
取材・文:小林良介 撮影:星野 俊
楽曲の歌詞に着目し、人気のイラストレーターが自らのフィルターを通してその世界観を絵本として再構築するプロジェクト、”歌詞(うた)の本棚”。その第4弾として2025年7月11日に発売されたのが『深夜高速』だ。
それから2日後の7月13日、渋谷のHMV&BOOKS SHIBUYAにて、作詞作曲を手掛けたフラワーカンパニーズのヴォーカル・鈴木圭介と、イラストレーターの丹下京子による発売記念トークイベントが行なわれた。司会は音楽評論家のスージー鈴木。当日は、今やフラカンの代表曲となった『深夜高速』誕生の話から、互いの作品に対する思い、共に名古屋出身であるふたりの不思議な縁まで、多岐にわたった。
丹下京子が描く人物の“表情”に惹かれた鈴木圭介

イラストレーターを丹下京子に依頼したいと提案したのは鈴木圭介本人であるという話題から、トークはスタート。
「北野武さんの『浅草迄』の表紙の絵が印象に残ってて、名前を調べたら丹下さんで、もしできればということでお願いしたんです」
鈴木はこの表紙に描かれた男性の目つきと猫背な感じ、そして水墨画のような線が良かったと語る。
「私も本当に思い入れのある仕事だったので、それを見ていただけて本当に嬉しいですね」と丹下。また、この北野武の私小説の表紙を描く仕事が来た際は「もう死んでもいいと思うくらい嬉しかった」と語る。
「本が発売になったあと、この表紙を拡大したセットの前でたけしさん本人が絵を指さしながら本のことを語るインタビュー番組があって、それを見たときはもう本当に、“生きててよかった!”って思いました」
「深夜高速」のサビのリフレインである《生きててよかった》の言葉に、会場からは笑いと拍手が起こった。
和やかな雰囲気でトークは始まり、どのようにして歌から絵本の物語を構築したのかという話に。丹下は、「深夜高速」自体はもともと知っており、それゆえに「皆さんのイメージを壊しかねないのでちょっと荷が重い」とも感じたそう。それでも担当編集者と打ち合わせを重ねることで歌詞に対する理解が深まり、描くことを決意したという。
「この曲を愛している人たちが自分の人生に投影する物語みたいなものを、いろんな世代の人が見てもきっと感じることができるだろうと思って。学生時代に何か途方もない夢を見る男の子と女の子を主人公に、まさにこの曲が発売された時期ぐらいの設定にして、その頃の学生だった子たちがどんなふうに成長していくか、夢を持ってどういう風に成長していくかっていうのを、辿っていくという時系列になっています」

