います。本来は15分から30分に一度、つまり5〜6曲ごと(が適切)です。でも、あまり水ばかり飲んでいる姿はカッコ悪いでしょうか(笑)。


Q. 唐揚げを食べると油分で喉がコーティングされる?

A. 油は食道から胃の中に入るので、声帯が守られることはありません。

渡邊 以前、TV番組に出演したときに、タレントさんが「ゴマ油でうがいして喉をケアしている」という話をされていました。残念ながら、これは声にはあまり効果がないのです。また、アイドルの方々がライブ前に揚げ物を買って食べているという話をされていましたが、こちらもあまり声には効果がありません。

もちろん個人差があるので、それで声が出るのであれば続けていただいて構わないのですが、医学的な機序としては、油は声帯に膜を張るのではなく食道から胃の中に入るので、油を飲んでうがいするとか、揚げ物食べるといったことで声帯が守られることはありません。東洋医学では油も良いと書いてあるそうで、ヨガ的な効果はわからないのですが、少なくとも西洋医学の考え方ではそのようなアプローチはあまりしません。


Q. 睡眠時の口呼吸でまねきうる喉のトラブルには、どんなものがありますか?

A. 口呼吸ではゴミや乾燥した空気が入ってしまい、喉を傷めてしまうことがあります。

渡邊 睡眠時の鼻呼吸サポートにグッズを使われている方は多いようですが、これはとても効果があります。口はあくまでも消化器であり食べ物が入るところです。本来はフィルター構造がある鼻が呼吸器なのです。鼻から呼吸すると加湿された空気が声帯や肺に入りますが、口からだとフィルター効果がないので、ゴミも入るし乾燥した空気がそのまま入ってしまいます。それで喉がカピカピになってしまうのです。自分で鼻をつまんでみて口で何回か呼吸をすると、ものすごく喉が痛くなってくると思います。

また、口をテープで塞ぐグッズは良いと思いますが、鼻炎があったりポリープがある人がこれを使用すると危ないので、事前にきちんと耳鼻科で鼻を診てもらうことをお勧めします。


Q. 声のために確保すべき睡眠時間について教えてください

A. 寝ている間に傷ついた声帯がリペアされます。最低6時間は睡眠を取りましょう。

渡邊 睡眠はとても大事で、お肌と一緒で寝ている間に人間の身体はリペアされます。徹夜のあとに目が真っ赤になる現象も乾燥が原因ですが、基本的に声帯も一緒です。寝ている間に傷ついたものがリペアされるので、きちんと睡眠を取りましょう。推奨は7時間以上と言われていますが、ミニマム6時間は寝てください。ただ、それは“細切れでも良い”と言われています。例えば新幹線の東京─大阪間で2時間半寝て、ライブをやって、また3時間半ぐらい寝ると、それで6時間になりますね。その間に作業をしていただいても実は問題ありません。そうでもしないとなかなか忙しい方たちが、まとめて6時間や7時間も寝る時間を確保することは難しいですよね。


Q. 声が起きる、立ち上がるまでどれくらいの時間が必要でしょうか?

A. 声帯のむくみが取れるまで、大体3〜4時間かかると言われています。起きたらシャワーを浴びて血流を良くして発声練習をしましょう。

渡邊 動物のキリンは立って寝ますが、人間は立って寝られないですよね。「臥位(がい)」と言って、身体が横になると血液が顔から喉にも溜まるのです。あまり寝過ぎると顔がむくみますが、声帯も同じようにむくんでいるのです。

寝起きの声ってやっぱりピッチも下がってしまうしエッジが立たないんです。それは、まさに声帯のエッジが立っていないから。むくみが取れるには大体3時間から4時間かかると言われています。立位になってから声を出して、血流を良くしてスリムになってくるまで、そのぐらいかかるのです。

それを加速するため血流を良くするには、起床後にシャワーを浴びながら発声練習をすると、喉も少し早く起きます。ライブ本番が近いとか、声優さんで録りがあるという患者さんには、「シャワーを浴びながら発声練習してください」と言うこともあります。


