関取花

【インタビュー】関取 花 自主レーベルを設立後、初のアルバム『わるくない』に刻んだ想いと、張らない声の説得力。

取材・文:藤井 徹(Vocal Magazine Web) 写真:高田 梓

「わるくないっすね」ぐらいのほうが、しっくりくる

──では、1曲ずつ聞いていきます。タイトル曲「わるくない」はシンプルな2メロ構成でバンドの熱量が徐々に上がっていくのですが、ヴォーカルはずっと噛みしめるように温度を保つことで、重心が動いていかないと感じました。アレンジ、レコーディングを含めて意識したことは?

関取 あ、それです(笑)。私が今言うべきことを全部おっしゃっていただきました。バンドメンバーとも本当にそんな話をしていて、グルグルグルグル回ってるんだけど、主人公がわかりやすく動いてない。まさに重心は決して変わらない。ジャンプして何かから解き放たれることもなくて、どっしりとしている。後半のギターリフの間奏は、走馬灯のようにグルグルグルグルと回って、最後はまた「結局いろんなことあったけど、自分自身がどう立つかだよね」っていう話で、それはすごく意識しました。

人工的なエモーショナルさがすごく嫌いで、私が。本来人間って意外とそうでもない気がしていて。ピンポイントで見たらハイになるときってあるんですけど、長期で見たらそんなに「こう上がってこう下がるんだったら、じゃあ真ん中は結局ここじゃん」っていうところはけっこう大事にしたいポイントで、それはすごく意識しました。歌い方も演奏も重心を絶対にぶらさないっていう。

──対比として演奏陣には、そういうグルグルとした動きをしてほしいという希望があったんですね。

関取 そうですね。なんとなくジワジワとワーッと行ってほしいなとは思ってはいて。肉体は今の私(の歌)で、だけど回ってるもの(バンドの音)はかつての私の思い出とか記憶なので、もっと青かったり、もっとネガティブだったりする。そこはサウンドで表現しています。

──「良い」でも「悪い」でもなくて「わるくない」というワードセンスも関取さんらしいなと思いました。「わるくない」っていう言葉を発するに至るまでには、長い年月がかかりました?

関取 かかりましたね。15年かかった……ことですね。

──でもまだ「良い」とは言わない(笑)?

関取 ……ですね(笑)。今の時代って自己肯定感ってワードがすごく大事。それこそギャル文化の再燃とかも含めて、「ウチらって最高じゃん!」とか、ポジティブなマインドってとても大切で、私も大好きなんですけど、自分自身がそれによってパーンとハイになり過ぎちゃうところへの危機感はあって。「どう最近?」って聞かれて、自分で「めっちゃ最高じゃん!」と思っていても、「めっちゃイイっすね」って言うよりは、「わるくないっすね」ぐらいのほうが、しっくりくる。ちょうどいい温度で大切なものを見失わずに、周りの人を大事にしながら、誰かも自分も置いてきぼりにしないで前に進めるワードが、今の自分にとっては「わるくない」かなとは思いました。

──素敵な言葉ですよね。なんか奥田民生さんとかが言いそうじゃないですか、「わるくないね〜」みたいに(笑)。

関取 ちょうど昨日ユニコーンのライブDVD観てました(笑)。

──観ながら「わるくないな〜」って(笑)?

関取 いや、もう最高でしたけどね、ただただ。髪が長い頃で、半ズボンを履いた民生さんでした。(奥田民生さんソロ曲の)「さすらい」とかも、そのまま続いていくんだろうなっていうところが、逆にすごい背中を押してくれるんですよね。「ゴールに向かって頑張ろう」とか、「ここに向かって」じゃない歌詞だけど、結局みんなあれ聴くじゃないですか、何か始めようっていうときに。絶対プレイリストに入れたくなるのは「さすらい」なんですよ、みたいな。そういうのはすごくわかります。

関取 花「わるくない」MUSIC VIDEO

──続いては「VRぼく」で、仮想現実という言葉がキーになっています。「“仮想現実だからリアルではない”っていうような、短絡的な話じゃないよ」っていう、ちょっと入り組んだ話なのかなと思ったんですけど、それは関取さんの中で常日頃から考えていたことですか?

関取 正直に言うと自分自身はネット上のコミュニケーションにまだ信頼を置けてないところがあるんです。SNSも発信ツールとしてはすごく大切だと思っているんですけど、コミュニケーションの場としてはやっぱり不安が残る部分は正直あって。私にとってSNSは大学生ぐらいのときに出てきたツールだったんです。ツイッターとかインスタグラムがない状態で過ごした青春時代があって、ちょっと大人になったぐらい。そこメインではもう生活はしないぐらいの年齢のときに、ようやくみんなが始めるみたいなときだったんで、「ん? 何か出てきたぞ」っていう感覚って、やっぱり今もなくはなくて。

でも、ある自分より年上の人がいて、ツイッターがXに変わったことで、「すごく寂しくて落ち込んだ」という話を聞いて、けっこう衝撃を受けたんです。私からしたら、もちろん変わったのは目に見えてわかるんですけど、ものすごくツールとして変わったという感覚はなかった。だけどその人にとっては、その微々たる仕様の差、変更の差で、ユートピアみたいな自分にとっての居場所だったコミュニティがなくなっていった感覚があったんだと。何かのルールが少し変わることによって、その町から離れていっちゃう人がいたっていうことだと思うんです。「そうか、それぐらい、もうSNSは現実だったんだな」と。そこで出会った人と本当に仲のいい友達になって一緒に旅行したりするんだから。

自分にとっては本当にある意味では仮想世界、要は見せたいものを見せている、見せられる場所だから、ちょっとリアルとは違うと思ってたんですけど、その人にとっては現実世界ほど自分のことを見せることができなくて、SNSだったら自分を見せられる世界だった。私みたいにそれによって不安にさせられるタイプもいれば、めっちゃ救われてる人もいるんだって思うと「何が現実なんだろう」とか、そういうことをただただ思っていたら曲になった感じです。

──取材前に「仮想現実」という言葉を調べたんですが、「仮想現実(バーチャル)の対義語はリアルではなくフィジカルだ」っていう人がいましたね。

関取 へぇ〜、面白い。でも、フィジカルは、そうですよね。だってリアルって言葉だと仮想現実も人によってはリアルですものね。

──そういう解釈の仕方があるって面白いなと。歌唱面では、サビの後半に少し高音で続くところがあります。ここは主人公「ぼく」の心の叫びではあるんですけど、関取さんは、歌唱による極端な感情表現をやっぱり避けている気がしたんですけど。

関取 そうですね。本当に葛藤してるときって、「ワー!」ってならないよな、みたいなことはこのアルバムを作りながらすごく思ったところです。今作では、寒色の青とか水色という色の感覚はあって。もうちょっと孤独で、そっちのほうがリアルっていうか。それは意識しましたね。

──以前だったら、ここはもっと声を張ったかもしれないですか?

関取 もっと張りましたね、絶対。そもそもこの曲は特にサビの始まりの音程が低めなんです。けっこう今まではサビでパーンってトップの一番おいしいところに当ててきたんですよね。でも今作では、それを意識するのをやめました。

──このサビはメロが先にあったんですか?

関取 この曲もですが今作はほとんど全部(歌詞と曲が)同時にできました。特にこの曲のサビは完全にメロと歌詞が同時に出てきた記憶はありますね。

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