絵本の中では、お笑い芸人を夢見る青年とシンガーを目指す少女が登場する。「このふたり、それぞれめっちゃわだかまりがありますよね」とスージーが話を振ると、すかさず鈴木が応える。
「その表情がね、すごくいいんですよね。たけしさんの本の表紙にも通じるところがある、なんか世の中をひねた感じで見てるというか、特に女の子の方は口が笑ってないんですよ。この感じの表情をされると、たまんないっすね。ぐっときちゃうなっていう感じですよね」
この少女は、自分自身を投影している部分もあると丹下は言う。
「この女の子のセーラー服は、私の高校がこんな感じで。設定では、わりとちゃんとした進学校だけど誰も友達がいない女の子と、普通の公立高校に行ってるけど、部活も運動もそんなに得意じゃない、勉強もそんなにできない男の子みたいな感じ」
実際に丹下は名古屋の進学校に通っており、また、鈴木は愛知県立の高校に通っていたと語る。
「ドラマーのミスター小西も一緒の高校なんですけど、もうね、管理教育ガチガチの時代でした。前髪は眉毛にかかったらダメなんですよ。職員室で僕、前髪切られたことがあるんです。そのトラウマで、今も僕、ライブ前の日には前髪をこうやって」
自ら前髪にハサミを入れる仕草に、会場がまた笑いに包まれる。スージーが「そんな状況でロックを始めるの大変じゃないですか」と聞くと、鈴木は「そんな状況なのでロックを始めたってことです」と返した。
絵本の創作にまつわる話は続く。この絵本の中で一番好きなカットを聞かれた鈴木は、
「もうね、このページの女の子の表情です」
「それは最後のほうに描いたんですけど、ずっと迷走しているっていう感じですよね。夢に向かってやってるんだけど、全然うまくいかない。でも現実でも大半の人がそうなので、私もそうでしたし、その迷走中の人たちにエールというか、自分の中ではこの絵もこの曲も、きっとそういう部分があるだろうなって。まだ答えが出ない人もいっぱいいるだろうし、そういう感じで描きました」
36歳ぐらいの僕が、自分の狭い世界の中で作った歌
スージーは「深夜高速」の歌詞について、次のように語った。
「“生きていれば夢は叶う”みたいなポジティブな曲が多い中で、「深夜高速」は、生きててよかった、そんな夜を探しますよね。その歌詞が好きなんですよ。これは何回も書き直したんですか、それとも書き直しはなし?」と聞かれ、鈴木は答えた。
「いや、書き直してます。ちょっと前に出した『深夜ポンコツ』という単行本に、書き直す前の歌詞も載せてます。最初は全然タイトルも違うし、中身が違うやつだったんですよね」
そして、完成した直後の周囲の反応を聞かれた鈴木は、恥ずかしそうに笑った。
「いや、よくインタビューでも話してるんですけど、この曲に関しては完成しても誰も一言も感想が出なかったですね。この歌を作った時期はツアーに出るときに、手売りするためのCDシングルを持っていく、そのために新曲を作らなきゃいけなかったんですね。で、そのときも何曲か書いた中で“次のツアーならこれかな?”っていう感じの選び方で。今でもそうなんですけど、僕もそんなに積極的に“いや、今回はこれでいこう”って主張するタイプじゃないんですよ。みんながいいって言ったやつを“じゃあこれ入れよう”みたいな感じで、だからたぶんメンバーやリーダー、当時のディレクターもこの中だとまあこれかな?って感じで。レコーディングも淡々と終わりましたよ」
「深夜高速」はライブで歌を聴いたファンが先に反応し、人気に火がついた曲だ。
「これの前に「東京タワー」って曲を出してるんですけど、そのときはもうちょっとエモーショナルな感じだったんですよ。みんなが“この曲いいよね”みたいな。でも深夜高速に関しては、エモーショナルな感じとか手応えみたいなものは当時、一切なかったですね」
この言葉を受けて、スージーが尋ねる。
「それが今や、この曲だけをいろんな人がカバーしたトリビュートアルバムも出たり、こうして本も出たりとすごく大きな曲になりましたが、どう思われますか」
「嬉しいです。うん、嬉しいだけでもないかな。ちょっと不思議な気持ちもありますよね」
鈴木は当時を回想する。
「20年くらい前かな、作ったのが。それが未だに響いてくれるっていうのが不思議な感じっていうか。カッコつけて言うと、当時36歳ぐらいの僕が、自分の狭い世界の中で作った歌なんですね。自分の中で完結した歌というか、自分のことだけを歌った歌というか。そういう感じの歌だったのが、今でもいろんな人にもし刺さってるのであれば、あんまり時代がいい方向に進んでないのかなって気もします。この曲を書いたときはちょっと八方塞がりというか、無我夢中だった時期なんですね。それが今またいろんな人に刺さってるってことは、世の中にあんまり余裕がない感じなのかなっていう、そんな感じです」
ちなみに、“この絵本の中で一番好きな表情は?”と聞かれた鈴木は「この上にいる女の子の表情、目がいい」と答えた。《僕が今までやってきた〜》の歌詞が記されたページに登場する少女だ。

「確かにこれは、生きててよかったと思っている人じゃなくて、生きててよかったと思う夜を探している人ですね」と語るスージーの言葉に丹下はうなずき、鈴木は次に男の子の側の表情についても話し始めた。
「女の子は笑ってるシーンが少なくて怒ってるか鬱屈してなにかを溜め込んだ感じだけど、男の子はどっちかって言えば表情豊かで泣いたり、笑ったり、怒ったり、いろんな表情を持ってる」
これを受けて丹下は次のように答えた。
「男の子の方がわりと感情の起伏が激しいキャラのイメージっていうか。お笑いをやることによって段々そういう風に、すぐ顔に出る感じの人間になっちゃったかなっていう。勝手に私が想像したキャラですけど」
そして、絵本の裏表紙に描かれた男性の顔(オジサンになった高校生の泣き顔)を指して丹下は続けた。
「この顔が実は、男の子を主役にするのかもしれないと思って最初に描いた顔で、男の子だけを描いたときに、対比した女の子もいいだろうと、あとから書き始めた気がしますね。でも最後のこの顔ができたときに、こういう人の話にしたいとイメージが作れるかもって思いました」
絵本全体の出来について、スージーから「圭介さんにとっては予想通りというか、予想を上回る出来じゃないですか」と聞かれた鈴木は「いやもう本当に素晴らしいと思います」と答えた。鈴木が絵を褒めるたびに、丹下は「嬉しいです」を繰り返した。


