取材・文:藤井 徹(Vocal Magazine Web) 写真:高田 梓
関取 花のニューアルバム『わるくない』が5月7日に発売された。
本作は、デビュー15周年を迎えた今年2月に自身が立ち上げたレーベル「NOKOTTA RECORDS」からの、初となるCDリリースである。
収録された7曲中6曲はバンドアレンジで、岡田梨沙(d/ex.D.W. ニコルズ)、藤原 寛(b/ex. andymori、DOGADOGA)、加藤綾太(g/ex. THE 2)を迎え、骨太なロックサウンドで関取を支えている。
「羽が生えたような」と本人が形容するほど、伸びやかに澄みわたり聴く者の心にスッと歌詞が届いてくるヴォーカルは圧巻で、その歌唱が新たなステージに進んだことがわかる。
独立に向かった心の葛藤、新たな歌への試みなどをじっくりと聞くことができた。
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正直「我が音楽人生に一片の悔いなし」っていう感じ
──改めまして、デビュー15周年おめでとうございます。
関取 花 ありがとうございます!
──デビュー当初、この業界で15年やっていくことは想像できていましたか?
関取 いやいや、まったく。19歳で1枚目を出したときは、これを仕事にしていく覚悟や気持ちがそこまであったわけではなかったですし、普通に大学生をして就職活動すると思っていました。そのあとも「どうしてもミュージシャンになりたい」っていうよりは、「ひとりの人間として豊かになっていくための方法を続けていったら、結果として歌を続けることになった」みたいな感じだったので。「音楽を15年間やってきました!」っていう感覚は良い意味で薄いかもしれないです。
──続けてこられた一番の要因は?
関取 自分を好きになるために時間をずっとかけてきて、ようやく好きになれたなっていうタイミングがあったんです。だから正直「我が音楽人生に一片の悔いなし」っていう感じでもあって。そのタイミングで「じゃあどうする?」ってなったときに、もちろん他の職種に就くことも考えたし、今でも考えるんですけど、せっかくやってきたものを活かして、まだやってないことをやるとしたら、独立してちゃんと音楽業界の仕組みを知ることとか、(アルバムなどの)資料を作ることなど、まずは基礎体力みたいなものを独り立ちしてやってみたいなって思ったんですね。
──独立は何年か前から徐々に考えてきたことだったんですか?
関取 徐々に自分の中の鎧とか枷(かせ)みたいなものが取れていく感覚はあったんですよ。「余計なこと考えなくなったな」とか、「あんまり人からどう見られるかとかを気にしすぎなくなったな」とか。そうやって一個一個ポイポイって捨ててるうちに、「あ〜、どうしよう、自分のこと好きになっちゃったぞ」と思ったのは、本当にここ2年……とか。前のアルバム『また会いましたね』ぐらいのタイミングでなんとなく感じていて。好きな仲間たちと好きな音楽をやる、整った環境もある、みたいな状況で。そこからぼんやりと「このあとどうしよう?」って考えたっていう。
──環境が整っていたのに?
関取 なんか、自分にとっては「これ以上のことはそんなにないかもしれない」って思っちゃったんですよね。長く続けていく中で、私はいろんなお仕事をさせていただいたタイプのミュージシャンであると思っていて。自信がなかった頃は、それこそ誰かに知ってもらうとか、テレビに出てみるとか、数字がついてくるとか、メジャーデビューしてみるとか。「これをやれば物理的に自信が付いた」というか、「自分の立場が可視化される」というか。それによって「自信がついて(自分のことを)好きになれるんだろうな」と思って、いろんなものに挑戦をしてみて……もちろん全部必要な経験で本当に良い人しかいなくて。
それは本当に楽しかったんですけど、でも一番自分が幸せだと感じられるのは、自分の大切な、一緒にやりたいと思えるミュージシャンとか仲間たちと良い音楽を作ることっていうだけだったので。もちろんそれが整った環境があればベストなんですが……これは自分が勝手に考えちゃったんですけど、その環境作りは自分でしている感覚にちょっとなれなくて。やっぱり仕組みを知らないところがあったんです。例えばスタジオがどれくらいの広さで、どれくらいの機材があって、どれくらいのレンタル料になってとか、そういうところから知ったら、もっと別の場所を選んだかもしれない。当事者意識をもっと持ちたいと思ったのが、ひとりになったきっかけでもあります。
──さっき15年間の中で音楽活動をやめようと思ったこともあったというところを、もう少し聞かせてください。
関取 いやもう……何度でも、いつでもありますよ。月に一回くらい来ます(笑)。「もういいかな」とか、それはもう15年間ずっと。「しんどいな」とか、「思ったように結果出なかったな」とか、「なんでこんなに良いライブしたのにお客さん呼べなかったのかな」とか。あとは圧倒的才能に触れたときですよね。私はライブに行くのがいまだに好きで、音楽が仕事になっても本当に手放しで楽しめるところがあって……とはいえ考えちゃうときはあるんですよ。「私だったらこうするな」とか、「これ勉強として持って帰ろう」とか。でもたまにそんなことをまったく考えさせない、良いライブがあるんですよね。そういうものに触れたときは、「ああ、私のやりたいことは、もうこの人がやってくれてるからいいや」って。それは諦めの意味じゃなく、ポジティブな意味で。「こういうライブ後の感動を求めて自分もやってるな」っていう意味で言うと、「もうやっている人がいるから、この世の中に必要なピースはもうあるじゃん」みたいな感覚で、幸せな気持ちでやめたくなるときもあります(笑)。
──それはプロミュージシャンをやめたいという意味ですよね。歌をやめたいとは違うことかなと。
関取 それはあんまりないかもしれないですね。もともと誰かのためにとか、世に出ることありきで曲を書き始めたタイプではなかったので。自分のために初めて曲を書いたときに、外には出せない本音とか蓋をして自分自身も気づかないでいたものが、曲を作って歌うとバーッて出てくる感覚があって。それを続けていったら「自分のことが好きになれるかもしれない」と思ったんですよ。そういう感覚だったので、この先おばあちゃんになって、人前では歌えないなっていう状態……例えば「今の声では違うかな」とかになっても、ひとりでは歌うと思うし。あとは続けられるやり方も、今ってすごく選択肢があると思ってるので、音楽をやめることは考えてないですね。
──また、Vocal Magazine Webの連載が、5月1日の公開分で43回を数えました。そのタイトルの『うたってなんだっけ』の答えは見つかりそうですか?