Q. ヴォーカリストにお薦めの首まわりのマッサージを教えてください

A. ゆっくり30秒ぐらいかけて左右に回す、指の腹を使って喉ぼとけ周辺を左右にストレッチする。舌もしっかりストレッチしてください。

渡邊 いわゆる“青筋が立ったような首の状態”で歌うと、喉がぎゅっと締まって声帯がかなり上にあがってしまいます。声帯のまわりに付いている筋肉は10個、声帯の外に付いている筋肉は数種類あるのですが、それは力を入れると上にあがるような機能が多いのです。上に固定されてしまうと響きが悪くなり艶がなくなってしまいます。ですので、なるべく喉は柔らかい状態にしておくことが大事です。

(お薦めマッサージは)首をゆっくり30 秒ぐらいかけて左右に回します。僕の本にも書いてありますが、指の腹を使って、喉ぼとけ周辺を左右にストレッチをします。こういったことは絶対やったほうが歌いやすいですね。あとはリップロールやタングトリルも効果があります。舌も筋肉の塊なので、硬くなってしまうといろいろなフレーズを歌えなくなってしまいます。首だけでなく、舌もしっかりストレッチしてほしいですね。


Q. 歌う前に控えたほうが良い飲み物は?

A. カフェインが多いもの、甘いものや刺激物は控えたほうが良いです。

渡邊 ヴォーカリストの方のコメントを見ると、コーヒーや炭酸飲料などを控えている方が多いですが、これは素晴らしいと思います。カフェインが多いものは脱水になってしまいますし、甘いものや刺激物は胃酸がいっぱい出てしまいます。歌の上手な方はお腹から歌うので、腹圧がかかります。そのときに胃酸が上にあがって口の中が酸っぱくなり、いわゆる「喉やけ」……「胸やけ」ではなく「喉やけ」を起こします。 日本人の5人に1人は胃酸の逆流があると言われていて、それは食べ物のせいなんですね。ちょっと太るとそうなりますし、更年期以降の女性の場合はさらに増えるとも言われています。


Q. のど飴はどんなものが良いでしょうか?

A. シュガーレスのものが良いですね。食べものではLPSが含まれているものがお薦めです。

渡邊 食品のど飴は、シュガーレスのものは良いと思いますね。口の中を刺激して唾液の分泌を促すのであればいいのですが、やはり血糖値が上がりますし、糖分が高いものは唾液が粘ってしまうこともあります。

医師からもらうトローチには抗生剤入りのものがあります。抗生物質が入っているのは声のためではなくて、喉のためです。なぜなら喉と言ったら「口蓋垂」も喉だし「声帯」も喉です。例えば「口蓋垂」をきれいにしても声は良くなりません。また扁桃腺の腫れをトローチである程度おさめても、声帯はまったく変わりません。ポリープも消えないし、ファルセットも出るようにはなりません。

食べ物では「めかぶ」や「ほうれん草」など、リポポリサッカライド(LPS)が含まれるもの、粘膜の前駆物質になるものが入っている食べ物が良いですね。酢昆布を舐めるのも良いと思います。


Q. ビタミンCと亜鉛を摂取すると良いと聞きましたが、その理由は?

A. ビタミンCは老化の原因であるフリーラジカルを消す作用があります。亜鉛は粘膜を作るミネラルで、不足すると粘膜がカサカサになりやすくなります。

渡邊 ビタミンCは組織の新陳代謝を促し、活性酸素を消す作用があります。また、老化の原因であるフリーラジカルを消す作用があるので、ビタミンCは非常にお薦めです。シミ予防にもなりますしね。これはエビデンスがあるものです。

亜鉛は、基本は粘膜を支えるミネラルのひとつです。ただし、“セックスミネラル”と言われていて、精子の原料だったりするので、たくさん飲むと男性機能が良くなる、精子が濃くなるとも言われています。これもエビデンスがあるので、そこは声というよりは粘膜を作るひとつのミネラルと考えてください。

鉄分や銅分もそうですが、これらは僕たちの身体の中で作れないため、外から入れざるを得ないのです。カキ(貝)やレバーになるのですが、そういったものをきっちり摂っていないと、亜鉛が下がってしまって粘膜がカサカサになりやすくなります