名古屋市中区大須に今もある「昭和ストアー」の不思議な縁
会場のテーブルには一冊の絵本が置かれていた。それは事前に好きな絵本を聞かれ、鈴木が名前を挙げた中の一冊だ。
「いくつか出した中で、今このお店にあったのがこれ、『怪獣たちのいるところ』。映画にもなったんですよね。読んだのは僕が幼稚園ぐらいのときかな、うちはわりと絵本が多かったんですよ。当時は『いるいるおばけが住んでいる』っていうタイトルで、これがすごい好きでね。可愛いんですよ、絵が」


母親が一時期小学校の教員をしていたこともあり、育った自宅には絵本がたくさんあったと鈴木。他にも『ごんぎつね』や『三びきのやぎのがらがらどん』、『ねずみくんのチョッキ』、『ちいさいおうち』など、好きだった絵本のタイトルが次々と挙がる。その詳しさにびっくりしたと丹下は語り、スージーは「圭介さんのファンもこれを買うと、フラカンの歌の世界が少しわかるかもしれないですね」と受けた。そしてもうひとつ、スージーがフラカンをさらに知るための「聖地巡礼ができる場所」として紹介したのが、名古屋にある古着屋“昭和ストアー”だ。
名古屋市中区には観音で有名な大須という地域があり、20代前半の頃、丹下はこの町にあるレトログッズを売る雑貨屋でアルバイトをしていたそう。
「そのお店が今度は向かいのビルに古着屋を出すぞっていうので、私とバイト仲間とで“昭和ストアー”と名付けてお店の立ち上げを手伝ったんです。販売員もしていました。そうしたら、そのお店に圭介さんがバンドのメンバーの皆さんとめちゃめちゃ通っていたってお話を、先ほどお聞きして」
当日の楽屋での会話で発覚したこの偶然に、鈴木も驚いたそう。
「僕らよくそこで衣装とか服を買いに行ってたんです。今でこそ昭和レトロみたいなお店は結構ありますけど、当時はなかったんですよ。古着って言えばアメカジぐらいしかなくて。僕らが探してたのは、フラワーカンパニーズのフラワーってフラワームーブメントから来てるので、要は70年代のヒッピームーブメントだから、ラッパズボンみたいなの履きたかったんです」
ベルボトムとも呼ばれるラッパズボンが流行したのは70年代。そしてレニー・クラヴィッツが90年代初頭に人気を博すと再び流行するようになるが、鈴木がこれを探していた80年代はその谷間であり、どこにも売っていなかったという。そんなアイテムを、昭和ストアーでは取り扱っていた。
「誰も被らない感じの帽子とか、誰も使わないような鞄とか、でも私はいいと思っていたので、そういうのをお店に並べてマネキンにちゃんとコーディネートして“買ってくれる人いるかな”って。だから、そんなにたくさん買ってくれていた人がいたなんて嬉しい」
丹下の言葉に鈴木は「それはまさに僕なんです」と言ったあと、「特にうちのリーダー(グレートマエカワ)がたぶん一番買ってる」と語った。
「嬉しい。リーダーによろしくお伝えください」との丹下の言葉に、会場はまた笑いに包まれた。
フラカン2度目の日本武道館ライブへ向けて
次に丹下は、つい先日、初めてフラカンのライブに行った際の感想を語った。
「本当にね、なんか温かかった。圭介さんの声がライブ会場でも、歌詞がものすごくちゃんと聴き取れて直で来る。でも、とんがってないというか。ドッジボールみたいな丸くていい感じの塊がドーンって来るような。会場の皆さんも家族みたいにみんながひとつになっていて、親子で来られてる方もいましたし、長く愛しているファンがこんなにたくさんいるんだって、本当に私はすごく感動しました」
会場がグッと湧いたのは、次の瞬間だ。
「すごい素敵でした。今度は武道館ライブに行きたい」
このイベント会場で大きな拍手が上がった理由は、9月20日に日本武道館でフラカンが2度目の公演を行なうためだ。『フラカンの日本武道館Part2~超・今が旬~』である。「サブタイトルがいいですね」とスージーに振られた鈴木は答えた。
「そうなんです、今すごく調子が良くて、バンド自体がノッてる時期だと思います。僕もすごく調子が良くてライブ楽しいし、新しい曲も作れる。他のメンバーもみんなもいい状況だと思うので、やるなら今じゃないかっていうことで」
また7月16日に、配信シングル「ただいま実演中/ピュアな匂いがチョイナチョイナ」が発売となった。鈴木曰く、前者は「僕にとってのライブとはこういうことですよっていう曲」であり、後者は「僕にとって歌っていうのはこういうことなんじゃないかっていう曲」とのこと。また「チョイナチョイナ」は「超いいな」であると、鈴木は言った。
「配信で出すので歌詞カードが付かないじゃないですか。たぶん誰もわからないと思うので先に今言っちゃいますけど」
会場に来た人だけが知ることのできる内容だが、なるべく多くの人にも知ってもらいたい情報だ。
トークの終わりに、鈴木は再び絵本を手に取り、言った。
「ほんとね、この女性の表情は何回見ても僕はぐっとくるし。丹下さん、今後はジャケットとかお願いしたらやってくれますか?」
「嬉しいです」と答えた丹下を、大きな拍手が包んだ。
トークショーのあとに行なわれたサイン会では、鈴木、丹下の両名が、訪れたファンのひとりひとりとしっかり目を合わせ、笑顔で会話をする姿が印象に残った。