関取 きっと「なんだろう」って思いながらずっとやっていくんでしょうね。連載が終わるときにも、「結局、歌ってなんだろう」で終わるだろうし、答えは与えなくていいのかなとは思っています。
──たぶん、そういう答えかとは思っていました。ただ、それでも毎回たぐり寄せるヒントを探していらっしゃるじゃないですか。その中で見えてきたものはありますか?
関取 書くたびに気づくんですけど、あえて言葉にするなら「歌って人生だな」と。ゴールがないところも含めて、このひと言でまとまっちゃう気がします。それこそ自分でもびっくりしたことがあって、事務所を離れた2024年の12月から、歌うときの力みがめちゃくちゃ減ったんですよ。どうしても覚えられなかった自分の曲の歌詞も、ふわって歌えるようになって。
あとは、座りでやっていた弾き語りを12月から立つようにしたんです。それまでは座ることで「私のパーソナルスペースはここです」っていうのがないと、ちょっと落ち着かないところもあって、立つとなんか手持ち無沙汰になっちゃうみたいな……。それが自分の当時の環境とも被っちゃう部分があったんですね。与えられた環境はすごく整っているのに、メジャーレーベルに見合うような結果を出せてなかったとも思うし。たとえ「そういうことじゃないよ」って言ってもらえたとしても、自分では「仕事として結果を残してこそ契約させてもらってる身でしょ」って思うところもあるので。やっぱりどこかにそういう気持ちがあったんですよね。ちょっと硬くなったりしていた。それがフワッと取れてから、本当に「羽が生えたような」という表現が一番しっくりくるぐらい声や歌い方の自由度が変わったんです。ボイトレに行ったわけでもなく、逆に過剰に歌わないようにしたことでもなく、ライブ前のスタジオの入り方とか機材も変わってないんですけど。それもなんか最近、本当に人生……だなと思います。
──それと関係があるかはわかりませんが、今回のアルバムは、ほとんど張った声を使ってないですよね。
関取 おお、いくつか媒体さんに取材していただいたんですが、初めてご指摘いただきました。わたし的にはけっこうポイントだったのですが、まだ誰にも聞かれてないと思ってた部分です(笑)。すごい嬉しいです(拍手)。
──おそれいります。順番にアルバムを最後まで聴いて「そう言えば張ってない気がする」と感じたんですが、自然に聴けました。ただ、さっきの力みが消えたという話と関係があるのかなと。
関取 高い声でパーンといくって、ヘンな話「わかりやすくインパクトを残す」みたいな目的だったりもしたんですよ。なので、家でポロポロ弾いて作った状態のデモから、マックスで出せるところに合わせてキーを上げて作っていくのが、レコーディングに向けてやる作業でした。だけど今回は家で作った一番肩肘張ってない状態のトーンで行けるなら、なるべくそれで行きたいと思って。特にここ数年の作品との比較で言ったら、全体的にたぶんマイナス2(全音)くらいなので、けっこう印象も変わるとは思います。
──高く強い声で(聞き手を)説得してやろうみたいなところがないですよね。やっぱりちょっと欲が出たりするじゃないですか、「7曲あるし1曲くらい、そういう曲を入れたほうがいいかな」みたいな(笑)。
関取 わかります、わかります(笑)。でも、今回はなかったですね。自分はもともとそういうのをすごくやりたいタイプではなかったですし、誰かのライブに行っても、歌声でバーンっていうよりは、「今こういう感じなんだろうな」といったムードが伝わって、人生が透けて見えるほうがグッとくるので、私も今回はそういう感じでやってみました。