Q. 喉の不調を感じた際に、医療機関を受診したほうが良いという目安は?

A. それまで普通にできていたことが、急にできなくなったら受診してください。できれば、かかりつけの耳鼻科医をもっておくべきです。

渡邊 耳鼻咽喉科の中でも、僕たちみたいな「喉の医者」というのは非常に少ないのですが、みんなアーティストをリスペクトして診るので、正常な状態と思われるときでも受診してください。例えば「2週間後にライブがある、3日後にレコーディングがあるけれど、こういうところが出なくなった」という症状でもいいです。一般の「食べられない」とか「眠れない」という病気とは違うけれど、「ちゃんとできていたことが、できなくなる」……これは病気ですので。

「歌が上手になりたい」……これは診療で上手にはできませんが、例えばこれまでHiCという音が20秒続いていたのが15秒になって、「これではフレーズが歌えない」というのは病気として扱いますので受診していただいて大丈夫ですし、声が出ない原因を早く見つけることが大切です。

プロの歌手であれば、懇意にする耳鼻科医をもっておくべきですね。自分の楽器(声)のことは自分がよくわかっているかもしれないけれど、(自分の声帯を)見たこともないでしょうし、左右あってそれがどういう風に動いているかというのは、やはり診察道具を使って診ないとわかりません。ピアノもちゃんと開けて見ないとわからないわけですから、相談しやすい先生をひとりでも見つけておくと声で気になったときに気軽に相談できてよいと思います。


Q. 2時間コンサートで歌い続けるプロ歌手の方について、どのように感じますか?

A. 純粋にすごいこと。5年、10年の積み重ねがきっちり出るので、若い人も日頃から喉のケアをしてほしいと思います。

渡邊 純粋にすごいことですよ。しかもそれが良いパフォーマンスだったら尚更。プロの方が2〜3時間のコンサートをいい声で歌い続けることはすごいこと。本当に素晴らしいと思います。素人の方がカラオケで何時間も歌い続けるのとは違いますから。

ただ、これは日頃からきちんとケアをしていないと難しいです。例えば、歌番組で20代でリリースした曲を50代、60代になってもちゃんと歌える人と、そうでない人もいらっしゃいますよね。やはり5年、10年の積み重ねがきっちり結果として出るのです。現在ヴォーカルをやっている若い人も、未来のファンを感動させられるよう、十分に喉のケアをしてほしいと思います。

「基礎編」もチェック!


プロフィール

渡邊 雄介(わたなべ ゆうすけ)

山王メディカルセンター副院長
国際医療福祉大学 東京ボイスセンター長
国際医療福祉大学 医学部教授

専門分野:耳鼻咽喉科(喉頭疾患、音声障害、歌声の治療、音声外科)

耳鼻咽喉科学の中でも音声言語医学を専門とする。声帯にできものができる声帯ポリーブや声帯結節から、声帯の形に異常を認めないにもかかわらず音声障害になる機能性音声障害と言われる病気まで、あらゆる声の障害に対して手術および切らずに治す音声治療までを駆使した幅広い診療を行なっている。かかりつけにしている音楽家も多く、プロに起こる音声障害の特殊性をよく理解し、芸術的なセンスも加えて良いパフォーマンスができるように努めている。また、がんやその治療により起こる声帯麻痺(反回神経麻痺)などの音声障害や、飲み込みの障害(嚥下障害)に対しても外科治療やリハビリテーションを行なう、音声のエキスパートである。

(山王病院/山王メディカルセンター 公式サイトから転用)


著書紹介

マスクをするなら「声筋」を鍛えなさい
晶文社/2022年発売
定価:本体1,200円+税/ISBN978-4794973009

『専門医が教える 声が出にくくなったら読む本』
あさ出版/2021年発売
定価:本体1,300円+税/ISBN978-4866672458

『毎日すっきり! のどトレのすすめ(NHKまる得マガジン)
NHK出版/2021年発売
定価:本体600円+税/ISBN978-4148273106

『声の専門医だから知っている 声筋のすごい力 – こけない 老けない よろめかない』
ワニブックス/2020年発売
定価:1,200円+税/ISBN978-4847098857

『フケ声がいやなら「声筋」を鍛えなさい』
晶文社/2018年発売
定価:1,200円+税/ISBN978-4794970701

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