プロフィール
鈴木 圭介(すずき・けいすけ)

ロックバンド、フラワーカンパニーズのヴォーカル。1969年生まれ。1989年、現メンバーと地元名古屋でフラワーカンパニーズを結成、1995年メジャーデビュー。2001年にメジャーを離れ、全国を機材車で駆け巡り、年間100本近いライブ活動を展開。高いライブパフォーマンスと「深夜高速」など聞き手の心を揺さぶる楽曲が話題になり、2008年に2度目のメジャー契約を果たす。2015年には初の日本武道館ワンマンライブを敢行し満員の観客を集めた。2017年より自主レーベルを設立して再びインディーズへ。2025年9月20日、自身2度目の日本武道館公演『フラカンの日本武道館 Part2 ~超・今が旬~』を開催する。
丹下 京子(たんげ・きょうこ)

名古屋生まれ名古屋育ち。愛知県立芸術大学デザイン科卒業。峰岸塾修了。TIS会員。TVCMプランナー兼イラストレーターを20年ほど続け、その後フリーランスに。雑誌『イラストレーション』(玄光社)The Choice入選 (和田誠選)、『HBファイルコンペ』藤枝リュウジ特別賞、『講談社出版文化賞』さしえ賞、『TIS公募展』入選など。新聞、書籍、雑誌、パッケージ、広告、webなど幅広いジャンルで活動中。俳句、落語、音楽、海外ドラマが好き。
書籍情報
『歌詞(うた)の本棚 深夜高速』
著者:鈴木圭介(著)、丹下京子(絵)
定価:2,200円(本体2,000円+税10%)
発売:2025年7月11日
発行:リットーミュージック
商品情報ページ:https://www.rittor-music.co.jp/product/detail/3125317101/

リリース情報
デジタルシングル「ただいま実演中/ピュアな匂いがチョイナチョイナ」フラワーカンパニーズ
*各音楽サービスにて7月16日(水)よりリリース!

アルバム『HESOKURI ~オリジナルアルバム未収録集〜』フラワーカンパニーズ
DQCL-3946/3,300円(税込)
現在入手困難となっているオリジナルアルバム未収録楽曲、全19曲をコンパイル!
(*こちらの商品はSony Music Shop、ライブ会場での販売となります)
ライブ情報
『フラカンの日本武道館 Part2 〜超・今が旬〜』
日時:2025年9月20日(土)開場15:30 / 開演16:30
会場:日本武道館
チケット料金:全席指定 7,800円(税込)
※4歳以上有料。3歳以下のお子様は、保護者1名につき、膝上観覧であれば1名まで無料。(但し別途席が必要な方は有料)
※中学生以下で座席を購入されたお子様は公演当日、窓口にて2,000円キャッシュバックいたします。保険証等、年齢のわかる身分証をご持参ください。
主催:フラカンの日本武道館実行委員会